第3話 謎の男襲来!? ホームレス少女を救え!
「百々最、ビーストよ」
それは百々最の怪我もすっかり治った頃。次吹と共に帰っている途中であった。カエルカバーのスマホを構えた次吹がぽつりと呟いたのだ。
ちなみに百々最の怪我は次吹がこっそり癒したおかげで、早期に治っていたのだが。
「じゃあいつも通り、行こう!」
「ええ、とりあえず人気の無い道に入るわよ」
ビーストの目撃地点は近い。百々最と次吹は目的通りの場所へ入り、変身を済ませ急いだ。
しかし、目に飛び込んできたのは惨劇。黒いコートに黒い帽子を被った長身の男……に見えるが、性別はわからない。肌という肌全てを露出していないのだ。しかしその図体の大きさ、200cmはあるかという身長から2人は判断できたのだ。その男が携えているのは大きな銃。その男の前に不思議な血の色を垂れ流し、絶命しているおそらくはビーストが居た。おそらくと言うのは、判断材料が少ないからだ。あちらこちらに肉が散乱し、原型は残っていない。
「自衛隊……?」
「違うわサニーピーチ、あの男が持っているのは自衛隊が採用している銃じゃない」
とてもじゃないが、警察には見えない。では、何者だと言うのだろうか。百々最はともかく、次吹もまったく検討がつかない。
「レイングレープと……サニーピーチか」
「貴方は?」
レイングレープはサニーピーチを守る様に前に出て、正体不明の男に問う。
「僕か? 僕の名は……あー、まぁ細かいことは気にしない方向で」
「銃だけでビーストを?」
レイングレープ、雨揺次吹は知っている。1人で戦っている時、自衛隊と手を組んだ事がある。公にはされていないが、現代武器のほとんどは通用していなかったのだ。つまり、あの男1人でビーストを倒すのは不可能に近い。何か仕掛けがあるとすれば、あの銃か……それとも、男自身かだ。
「そんな話はいいんだよ、僕が言いたいのは……サニーピーチはもう戦うなって事だ。それを言いにきた」
「な、何で!」
思わずサニーピーチは声を荒げた。そもそも、だ。サニーピーチが出向いていれば、ビーストの元となった動物は死なずに済んだのだ。サニーピーチは、百々最は誇りにすら思っていた。自分の、ビーストを元へと戻す能力に。どちらかが死ぬしかなかった運命を変えられる力だと、自分にはその使命があるのだと……感謝すらしていた。
「君がビーストから元に戻した動物、どうしてる?」
「ど、どうしてるって……?」
「その動物たちがその後、どうなったか知ってるか?」
答えは出ている。だと言うのにサニーピーチもレイングレープも何も言えなかった。その動物達がどうなったか、この男は知っているのだろう。
「人も動物も、拷問に近い実験をされて最後には解剖されてたよ。サニーピーチ、どう思う? 意識をなくした人や動物をビーストのまま殺すのと、意識を取り戻した後に惨殺されるの……君ならどっちを選ぶ?」
「え……あ……」
男の言葉を耳に入れる度、サニーピーチの頭が白く染まっていく。雪が降り積もった様に、思考を覆い隠し、何も、何も、何も考えられなくなっていく。
「まぁ僕はべつに気にしないんだけどね。それよりも……サニーピーチ、君は僕の敵になる。世界の敵になる。ともなれば、いますぐ殺したほうが……いいんだな」
ビーストとは違う殺意。明確にサニーピーチへ向けられたソレに、レイングレープまでもが動けなくなる。反応できたのはサニーピーチだけであった。
「ど、どこに!」
ゆったりとした1歩、2歩、3歩──4歩目で男が突然消える。背後、正確には頭に銃口を突き付けられる。次元が違う、と咄嗟に感じてしまった。それからではもう、動く気力すら起きない。レイングレープも、サニーピーチも、だ。
「いまここで、殺してやってもいい。もし命が惜しいのなら、二度とビーストと戦うな」
そんな事言われてたって! と喉まで出かかった。しかし言えない。経験が浅いサニーピーチでもわかる殺気。もし今、動こうとしたら、ましてや命令を拒絶でもすれば、すぐさま頭を撃ち抜かれるだろう。動けない、喋れない。
このまま、彼の言う通りにするしかないの? でも、レイングレープを、次吹を1人で戦わせるの? あるいは、彼が次吹と共に戦うの? 今までの戦いは何だったの? 自問だけがサニーピーチを埋めつくす。
どれくらい経ったかわからない、背後の銃口が揺れて、思考から現実へ引き戻される。
「うん? いまの状況ちゃんと見てる?」
ガサゴソと何かを取り出す音、直後にこの発言。おそらくは電話かなにかだろうとサニーピーチは推測する。逃げるならいましかない。しかしあの速度だ、すぐに追いつかれてしまうだろう……動いたのは、レイングレープだった。
