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第2話 転校生自虐ガールと不思議な迷子ちゃん!

 朝日が照らす電車の中。二人の少女がぽつんと座っていた。周囲には彼女達しか居ない。人の集まらない車両があるのだ。穴場スポットだ。

 片方の少女は、身に纏っている制服とはかけ離れた表情を浮かべて前を向いていた。もう片方の少女は、制服とはかけ離れたあどけなさを残し、落ち着かない様子を浮かべている。


「次吹ちゃん、昨日の怪我もう大丈夫?」


 あどけない少女、百々最が澄ました顔の次吹にそれを聞く。


「毎回それ言うわよね、百々最……何度も言うけど、私は傷を癒す力があるの。有機物無機物問わずね」

「だけど心配なんだもん……」


 学校での戦いから数ヶ月が立った。その間、百々最と次吹は何度も戦った。共に背中を守り合い、共に同じ敵を倒してきた。

 倒す、というと語弊があるかもしれない。正確には、サニーピーチの光に当てられた敵は元の生物の姿に戻るのだ。

 元の生物、そう、あの怪物達は元々何らかの動物、または人であった。


「ねえあの怪物、ビーストって言うんだっけ」

「ええ、ネットじゃそう呼ばれ始めたわ」


 今まで、サニーピーチとレイングレープは人前には現れず、陰ながらに化け物──ビーストを元の動物へと戻していた。隠し通せたのは、レイングレープの傷を癒す能力の影響が大きい。有機物無機物問わず傷を癒せる力を用いて、ビーストに壊された物や傷つけられた人を治していたのだ。

 大抵の人間は、あまりのショックにビーストの記憶を幻か妄想か夢だと思うのだ。そして壊された場所が次見た時には、元通りになっている事も影響していた。


 ただ、レイングレープの能力には限界があった。死んだ者は蘇らないのだ。だから大抵は事故という処理がされていた。


 しかし、ビーストとウェザープリンセスの戦いをスマホで撮り、SNSに流した者が居た。一瞬だった、たった一日だった。

 何かの映画だと疑う者も居た。素人でもある程度のCGを扱える時代なのだから、素人製作の釣りだと思う者も居た。ただその中に一定層、冗談交じりか、あるいは願望か、本気なのか。彼女たちとビーストを信じた者が居た。


 百々最も次吹も、自分達がウェザープリンセスであると暴かれたくなかった。幼い自分達でも、バレればどうなるかなど想像が付いた。百々最は人々の為に隠れて戦う事への憧れもあるのだが。


「今日はビーストが出ませんように!」


 憧れの存在になれた百々最とて、現実を見れば何もかもが違うと知った。その結果がこの言葉である。

 ビーストとの戦いは熾烈を極める。幾らサニーピーチがビーストを元に戻す術を持っていたとしても、だ。万全の状態のビーストを元に戻す事はできない。ある程度戦い、ダメージを負わせ、弱らせる事で始めてサニーピーチの力が働くのだ。命の危険はある、今はもう実感できる。自衛隊や警官が加勢してくれた事もあったが、到着がいつも遅すぎる。要請から受理まで、一般人では想像も付かないような過程を経てようやく出動するのだから当たり前なのだが。


 事情までは知らない百々最や次吹は、当てに出来るとまでは考えなかった。どちらかと言うと、敵とさえ思っていた。ビースト騒動の関係者として警察に追われているのだ、もし自分達が捕まっている間にビーストが現れたらどうなるか、想像するに難くない事である。


 だが、ビーストが出なければ。戦えない一般人からの期待、警察に追われる事も無く、死の危険も無い。要するに、プレッシャーが無いのだ。

 百々最にとってプレッシャーは相当なストレスとなっているのか、ビーストとの戦いが終わるといつもより食べ過ぎてしまうのだ。太るのは辛い、サニーピーチに変身すると強制的にウェザープリンセスの衣装となってしまう。お姫様の様で魔法少女の様な衣装だが、いかんせんある程度の露出がある。そこにでっぷりと脂肪を蓄えた自分が現れたらどうだろう、死んじゃう。サニーピーチ死んじゃう。


 故に、ビーストは出ないに越した事はない。


「貴女が願ったって、出る時は出るわ」


 次吹の言葉が刺さる。主に『出る時は出るわ』が刺さる。まるでお腹の事を言われているみたいだ。出るなら胸が出ればいい、次吹の様に人並みはほしい。百々最は小さい、背も小さい。なのに腹だけ出てみなさい、こりゃもう地獄だ。


