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 ――アズ、誰かが結界内に侵入して来たよ。神獣だ。瀕死の重傷。


 『お家君』が、警戒警報を発令した。

 その時の私は地下でマジックポーションを錬成中で、もうちょっとで最高級値(ハイグレード)を出せるまでになっていた。

 知識があるからと言って、ほいほいと使いこなせるわけじゃないのだ。レシピを知ってても、初めての調理で高級レストランのシェフ並みの料理が作れるわけじゃないのと一緒で、あくまで意識や経験値は『英』のままですから。


「神獣??」


 手を【浄化】して、一気に外へ駆け出す。走りながら腰のダガーを確認し、妖魔公のマントを羽織って目標地点へ急いだ。

 【神域結界】は不可視の結界。

 外からみると迷彩機能で敷地内は樹海の一部にしか見えないはずだし、無意識に回避行動を誘う。もしも見つけて入ろうとしても、敵意や害意・負の興味持ちは侵入不可だ。侵入できたとしても、悪心を持った瞬間に問答無用で結界外に弾き飛ばされる。

 そんな結界内に侵入できて、いまだ排除もされない。その上に重傷の神獣とあっては急がないと。


 ――あれは神獣ディグシスだ。


 結界に入ってすぐの木の根元に、真っ黒な虎に似た魔獣がヒューヒューと異常な呼吸音を漏らしながら横になっていた。肺の辺りが異常なピッチで上下を繰り返してる。

 そろりそろりと忍び足で注意深く近づく。

 聖域指定されているからか、傷口から悪寒がする気味悪い黒い霧状の何かが立ち上っては消えて行く。そんな狼煙のようなものが1.2.3……6カ所。


「ガウッ!キューウ」


 やっと開けた薄眼で私に気づいたのか、苦しい息の中で助けを求めるように鳴いた。

 開いた薄目は白く濁り、瞬膜も眼球を半分くらい覆っていて戻らない。

 命が危うい緊張の場面ながら、私は内心で魔獣であっても猫科と同じ仕組みなんだなーと感心していた。

 

「しっかりしなさい! 神獣でしょ! すぐに助けるから頑張るんだよ!」

「グゥ…」


 えーとえーと【看破(ペネトレーション)

 なに!?


***


 名前:ー


 年齢:846才


 種族:ディグシス


 称号:神獣・漆黒の王



 LV:994


 HP:18,594/689,000

 MP:12,450/850,000 

 ST:24,854/422,000


 状態:呪汚染(瀕死)・刺傷・魔力低下・体力低下・生命力限界


***


 あー……やはり呪いかぁ。毒と呪いのどっちかなと思ったけど、質の悪い方だったかぁ。

 地下から飛び出す際に、とっさに作り置いたポーション瓶を腰袋に押し込んでおいた。それを掴み出して色を見ながら傷口に振りかけ、体力回復薬を荒い息に空いた口蓋へ突っ込んだ。

 【看破】を継続してステータスを見ながら、脳裏に浮かべた方陣を神獣の上から描き降ろした。


呪 紋(ワード) 開 示(ディスクロージャー)


 指先を上に向けてちょいちょいと糸でも引き上げるような動作で、敷いた方陣から呪いの紋を引っ張り出す。


「きったない紋ねー! まっ、それがあって即死せずにすんだのだから、良しとするか!」


 ――人族が描いた呪紋かい?


「そう、人族の魔術師が呪術で描いた紋よ。どこかで昔の呪術師が描いた方陣でも写して来たんじゃない? 劣化版だけどさ。【解呪(デスペル)】」


 意味も解らず描き込んだらしく古代文字のあちこちが欠けたり抜けたりしていて、即発動はしたが即死じゃなく瀕死に変化したらしい。

 その半端に発動している古代文字を魔力で紡いで丸め、空の彼方に向かって放り投げて行く。手編みのセーターをほどいて毛玉を作る要領で。


 魔法陣に描き込まれる紋は、指定する文言を続け字でぐるっと方陣の円に沿って入れ、最初と最後を繋げて完成させる。

 しかし、どこかが切れてたり欠けてたり間違えてたりすると、本来の術は発動することはないし、まったく別な術に変化してしまったり暴発したり(自爆術)する。

 ことに呪術は《死の言語》を使わなくてはならないから、ほとんどの呪術師は古代文字を使用する。だがしかーし、この呪術仕様の古代文字って言うのが厄介で難しいんですよー。

 大昔から呪術ってのは国が管理していて、個人的に使うと『禁術使い』ってことで重い罪に罰せられてきた。それは今でも続いている約定で、行使決定は各国の首相や国王や皇帝の主命が必要な魔術だ。

 そんな危ない秘術中の秘術だけに、目で見て簡単に書き写したり盗める紋だと危ない。それゆえ昔の国家呪術師たちは、蔓草の模様を土台にしてその中に古代文字の呪を隠すように描き込んで作った。グネグネクルクルあちこち葉っぱが生えていて、一見で覚えられないように暗号化したわけだ。

 そして、それを代々の最高権力者の保護下で、見本なんて作らずに描いて見せるだけにして護り伝えて来た。方陣は、魔力持ちが描いただけで発動するからねー。

 