素早くサニーピーチを抱え、全力で走り出す。
男の残響だけが溶ける。血と、無人の街並みの中に。
「次、僕の前に現れたら殺すからな……ビーストはすべて僕が殺る」
ある程度走り、レイングレープはゆっくり後ろを振り返る。何も、誰も追いかけてきてはいない。だと言うのに、自分の腕の中に居るサニーピーチはどうだろうか。色が抜け落ちている、蒼白だ。目と口を強く結び、今に死んでしまうのではないか、とさえ思える。
その怯えようは当たり前であった。サニーピーチだけにわかるのだ……男は確かに追ってきてはいない、ただサニーピーチを追うものが1つだけある。
殺気。先ほども感じた殺気がどこまでも、どこまでもついてくる。
「大丈夫よ、百々最、大丈夫だから」
サニーピーチではなく、百々最と呼ぶ。そのほうが安心できると、そう思っただけだ。しかしサニーピーチは目を開かない。聞こえてはいるのだろうが、返事ができる状態ではなかった。
サニーピーチとて、今まで死ぬ目にはあってきた。それでもケロッと窮地を抜けてきたのだ。
結果的に言えば、サニーピーチは傷1つ負っていない。それだと言うのに、これだ。もうサニーピーチを、百々最を、あの男に会わせてはいけない。
人気の無い路地裏に入り、2人は変身を解除した。いや、百々最はいつの間にか変身を解除していた。
壁に凭れる様に百々最は座り込む。次吹もまた、汗を浮かべながら座り込んだ。
「百々最、貴女はもう戦わなくていいわ」
自然と、そんな言葉が出てきた。次吹からすれば、元に戻るだけだ。1人で戦っていたその頃に。そして、仲間である、感謝すべきである百々最に嫉妬すらしていた。
これでいい、そう思える理由は幾つもある。しかし百々最は、喋らず、ただ目だけで訴える。言葉に表すとしたら、『でも』、『だけど』と言った様な、曖昧な視線だ。
「私はあの男に何も言われてない。私だけなら、何もしてこないかもしれない」
推測の粋を出ないのは、次吹とてわかっている。それでも言った。嫉妬よりも何よりも、友達である彼女をこんな目に合わせてはいけないと考えたのだ。二度と、こんな表情をさせてはいけない。
次吹は項垂れる百々最を支え、家まで送り届けた。
「これからは、私が1人でやる」
その帰り道。暗闇の河川敷で、少女は誓う。たった1人で、決意を固める。
とはいえ、だ。ビーストの力は日に日に増している。レイングレープだけの力では限度がある。そういった事態に陥った時に使おうと思っていた、サニーピーチの力……もう1つの黄金の果実は百々最が取り込んでしまった。どうする事もできない。
「あ……そういえば」
あの男は、何と言っていたか。そう、『ビーストはすべて僕が殺る』と言っていた。百々最にあんな顔をさせた男、何を考えているか、何が目的かもわからない、信用できない男。それでも、その力は本物だろう。
もし、利用できれば。
その時、闇から人影が現れた。街灯も無い此処では、ただそこに人が居るという事くらいしかわからない。戦闘の心得がある自分なら、万が一があっても対処できるだろう。そう考え歩みを進めた。
すれ違ったのは、小学生くらいの背丈の少女だった。相変わらず顔はよく見えない。月明かりの影となっている。
こんな時間に、どうしたのだろう。その程度で思考を終え、次吹は歩みを進めた。
少女が河川敷を下っていき、川沿いに腰掛けるのも見ずに。
その光景を見たのは、家に居るはずの百々最であった。
次吹に送られた後、たった数分で家を出たのだ。次吹と今後の事を話し合おうと思い立ち、追ってきたのだが、次吹を見失ってしまった。
代わりに見つけたのが、警察に保護されているか、家に帰っているはずの少女。
皇雪心鳴であった。
「ね、ねぇ……どうして此処に居るの?」
引き寄せられる様に、心鳴の隣へと来る。丁度
すぐに次吹と相談したい百々最であったが、流石に放置は出来ない。
「また……えーと、名前、なんだっけ?」
「日晴、百々最だよ」
あやふやな精神状態でも、必死に百々最は笑顔を作り出す。例えそれが、無理やりでも。
「あー、そうだった。前も言ったよね、僕はここに住んでるんだよ」
名前を聞いといて、名前とまったく関係無い答えを心鳴は出した。何故名前を聞いたのか。気になっただけなのだろう。
「でも、警察に……」
「保護されなかったよ」
そんなはずは無い、と思うが彼女は実際、此処に居る。まさか本当に、放置されたと言うのだろうか。それとも、家に帰ると嘘でもついた?
