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 雲の流れが、いつもより早い。

 それはそうだろう。こっちも動いてるんだから。

 そして、雲が近い。

 近いなんてもんじゃない。大樹エンデの頂上は、雲の中に突っ込んで見えない。


「……空飛ぶ樹海!?」


 靄のように時おり漂い流れ去る雲を目で追いながら、思わず呻く。

 『天空のなんとか』というよりは、空飛ぶ絨毯かそれに近い類だ。あまりにも広大なだけに、呆気に取られて即座に理解できなかっただけ。

 すぐ我に返り、上空に飛びあがる。

 太陽と呼んでいいのか、恒星が燦々と暖かな光を注いでいる。

 流れ来る雲に巻かれながら見下ろしてみれば、足下を濃緑の小大陸がゆっくりとしたスピードで通り過ぎてゆく。元々の面積の半分ほどの樹海が、魔女の家を端に乗せたままで空中を飛んでいるのだ。


「どうなってんの!?」


 浮かぶ樹海から飛翔スピードを上げて離れ、地上がどうなっているのか調べる。けれど、移動している空飛ぶ樹海の真下はすでに海上だった。

 真っ青な海以外は、ぐるりと見渡しても何も見えない。高度を上げても島影すら見つけられない。

 ざわつく胸中を落ち着かせて『森羅万象』を起動させ、具体的なポイントを設定し、そこがどうなっているか集中して捜査する。

 望んだ先は女神の大陸の北端。剥がされた樹海の跡地がどうなっているのか、それだけを見るつもりだった。

 でも。


「どうして、こんなことに……」


 異常気象。地殻変動。火山噴火。

 山が火を噴き上げるたびに地面が揺れ、森や街を呑み込みながら地割れが走る。その後を追うように不気味な色の溶岩が、狼煙のように火と煙を残して浸食してゆく。

 平野は洪水だ。河川が溢れて村や都を人々諸共押し流して泥水の底に消し、いつ止むとも知れない豪雨が雷鳴を伴って何もかもを煙らせている。大陸の上にだけとどまっている黒雲が陽光を隠し、痛いほどの雨粒は轟音の中に悲鳴を散らした。


「なんで? 約束したじゃない……。開放したらって……」


 幾千幾万の助けを求める声が、頭の中を埋め尽くす。約束を違えた古の神に悪口雑言を放ち、溢れる哀願に痛む頭を抱えた。

 救助しようにも手の施しようがない。何から始めて何をすればいいのか。

 爆発する山を抑える? 逆巻く激流を押し返す? 崩れる崖や丘を引き戻す? それとも、悲鳴と祈りをひとつずつ救い上げる?

 混乱する情報の隅で救う方法を巡らせ、早く早くと急き立てるもうひとりの私に焦りが倍増しする。

 上空に滞空したまま身体を丸めてぶつぶつ呟く私の背後に、誰かの気配が近づいてきた。


「何をしている?」

「グッ、グレンドルフ!!」

「あれらを救おうと?」

「だって、神は私と約束したのよ! 新たな神の力を奪い返して古の神を開放したなら、壊れ逝くこの世界を保ってやれるって……」

「ああ。それは俺も聞いた。自滅に向かう世界を止められるのは神だけだと」


 次々と儚くなってゆく命の声に苛まれながら、冷淡な物言いの彼を睨んだ。


「……あなた、何? いつ神と会ったの?」

「リュースに案内させた」

「何のためよっ!?」


 何の感情も見えない無表情な彼の顔に、わずかな皺が寄った。

 口角が引き上がり、昏い色の瞳が底光りする。


「俺が奪った神力を返すためだ」

「奪ったって……帝国の召喚陣を破壊した時の?」

「ああ。あの力があったからこそ友人たちを逃すことができたし、今まで無事に逃げおおせた。もう必要ではないからな」

「それで? それがこの惨状とどういう関係が!?」


 グレンドルフの笑みが深くなる。

 なぜかその笑みは禍々しさの欠片はなく、明るく無邪気な微笑みだった。

 背筋が総毛立ち、ともすると外道聖人を前にした時よりも怖い。


「これは、神の審判だ。お前との約束を違えられないという神に、ならば審判を下せ、と俺は望んだ。それが神力を返す対価だと」

「審判って……」

「お前の世界にもあるだろう? 神が人々を試す『審判』が。偽りの聖人が愚かであったとしても、それを招いて結託したのは人族だ。罪は罪。神の裁きを受けるのは尤もだろう? ……世界の意志が働くなら、必要とされる者たちは助かるだろう」


 ああ、と無意識に呻きが漏れた。

 体中の力が抜けてゆき、飛翔の効力が薄れだす。急激な落下に抗うこともできず、ただ襲ってくる暗闇に身を任せた。

 反論できない。

 私は、世界と私に近しい者たちの無事だけを望んだのだ。不特定多数の人たちや他の生物の生命まで意識していなかった。

 範疇外だったそこにグレンドルフは条件を加え、神は了承しただけ。


『世界が存在を許した者たちなら、神はお許しになるのですか?』

『世界は私であり、私は世界だ。私の意思を至上の文言とするなら、世界(わたし)は許すだろう』

『なら、女神も魔女も必要ないのでは?』

『随時、私の眼が向けられているわけではない。そこまで暇ではないのでな。私の手となる管理者が必要だ』

『……理解しました。世界の意志を尊重し、見守りましょう。女神の慈悲と魔女の無慈悲の双刀を手に』


 私の中のAZが応じる。

 もう、逃げることはできそうもない。


 腹立つ! ああっ!! それにしても頭にくる!!

 あいつら、私を騙したんだな!!

 くっそーーーーっ!!

 おっかしーな? と、ちょこっと思ったんだよ。さっさと地球に行って来いと追い立てるように言っててさ。

 目が覚めたら、思い切り暴れ回ってやる!!

 首を洗って待ってなさいよ!


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