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薄情者

 バカテスみたいな作品を書きたかった。

 春に対する適切な表現とは、出会いと別れであると僕は思う。

 三月の卒業式で友との別れに涙し、四月の入学式ないし入社式で新たな仲間と出会う。

 なんと素晴らしいことではないか。

 数年を共に過ごした友との別れを、わずか一月足らずで無かったかのように振る舞えるなんて!


 本当に素晴らしい(くだらない)


 こんなにも薄情な生物を、僕は他に知らないよ。

 飼い主を想う犬の方がまだ情に溢れているのではないだろうか。


 だから僕は友達を作らない。

 薄っぺらな情に一体どれだけの価値があるだろうか。


 ましてや恋人など以ての外だ。

 本気で好きだ、愛してるなどと謳っておきながら、別れたらほんの数ヶ月で新たな恋人を作る。

 これのどこに愛があるのだろう。


 これを聞いた僕の幼馴染――あくまでも友達ではない――は「流石にそれは潔癖過ぎじゃないか、もう少し大人になれよ」言うけれど、それでも僕は考えを変える気はない。


 清濁併せ呑むのが大人だと言うなら僕は子供のままでいい。

 綺麗なままで、汚いものを拒絶しながら、真っ黒な夜空にただ一つ輝く、真っ白な一等星の如く清く生きるとあの日あの時決意した。


 とまあそんな決意を胸に高校の入学式に出ていたんだけど、その決意は早くも揺らいでしまった。

 安っぽい言い方になってしまうけれど、僕はその日、運命に出会ったんだ。



※※※



「さて、いっくん。入学早々申し訳ないんだけど、君に相談がある」


 入学式後のホームルームを終え、一部の生徒が帰り始めた頃、僕は隣の席に座っている幼なじみ、(にのまえ) 和志(かずし)に声をかけた。


「珍しいな、司が俺に相談なんて。まさかとは思うが、恋でもしたか?」


 いっくんとは小学校からの付き合いがあり、お互いのことは大体知っている。

 だからだろう、僕の相談内容を聞かずとも当ててみせた。


「そのまさかだよ。どうやら僕は、三組の小林優香さんに一目惚れをしてしまったみたいだ」


「はぁ!?」


 瞬間、いっくんは大きく仰け反り、驚愕の声を上げた。


「ちょっといっくん、そんなに大きな声を出さなくてもちゃんと聞こえてるよ。むしろ鼓膜が破れて聞こえなくなるかと思ったよ」


 いっくんはいつも周りに気を配っているけど、その分空回りもするのが玉にキズなんだよね。


「お、お前が、恋……しかも、一目惚れだと!」


「だからそう言ってるじゃないか」


「だ、誰だ! お前のような奇想天外な人間が一目惚れするなんて考えられん! そんな世にも奇妙な人間は一体誰なんだ! というかそもそも人間なのか!?」


「怒るよ? 三組の小林優香さん、新入生代表挨拶してたでしょ? その時に一目惚れした」


 まったく、人が好きになった人物に対してそんなふうな言い方をするだなんて、一体どんな教育を受けてきたんだ……って、僕も同じ教育を受けたんだった。