「うぅ~……次吹ちゃんはいいなぁ、スタイル良くって……」

「百々最? いつからそんな話になっていたの?」


 二人はそんな事を言い合える仲にまで発展していた。それはそのはずだろう、命のやり取りを共にしているのだから。仲間なのだから。しかし次吹は時々付いていけない、百々最の思考特急列車に。


「さて、そろそろね。いい? 人が居る時に絶対この話はしちゃだめよ?」

「うん、わかってる! 私達だけの内緒だね」


 百々最は人懐っこい笑みを浮かべ、次吹も満更ではなさそうな顔を浮かべた。


「あ、そうそう。今日は転校生が来るらしいわね」

「へえ、男の子かな? カッコイイのかな?」


 百々最は悟った、苦笑いを浮かべた次吹を見て悟った。転校生は女の子だ!

 転校生と言えば男の子。カッコイイ男の子。ミステリアスで無神経な所もあるが、ちょっとカワイイ一面もあったりする男の子。そんなイメージがあったが、理想と現実は違うのだ。ウェザープリンセスの件で体験したはずなのに……百々最はあまりそういった事を学ばない子だ。


 電車は止まり、最早慣れてしまった通学路を歩く。次吹と他愛も無い話をしながら歩いて、ボケッとしている間に転校生が黒板の前に居た。


「う、烏曇(うどん) (まつり)です。東京から、ち、ちち、父の都合で転校してきました。あ、あまり可愛くもないし楽しい性格でもないですが、なきゃ、仲良くしてください」


 どうやら転校生の名前は烏曇と言うらしい。黒板にそう書いてくれている。特徴的な自己紹介……というか自虐的な自己紹介だった。

 烏曇は暗い表情を浮かべながら、先生に示された席へと着く。次吹とは近いが百々最は遠い。チラチラ眺めても気づかれない。そして周りのクラスメイトもチラチラ見ている。木を隠すなら森の中、チラ見するなら人の中。

 チラ見犯の何人かが気づき、思った。


 彼女は……烏曇は尋常じゃなくキョドっている。


 額ににじんだ汗。顔に、首元に、手に、ダラダラと。青くなったり赤くなったりする顔色。笑っているのか泣いているのかわからぬ表情。


 百々最以外の全員が思い出した、烏曇さんの様子はどこかで見たと。すぐに思い当たる『あ、自己紹介の時の日晴さんだ』と。

 百々最だけが気づかなかった。


 そのまま暢気にHRを過ごし、暢気に授業を受け、暢気に昼休みを迎えた。

 転校初日という事もあってか、烏曇さんの周りには三人くらい人が居て、百々最は話しかけられなかった。いつも通りの午後、中庭で次吹とお弁当を食べる午後。


「にしても貴女のお弁当、いつも凝ってるわね」

「う~ん? 私料理上手くないんだけどね」


 百々最は自分でお弁当を作っている。しかし自身で述べた通り、料理は上手いほうとは言えない。美味くもない。唯一気を付けるのは、彩りだ。

 彩りだけしっかりしていれば、不思議とそれなりに見えるものなのだ。しかし好物以外も混ざってしまうのが難点、だが健康的ではいられるだろう。


 最近の百々最弁当は量が多すぎて健康的ではないのだが。


 対する次吹はパン一個! しかも小さいロールパン一個! ハムとかマヨネーズとか入っていない! 少食! 逆に不健康!

 ウェザープリンセス、世界を守る女の子達は不健康だ。


「食べたりないや」


 百々最の意味不明な言葉に次吹は『えっ』って顔をする。普段澄ましているが、百々最と居るとこういう顔が多くなる。まずさっき食べ始めたばかりだ、視線を移せば容器は空っぽ。成人男性が使っていそうなお弁当箱空っぽ。

 次吹には用意にイメージできた、この小柄な、小動物の様な百々最が熊さんになってしまうのが。気づけば百々最は隣に居なかった、正面玄関へと繋がる長い階段を走っていた。おそらくは購買部に行ったのだろう、昼休みはまだ始まったばかりだ、売れ残りのパンくらいはあるはず。

 次吹はそう決定付け、カエルカバーのスマホを取り出した。


 調べるは、ビーストの事。ニュース等では情報が遅れる。SNSで情報を拾う方が手っ取り早いのだ。さすがに隣町や他県には行けないが、この町で現れたのならばすぐに行かなくてはならない。