 でもねー、やはり人の脳ってのは、時と共に限界が来るんだよねぇ。誤認や思い込み、老化による物忘れなんてのは、どこの世界でも皆同じだ。

 それに、昔の禁術使いが秘密の迷路や遺跡の壁にこっそり見本代わりに描いた方陣を見つけ、試験や研究もせずに使う馬鹿も出て来てるし。

 それにね、呪いは解呪されたら術者に返るんだよ。呪いを消せるのは、呪われた相手が亡くなった場合と呪った術者だけ。自分の放った呪いを返されて、呪われながら自分で消さないとならない。

 それが世の理。


【浄化】【治癒力活性】


 ふい~っ。これで安静に養生してりゃ快癒だ。

 ぐいっと額の汗を腕で拭い、散らばったポーション瓶を回収しながら神獣の容態を確かめた。荒れていた呼吸はゆっくりと穏やかになり、呪いの気が立ち込めていた傷口は塞がって、すでに薄くキレイな皮膚が盛り上がって来ている。


「後は体力回復だね。ポーションより食べ物で付けた方がいいから、なんか持って来てあげる。ゆっくり眠ってて」


 ――契約したらどう? 回復が早くなるよ?


「今は意識が朦朧としてるから駄目よ。そんな状態で契約したら、詐欺でしょ? 契約ってのは、お互いの認識が一致した後に交わすものなの。だから駄目」


 契約は怖い物なの。あちらの世界でもこちらの世界でも。


 神獣は順調に回復していった。

 なんと! 攻撃魔法の訓練以降は食料調達のためにしか家を出なかった私が、神獣のために毎日せっせと狩りやら解体をやり、病獣(?)食を研究しまくって食べさせた。

 人間不信で薄情な私だが、お? ペット相手なら情や母性が沸くのかな? なんて新たな自分を発見して《初めてのペット飼育~看病編~》に燃えてみたが、結局それは《研究職の探求心》だったことが判明した。

 なんで自覚したかって言うと、完治した神獣に「生肉食わせろ」と言われた途端にまったく興味もやる気も失せたから。

 ええ、私は《神獣の治療》と銘打ってさまざまな魔物の部位や薬草や鉱石を試しまくり、その結果を心のレポートに書き込んでました。それが必要なくなったと知った瞬間、被験者のことはどーでもよくなったのだ。


「完治したんだから、自分で勝手に狩ってきなよ」


 命の危険から脱した大きな神獣様は、中年のおっさん声でお喋りしやがった。可愛さ半減。キューキューピスピス鳴いてたら、まだお世話が続けられてたかも。


『よいのか?この樹海は魔女の樹海――』

「結界内は地権を主張するけど、その外は誰のものでもないわ。お好きにどーぞ?」

『むふ……では、遠慮なく。行ってくる』

「あ、ちょっと待って? これからどうするの?霊峰に帰るの?」

『そのつもりはない。戻ったとて我の棲み処は荒らされただろうし、また奴らが来るだろう。ここに定住してよいか?』

「それなら、結界の中でも樹海のどこかでも好きにして。でも……報復しなくていいの?」

『……煩わしい』

「……そーよねぇ」


 腕組みして、うんうんと同意する。

 判るわ~。恨みはしたけど、今が平穏ならどうでもよくなっちゃう心境。わざわざ快適な時間を放って、こちらから騒ぎを起こしに行くなんて面倒くさい。

 面倒から逃げることにしたらしい病み上がりの神獣様は、悠々とした足運びで結界の外に歩いてゆく。漆黒の毛先が陽光に照らされてひかり、しなやかな動きと共に艶々と黒い毛並みが光沢を放っている。

 ああ、綺麗なケモノだと感心し、その復活に全力を尽くした自分の仕事っぷりを自画自賛。

 樹々の間に消えて行く黒い獣を見送り、私はまたいつもの引きこもりに戻った。


 『お家君』と私と神獣の三者で始めたあらたな生活は、心地よい距離感と必要最低限の干渉だけにとどめることで上手くいっていた。

 神獣様は巨大樹の中ほどにある太い枝に寝床を造り、おおいに気に入ったのか狩り以外はそこで過ごす。時々、溜まった魔石・魔晶石や皮や肉を、畑に面したウッドデッキの脇に置いていってくれる。

 四つ足のケモノなのに、どーやってキレイに処理してるんだろう? 私の目が届かないところで二本足で立ち上がり、あの爪がにゅっと出た指を器用に使って――なんてことはないわよね。

 少し強い雨の日は、大き目の庇で覆っているウッドデッキでごろ寝している。雨天は少し怠くなるんだってさ。ネコ科は大変だね。

 そんなまったりした日々が続いていたある日、最初にそれに気づいたのは神獣だった。


『アズ、樹海の境界に、この国の軍隊が陣を張っておるぞ』


 私は難しい顔で薬草の出来具合を確かめながら摘んでは笊に投げ入れていたところで、警告されて慌てて【索敵】を開始した。【地図】と同期している【索敵】は、目的に応じて色を変えた発光点を表示してくれる。私が敵味方の判断をと条件づければ、相手の規模と敵か味方か色を変えて教えてくれる。

 現在【地図】に点灯しているのは、敵意を示す赤い点。それが不毛の荒野と樹海の境界辺りに、横に長くへばりつくように集中している。

 その中に、ひときわ大きな赤丸が。


「なんか大きい魔力が――魔獣?」

『いや、あれはこの国の英雄だ』

「はぁ!?」


 さらりと応えた神獣に、私はおもいきり顔を顰めて神獣を振り返った。

 なんだ? その胡散臭い称号の野郎は。

 聖女の次は、英雄様ですか?


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