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 今、腕の中にキラキラと光る小さな輝きたちが納まっている。

 色も形も様々だけれど、どれもキレイで生き生きと光を放っている。


「ごめんなさい。私の力はまだ万全じゃないの。だから、他の世界の方々は、もうすこし待っていて。それまでの間、天の揺り篭で眠っていて」


 まずは、アンナちゃんと共に地球組の魂を連れ帰る。アンナちゃんは私と同じく地上に。地球生まれの魂たちは神様の許に。

 きっと行方不明者として扱われているだろうが、肉体を持たないままじゃ元の時間と場所には帰せない。せめて輪廻の輪に戻して、また地球に転生してもらえるよう願うだけ。

 キラキラの大半をそっと空に向けて放る。別世界の魂たちは大気の中をふわりと泳いで浮き、そのまま陽光の中に消えて行った。


「アズさん……?」


 宝石を光にかざして眺めるようにうっとりと見送っていた私に、懐かしい女子高校の制服とコートに着替えたアンナちゃんが訝しげに声をかけてきた。

 私はわざとらしい咳払いで気分を切り替え、()聖女様を見つめ返す。

 聖女様の個室には、彼女を護るために侍女も護衛もいない。人気のないがらーんとした室内を見渡して苦笑した。

 神も人も現金なものだわ。


「用意はOK?」

「はいっ」


 アンナちゃんを伴ってテラスに出ると、すっきりと晴れた空に向かって指先で転移の陣を描く。陣の始まりと終わりが繋がった瞬間、私たちは抗いがたい強引さで吸い込まれた。

 何度か経験した私はともかく、召喚時に味わったきりのこの不快感にアンナちゃんは顔を歪めて耐えていた。小顔の白い額に似合わない皺が寄る。唇は真一文字に結ばれ、長いまつ毛が震える瞼はしっかり閉じられている。

 未練はないようだ。


「お疲れさまー。はい、着いたわよ」


 一言かけてポンと背中を叩き、薄暗い次元の狭間から追い出す。


「え? あ……」


 アンナちゃんは、二、三歩とよろめきながらアスファルトの地面に足をつける。

 なんとなく草臥れた感が増したコートに気づいてないのか、伏せていた顔を上げてまた歩き出した。


「あれ? なんだろう……。あっ、もうこんな時間! お母さんに怒られちゃう!」


 あの日のあの時の下校の一場面。

 私の数メートル先を帰宅していた彼女が蘇る。

 コートのポケットからスマホを引っ張り出して時間を確かめ、慌てて小走りに駆け出す。

 振り返ることなく、家族の待つお家に向かって真っすぐ駆けてゆく彼女の背中を見送り、私は他人顔を装って自宅への道程を歩いた。


 記憶を消せるかどうかは賭けだった。

 彼女の経験は彼女だけの財産だと理解してたけれど――忘れてしまっても構わないとも思った。

 だから賭けた。彼女の心の奥にある希望に添うようにと。


「地球で生まれ育って一生を送るアンナちゃんに、あの記憶は必要ないわ」


 だらっとしたニットの室内着に異様なマント姿の自分に笑い、今度こそ食事の支度にかかる。

 ホカホカの白米と塩鮭に味海苔。わかめとお豆腐のお味噌汁に白菜の柚子風味のお漬物。


「あーっ、幸せ! 魚醤やチーズはあったけど、やっぱりお米とお味噌がないのは辛い! 神様ぁ、世に流通させないから持って行ってもいいですかぁ~?」


 親しんだ味と食感に歓喜しながら、溢れる欲望のまま願ってみる。

 頭では理解している。まったく違う進化や歴史の流れを辿っている世界に、あり得ない物を持ち込むのはルール違反だ。魚醤やチーズは異世界の存在する材料を使って作られている。つまり、レシピだけを広めた結果でしかない。

 そこに、あの世界には無いものを持ち込むのは、先を進むこの世界の人間のエゴにしかならない。高みから見下ろして、神のごとく投げ与える行為でしかない。

 魔女は魔女。神になんてなりたくないし、私は心の狭い女だ。この腕に囲えるのは身近な者だけで、たくさんの人々や動植物を抱えるつもりはない。

 そこまでの博愛心は持ち合わせてないしね。

 満足ゆくまでご飯を堪能し、丁寧に後片付けをしてから軽く掃除。


「あ、そうそう。錬金できる衣類をすこし――」


 リネンや木綿、シルクなどの作り変えやすそうな衣類と下着を数枚、それほど入らないエコバッグにしまい込む。

 地球側にいる間は、疲労感は解消されても神力は回復しない。こちらの神様が支配する世界では、私の肉体と力は異質なモノだからだ。

 羽織ってきたマントはただの中二病臭い薄汚れた物になり、念じてみても指先をくるっと回してみても、そこには何の現象も起こらない。


「調整って、行き来できることと生きてられるってだけなのね。エコバッグも口は閉じてるし……」


 日本では、私はただの《梓》でしかない。魔法も使えないし体力も年齢相当だ。


「それじゃ、向こうに戻りますか」


 さすがにスェットの上下はあれなんで、今度は地味な色合いのトップスとアイボリーのパンツに変えた。

 魔法を使えない私が異世界に行く方法は、これも神に調整を受けた姿見がドアとなった。表面さえ触らなければ本来の用途に使えるが、手の平で触れてしまえばするりと突き抜ける。

 到着先は私の思うがままで――。


「!!」


 間違いなくここは私の家。お家君エンデが護ってくれている魔女の家の前。

 愛らしいデザインの家屋を全面的に無骨なロッジ風に変え、神獣様と脳筋の英雄様、立派に育ち過ぎた赤目の青年や不可抗力で旅をしてきた妖精族や――そんな彼らと楽しく過ごしてきた樹海の奥地だ。

 なのに。


「なんで浮いてるのよっ!! 誰の仕業!?」


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