 幸いと言うべきなのか、ビーストは次吹を中心として現れている。ウェザープリンセスの力に引き寄せられてかはわからないが、急に目の前に現れてくれる。


「……ふぅ」


 じっくりと目を通したが、目撃情報はなかった。それで安堵を漏らしたのか、百々最が居ない事で安堵を漏らしたのか、次吹自身もわかっていなかった。

 雨揺次吹は、日晴百々最が苦手だ。苦手は少し違うかもしれない、嫌いなのか。いや、それも違う。

 きっとこれは、嫉妬だ。最終的に次吹はそう結論付ける。


 雨揺次吹は弱い。学校でこそ文武両道、近寄りがたい雰囲気を持っているが故に、表だっては話しかけられる事もない。だが、裏では人気者だ。しかし弱い、ウェザープリンセスとしては弱すぎる。


 はっきりとそれを自覚したのは、閃光の一撃で敵を元の生物へと戻したサニーピーチを見た時だった。今まで殺す事しかできなかった敵を、サニーピーチは違う方法で撃退してみせた。

 ウェザープリンセスとして覚醒する条件は、黄金の果実を食べる事だ。しかしその黄金の果実は誰にでも扱える訳ではない、誰でもウェザープリンセスになれる訳ではない。


 次吹は、その資格を半分しか有していない。次吹は、エバではない。


 適合しきれない体、半端な力。始めて百々最を見た瞬間、次吹は確信した。この子ならば完璧に適合できる、と。そして、自分はこの子に比べ劣っている、と。


 次吹は百々最とは比べ物にならない程戦ってきた。ウェザープリンセスに目覚めたのも中学1年生の時だ。だから思ってしまう。


 自分の今までの戦いは何だったのか。苦労は何だったのか。始めて見つけた意義(・・)を奪われるのか。

 成り行きで巻き込んだ百々最に、自分の居場所を取られるような錯覚。


「嫌な奴……」


 次吹は自分に嫌気が差した。何と自分勝手な事だろうかと嘆いた。恐竜の様なビーストが百々最に負わせた傷は致命傷だった。きっとレイングレープの癒しを持ってしても治しきれず、百々最は死んでいただろう。だからサニーピーチの黄金の果実を与えた。それで一命を取りとめられる事は知っていた、ここまでは正しい。


 しかし百々最がウェザープリンセスに目覚めたからと言って、戦いに巻き込んでいいとまでは思えない。それでも百々最は文句一つ言わず、逆に次吹を心配しながら守ってくれる様に戦ってくれている。それに嫉妬するなんて、何と愚かなのだろうか。

 感謝、嫉妬、罪悪感。ありとあらゆる感情が入り乱れる、だからなのか、次吹の反応は遅れていた。

 玄関に続く階段に人だかりが出来ている事に、その隙間に見慣れた少女が、百々最が倒れている事に。


「百々最っ!」


 こんな時なのに、自分は何を考えているのだろうか。この光景を見て、心配や焦燥の他に何か混じっては居ないかと心を探っている。次吹は自分の足が重く感じるのだ、百々最に駆け寄ろうとする足が。