「す、すまん。というかお前はなぜクラスを知っている」


 急に真顔になったいっくんが、まるで変質者かなにかを見るような視線を送ってくる。


「クラス分けのプリント確認したらすぐに見つかったよ? というかそろそろ本題に入っていい?」


「あ、ああ。悪かったな、話を遮って」


「それくらいいいよ。

 で、とりあえず一目惚れをしたはいいけど、僕はこういう時どうすればいいのか全くわからないんだ。

 いっくんって確か中学の時彼女いたよね、どういうきっかけで付き合ったの?」


 というかなんで別れたんだろう。一度好きになったなら最後までその思いを突き通せばいいのに。


「割と恥ずかしいこと聞いてくるな、お前。

 俺がアヤと付き合ったきっかけはアレだ。告白されたからだよ。あの時は本当に驚いた」


「告白されたから? なら告白すれば誰でも付き合うの? いっくんってそんな尻軽だったんだ、へー」


 男に対して尻軽って言うのは間違ってるとは思うけど、男女平等の世の中だし罵倒も同じでいっか。


「違えよ! 俺もアヤのことが好きだったからだよ!」


「大声で何叫んでんのよアンタ!」


「痛ッ!」


 急に倒れたいっくんに驚いて後ろを向くと、腕を振り切った女子がいた。

 彼女がいっくんのことを叩いたのだろう。


「この懐かしい感覚……アヤ、テメェいきなり何しやがる! 痛えじゃねえか」


「あんたが叫ぶからよ、恥ずかしいじゃない!」


 それから口喧嘩を始める二人を尻目に、一度頭の中を整理する。

 いっくんの反応を見るに彼女がいっくんの元カノのアヤさんなのか。

 というか叩かれただけでわかるって事は普段から散々叩かれてたのかな、流石にいっくんがマゾではないと思いたいけれど。

 ちょうどいいし二人の馴れ初めでも聞かせてもらおうかな。

 そのためにもそろそろ言い争う二人を止めないと。


「二人とも、痴話喧嘩はそこまでにしなよ。たぶん他のクラスにまで聞こえてるよ?」


 むしろなんで誰も来ないのか不思議なくらい大声で口喧嘩をしていた。

 まったく、直ぐ側で聞かされるこっちの気持ちも考えて欲しいよ。


「そうだ、ちょうどいいからアヤさんに一つ聞きたいんだけど、いいかな?」


「……なによ」


 いきなりあだ名で呼ばれて嫌な気分になるのはわかるけど、名前を知らないんだから仕方ない。


「いっくんのどういうとこを好きになったの?」


 するとアヤさんは林檎のように真っ赤になる。

 一応あまり意識させないように気を遣って、普通のトーンで聞いたんだけれどやっぱり恥ずかしいみたいだ。


「そ、そんなのアンタに関係ないでしょ!!」


 今にも蒸気が吹き出そうなくらいの興奮状態になったアヤさんは、声を裏返しながら言う。

 けれどここで思わぬ所から助け舟が出される


「まあそう言うなって。こいつはついさっき恋に落ちたんだ、それも人生初の! それを応援しないなんてできない! というわけでアヤ、お前も協力しろ」


 僕のために協力してくれるなんて、やっぱり持つべきものは幼なじみだね!