いや、違う。始めて会った時とまったく同じ場所の河川敷だ。しかも、隠れている訳ではない。最低でも、数日は此処に居るはずなのだ。なら流石に通報されるだろう、その情報が警察に入っていない訳が無い。
どういう事情かは知らないが、放置されたんだ。抜けてる百々最でも、それくらいはわかった。
「ねぇ、心鳴ちゃん……私と一緒に暮らさない?」
単純に心配もしていた。だが、1番の理由は……1人で居たくなかった。孤独が怖かった。だから次吹を追ってきたのだろう。
心鳴を誘ったのは、そんな不安を埋める為でもあった。無意識だ、百々最自身は気づいていない。頭に浮かんだ最善と、こうしなくてはいけないという使命感しか頭に無い。
「きゃぅ!」
心鳴がいつの間にか構えていた、オイルライターに火を灯していたのだ。急な光に幻惑され、視界が歪むと、すぐに火は消えた。
「顔色悪いね、それにずっと声が震えてる。百々最、いま正常な判断ができる状態か?」
「え、えっと……でも」
「今日は帰ったほうがいいよ、どうしても気になるなら明日また来ればいい」
では、心鳴はどこで寝ると言うのだ。此処だろう、自分よりもずっと年下の少女が……真っ暗で、何も無くて、虫も居ないくらい寒い此処に寝泊りするなんて。
百々最に見過ごせる訳が無かった。
「それでも、落ち着いたらまた話し合って決めるでいいから……」
「……私はただで泊めてもらう気はないよ。家政婦として雇ってくれるのなら、そうするけど……家族はどうするの?」
「今は1人で暮らしてるから、大丈夫!」
心の奥底にある不安は更に沈殿し、今はただ、心鳴の事だけを考えている。不思議なものだ、安心させなければいけないのに、逆に安心させられている。心鳴の声には、そんな力がある気がする。
「おこがましいけど、一つだけ約束してほしい。私はこんな生活をしているし、事情もあるんだ……それについて詮索しないでほしい」
「もちろん!」
次吹とは明日話そう。幸い、明日も学校はある。優先すべき事を履き違えてはいけない……もし、次吹がピンチになったら、駆け付ければいい。百々最はそう考え、もう一度心鳴を連れて帰った。
「へえ、いい所に住んでるんだね」
「今日からは心鳴ちゃんの家だからね!」
「住み込みの家政婦だけどね」
百々最からすればいつも通り、玄関からリビングへと入る。心鳴は注意深く辺りを見渡している。足音も聞こえない。ゆっくりと、何かを探るような感じだ。
よくわかんないけど、貫禄あるなぁ。と百々最は思った。
「百々最、夜ご飯は?」
「あ、そういえば食べてないかも……」
心鳴は汚れきった、元純白だったであろうワンピースの袖をまくった。
「ククッ、私の腕前を披露してやろう」
始めてだったかもしれない。百々最がマジマジと心鳴を見たのは。これでもかというくらいの美しい顔立ち、幼く美しい声。汚れた髪先、汚れた肌、汚れた肌。野宿していたのだから当たり前だ。というか、ずっと外に居たのだから冷えているだろう。
幸い、お風呂は沸いている。
「あー、えっと……あのね」
百々最の視線に気づいた様に、心鳴も自らの体を見下す。そしてばつの悪そうな表情を作り、目を泳がせる。
「あぁ、そっか……ここ日本だったね……。悪いんだけど、お風呂入らせてもらっていいかな」
「じゃあ一緒に入ろうよ!」
心鳴の微妙な表情と言ったらどうだろう。喜んでいる様で困っている様でブチギレている様な表情。人はこんな複雑な表情が出来るのだろうか。
「百々最、信じられないかもしれないけど、私は男なんだ」
結果から言おう、心鳴は女の子そのものであった。一緒にお風呂へ入った百々最がちゃんと確認した。
そして百々最は、湯上りの艶っぽい心鳴に胸を打たれた。