「あはは、大丈夫です、大丈夫」


 次吹が人だかりに割り込んだ頃には、百々最は何でも無さそうに立ち上がっていた。


「あ、次吹ちゃん! ごめんね大丈夫だから! ベンチに戻ろ!」

「本当に大丈夫? って、ちょっと! 後でこっそり癒すんだから、そんな急いで走ったらだめよ!」

「だってお腹空いてるんだもん!」


 ベンチにたどり着いた百々最は、昼休みが終わってしまう前に急いでパンを頬張る……膝は血みどろ、擦り傷だらけだと言うのに。

 1個、2個、3個。パンが次々と消えていく。一体幾つ買ったんだ百々最、食いすぎだ。


「よ、よくそんなに入るわね」

「ビーストと戦った後はもっと食べるよ?」

「百々最? 人目がある所では?」

「あー! えへへ……ごめんなさい、言いません」


 その時、けたましく呼び鈴が鳴った。一も二もなく生徒達は校舎へと戻っていく。


「もう、百々最……癒す暇無かったわ」

「このくらい大丈夫だよ、ったぁ!」


 ベンチから優雅に立つ次吹。立ち上がろうとしてコケる百々最。見れば百々最の足首が腫れ上がっていた。捻挫、そう酷いものではないが、しばらくは歩けないだろう。


「おぶるわ、ほら」

「面目ないです……」


 結局百々最は早退となった。

 保健室で応急手当を受け、病院へタクシーで送ってもらい、松葉杖を持ち歩いて帰っていた。右手は松葉杖、左手はココナッツジュースの缶。


「はぁ……あの時のって」


 百々最はただ転んだ訳ではない。ビーストとの戦いではそんな事は命取りになる、足元の確認は普段から怠らない様にしている。しかし転んだ。

 背中にはまだあの感覚が残っている。力強く自分を押した、何者かの手の感触が。

 百々最は突き飛ばされた。何かの間違えで突き飛ばしてしまっただけかもしれない、そこまでの恨みを買った覚えはないのだから、そう思ってしまう。


「あれ?」


 百々最はスマホで時刻を確認した。まだ2時だ……平日の2時だ。それだと言うのに、子供が川沿いに座り込んでいた。小学校高学年位の子だろう、ランドセルは背負っていないし、見渡しても見当たらない。


「…………」


 彼女はお人形さんだった。浮世離れした白い肌、透き通った瞳。日差しを頭髪に宿し、天使の輪を演出している。何と美しいお人形さんなのだろう。もしかすると幻覚なのだろうか……実在するとは思えない程美しい。


「誰だ……?」


 お人形さんが喋った。無意識に引き寄せられた百々最の目の前に居るお人形さん改め幻覚少女が喋った。百々最は少女の言葉も聞かず、手を伸ばしていた……のに気づいたのは、手を払いのけられてからである。


「何か、用?」


 触れられる、幻覚ではない。直視し難い程に整った顔立ちだ。朝にチラ見スキルを磨いた百々最はチラチラと見るが、見る度に不審者でも見るかのような目に変わっていってる。


「あ、えっと、日晴百々最です! 高校1年生です、お名前教えて下さい!」


 怪しい。


「怪しいから教えたくないね」

「私、あそこの学校の生徒なの! ほら、制服にマーク!」

「あー、そう。えっと、名前……お、おう……皇雪(おうせつ)こ、心鳴(ここな)かな……?」


 今度は皇雪心鳴と名乗った少女の方が挙動不審だ。一目見ただけで何かを隠している事はわかるだろう……百々最はやっぱりわからないのであった。


「皇雪、心鳴ちゃん」


 相応しい名前だと、素晴らしい名前だと感じる。皇女様と言われても何の違和感も覚えない高貴なオーラ。雪の様な白い肌、長く輝く髪、心を鳴らす透き通った声。

 名は体を表すのだ! と百々最は思った。ちなみに百々最という名前は、百点を沢山取っても更に上を目指すべし、という意味が込められている。百々最はテストで100点を取った事は一度も無い。笑顔だけはいつも満点越えだ。


「が、学校は? 迷子なの?」

「ぼっ、わ、私は迷子じゃない。あー、保護者は居ない、ここに暮らしてる」


 テントも張っていない、生活感も無い。川と草しか無い。とてもじゃないが、ここに住んでいるとは考えがたい。

 家族と喧嘩でもして家出したのだろうか、と百々最は考える。ならばやらなければならない事は何だ、家に帰すか、警察に保護してもらうか、だ。流石に一晩ここで過ごすのは危険が付きまとう。


「お母さんと喧嘩しちゃった? きっと探してるよ」

「いやだから、迷子じゃないんだよ。わ、私に保護者は居ないから」

「じゃあ1回警察に行こ?」


 百々最は考える、小さな子にいきなり警察と言っても怖がられるかもしれない、と! 百々最は続けざまに口を開いた。


「警察はね、困っている人を助けてくれるから……心鳴ちゃんの味方になってくれるよ」


 心鳴は思案の表情を泳がせながら、「うん」とも「おぉ」とも「いやぁ」とも判断のし難い声を上げる。対して百々最は不安がらせない様に、いつもの笑みを浮かべる。


「意味ないと思うけどな……一回行ったら諦めてくれる?」


 百々最は何を言われているのかわからなかったが、とりあえずは頷く。


「松葉杖なんて突きながら、よくやるね」


 なんて言っている間に交番に着いた。あっと言う間である。本当にあっと言う間であった。


「ここからは一人でいいよね、きっちり相談するから……あー、そうだね、神にでも誓うよ」

「うん、ちゃんと相談してちゃんと家に帰ってね!」


 心鳴が交番に入っていくのを見届け、百々最も帰路へと戻る。


 戦友の雨揺次吹。転校生の烏曇祭。迷子の皇雪心鳴。


 彼女達と日晴百々最の物語が、加速していく。

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