「アンタはただ面白がってるだけでしょうが!」


「ぶべらっ!」


 クリティカルヒット、いっくんは再び机にキスをした。


 その時、教室の外から僕たちを見つめる人影を見つけた。

 いや、厳密に言えば人影は僕たちではなく、アヤさんといっくんだけを見つめている。

 ただギリギリまで姿を隠そうとしてしゃがんでいるのだけれど、その行動がかえって目立っていて少し可笑しい。


「ところでアヤさん、さっきから三組の小林さんがこっちを見てるんだけど何か心当たりはあるかな?」


 そう言って僕はこちらを覗いていた小林さんを指差す。


「きゃっ!」


 気づかれて無いと思っていたのか、小林さんは驚いて尻もちをつく。


「あれ、優香? まだ帰ってなかったの?」


 アヤさんのことを見ていたから薄々気づいてはいたけど、どうやら二人は知り合いらしい。


「ほ、ほら、私方向音痴だから……」


 少しバツの悪そうな表情をした小林さんは立ち上がりながらパンパンとスカートについたホコリを払う。


「あー、そうだった。じゃあ一緒に帰ろうか。……というわけで私達は帰るね、バイバイ」


 どうやら僕自身で彼女が逃げる口実を作ってしまったらしい。


「そうか、じゃあな」


 いっくんがぶっきらぼうに言うけど、さっきまでの表情はとても嬉しそうなものだった。

 口調とは裏腹に今までのやり取りが楽しかったんだろう。


「またね」


「はい、また」


 僕の言葉に小林さんが返してくれる。ヤバい、嬉しくて泣きそうだ。


 二人が帰ったのを確認し、いっくんに質問をする。


「……ところで、いっくん。アヤさんの名前を教えてくれないかな?」


「そういや教えてなかったな、あいつの名前は岡本綾音だ。で、あの女子がお前の惚れた小林でいいのか?」


「うん、そうだよ」


「葵さんに、似ていたな」


「そうだね」


 僕が答えると、いっくんはいつになく真剣な表情をする。


「なら悪いが司、俺はお前の恋に協力できない」


「……そっか」


「あまり、驚かないんだな」


 いっくんが意外といった表情で言う。

 正直驚いてはいるのだけれど、元々期待していたわけでもないから衝撃も小さかったみたいだ。


「僕たちは幼なじみってだけで友達ってわけではないらね。協力する義理なんてないもの。

 それでもまあ、一応聞かせてもらうけど、どうしてかな?」


 まさかいっくんも彼女に一目惚れしたってわけではないだろうし、かといって単に面倒なだけだと断定するにはあの真剣な表情が気になる。


「お前のためにならないと思ったからだ」


 キョトン、とした表情を浮かべオウム返しする。


「僕のためにならない?」


 どうしてそんなことを言うんだろう。


「ああ、お前のそれはきっと恋じゃなくてただの依存だ。それも代償行為としての依存だ。

 亡くなった葵さんの影を追い求め、それっぽいもので心を満たそうとしているだけだ。

 俺にはそれがとてもじゃないが健全なものに思えない。

 だから俺は、お前に協力しない」


 どうしてそんな、友達みたいなことを言うんだろう。


「うんまあ、確かに言わんとしてることはわかるよ。

 彼女は母さんにそっくりだ。話し方や雰囲気なんて特に。

 けどそれが依存や代償行為だなんて、一体誰が決めたんだい?

 友達でもない君に、僕自身でもわからない僕の心の何がわかるのかな?


 ただ長い間一緒にいるだけで、知ったような気になるなよ」


 おっと、思ってた以上に頭に来ていたみたいだ。

 クールダウンクールダウンっと。


「いっくんが協力してくれないのは残念だけど、まあどうでもいいや。また明日から幼なじみの知り合いとしてよろしくね」


 そう言うと、いっくんは悲痛な表情を浮かべる。

 だからどうしてそんな友達みたいな顔をするんだよ。


「司、俺はお前が心配なんだ。いい加減過去に縛られるのはやめて、未来(まえ)を向けよ。

 《《あの人》》だって、お前がそうなることを望んでない筈だ」


 だめだ、本格的に怒ってしまいそうだ。


 過去に縛られるな、だって? あの人は望んでない、だって? ふざけるな、あの人のことは僕が誰よりも知っている。お前ごときが、あの人のことを語るな!


 激しい怒りが湧き上がる。けれどこの激情を感じるままにぶつけるのはただの子供だ。

 落ち着け、落ち着くんだ、僕…………よし。


「いっくん。付き合いの長い君だから一度は許す。けど、次にそんなことを言ったら、僕は君のことを絶対に許さない」


 けどまあ落ち着きはしても、怒りは消えなかったようだ。



※※※



「ただいま」


 誰もいない家に、僕の声が木霊する。

 住宅街にあるこの二階建ての一軒家には、僕と大嫌いな父しか住んでいない。

 その僕も今日からは学校だし、父もあまりに帰ってこない。

 さっきまで怒り心頭だったけれど、帰り道を歩いている間にかなり頭も冷えた。

 荷物を玄関脇におろし、リビングにある仏壇に向かう。


「ただいま、母さん。聞いてよ、僕、好きな人ができたんだ。名前は小林さんっていってね、母さんにとてもそっくりなんだ。

 よく、男の子は母親に似た人に恋をするって言うけど本当だったんだね」


 そうして僕は今日あった色々なことを母さんに伝える。

 明日もいいことあるといいな。

 バカテスみたいな作品を書きたかった(・・・・・・)

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