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「還るか、ここに留まるか、決心はついた?」


 この異界の中でなら、捜し回ることなく見つけ出すのは容易い。脳裏で個人を示す符丁を思い描くだけで、相手の現在の情報がことごとく手に入る。安易すぎて腹立たしいく感じるくらいだ。

 ゆらりと浮かぶ平面な画像に引き寄せられて、気づけばいまだ腹立たしさしかないフェルンベルトの城の中庭にいた。


「アズさん!」


フェミニンなドレスと豪華な宝飾品で着飾った聖女様が、私を呼びながら駆けてくる。

 ブルボン王朝の頃のファッションに近いのかと思って見たら、やっぱり異世界だ。こだわりが違うらしく、どこかふんわりした妖精のような雰囲気のファッションに進化中だ。

 フリルの代わりに、巨大な鳥の純白の羽毛を重ね合わせて膨らんだドレス。美しい光沢と手触りの良さよりも、華美な希少な野鳥のように飾り立てることのほうが優美に感じるらしい。

 そんな可愛らしい姿のアンナちゃんが、なんだか疲れて引きつった笑顔で私にしがみついてきた。

 場所は、お城の中庭の木陰。お付きの侍女と警護騎士は思いのほか遠く離れた位置に立ち、仲良さそうに身を寄せて談笑している。

 ……お役目が終わって、持て余されてるって感じ?

 私はステルス機能のあるマントで姿をくらまし、アンナちゃんの目にだけ映る。


「浄化のお仕事は終わった?」

「全部、終わりました。帰ります。むしろ帰れるなら帰してください!」


 忍ばせているが悲鳴みたいな声で、アンナちゃんは訴えてきた。見れば、笑顔なのに大きな瞳には涙が浮かんでいる。


「何か――あった?」

「召喚陣が誰かさんに壊されてから段々と力の効果が落ち始めて……どうにか浄化を終わらせたんだけど、それから誰も彼も妙に冷たくて……」

「はぁー……やっぱりねぇ」

「あれだけ婚約だなんだって言ってたのに、終わった途端に滅多に会いにこなくなって、やっと現れたかと思ったらどこかの貴族の息子と結婚しろとかっ!!」

「だからぁ、教えたじゃない。召喚者じゃ無理なんだって。信じてなかったの?」


 抱きついていたアンナちゃんの細い指が、私のマントをぎゅっと掴んだ。

 そこには、後悔と自省と悔しさが震えになって現れていた。


「私、まだ十七なんです! 夢見たって……仕方ないじゃないですかっ」

「夢は、ここで見るものじゃないわ。さて、帰りたいなら着替えてきて。それで、ここで貰った物はすべて置いていってね」

「……ドレスや宝石……も?」

「うん。こちらの物に内包されてる力が送還術に干渉するらしくて、向こうの世界に拒絶されるみたい。別の異世界に弾き跳ばされたくないなら、隠し持ってきたりしないでね」


 アンナちゃんは腹を決めたようで、涙を溜めた眼を何度か瞬かせると強く頷いた。

 後は打ち合わせて半刻後に聖女の部屋に迎えに行くと決め、駆け戻ってゆく彼女の背を見送った。

 残酷な時は彼女を大人に変えた。望んだ経験じゃなかったせいで、少女の無垢な精神は壊されたけれど。


 空いた予定の時間までを潰すため、あの忌まわしい国の上空へと転移する。

 馬鹿な聖人が破壊しまくったパレストの王都は、澄み切った青空の下に無残な姿を晒していた。瓦解した大聖堂の向こうに、人々に隠していた秘密を暴かれた半壊の王城は、悄然と建っていた。

 王や貴族の気配はなく、残された兵士たちが黙々と瓦礫の撤去作業をしている。

 いまだ腐臭を漂わせる地下の実験場は大穴に変わり、これじゃ大聖堂の再建は無理だなぁと思わせる。一部の聖職者と役人以外は知らなかった謎の地下に、誰も近づきはしない。

 城下を見渡せば、破壊の光が走った軌道がまざまざと描かれている。無慈悲な光線は、どれだけの人たちを巻き込んだか。

 ラスボス登場までには避難する時間があったから、街はともかく助かった人たちのほうが多かっただろうけれど、この威力の前に誰ひとり死者を出さずに……とはいかなかっただろう。


『リュー、聞こえる? 無事?』


 緑濃き大陸がある方向に目を向けて、変わり果てた精霊の王女を救出し、無事に逃げ出したはずのリュースを呼ぶ。

 精霊たちに現在の彼をどうこうできるとは思ってないけれど、あの悲惨な現実を目にしては怒りで目が眩む者もいるんじゃないかな。


『アズ! そっちこそ無事だったんだね!――よかった』

『寝起きの若作りジジィには負けないわよ。最後の悪あがきにはまいったけど、実質は年上のオネーサンだしね』

『王女様のなれの果ては、緑の王と神様に押し付けておいた。元に戻すことは……無理だろって。ただね、魂は穢れていないから移し替えはできるかもだってさ』


 なんとなく彼に似合わない「なれの果て」なんて醒めた言い方に違和感を覚えつつも、もっと重要な点に意識を向ける。


『移し替え?』

『あーっと……植え替え? エンデみたいに若木を育てるんだって。ってことで、家の裏に王女様の苗木を植えてみた』

『ええ!?』


 こっちが外道小僧を相手に四苦八苦している間に、事は進んでいたようだ。

 でも、未来に繋がる筋が見えただけでも善しとすべきか。


『……それは、王女様であってもリリアのお母さんじゃないんだよね……』

『まあね。でもさ、リリアだって人のように生まれたわけじゃないんだから、これは妖精族の習性なんだってことで納得するしかない』

『うん……判った。そうするわ。それと、他の連中は?』

『樹海の家に集まってもらってるよ。まあ、こっちは僕が預かるから、アズはアズのなすべきことをして』

『あっ、はい』


 なんだろう。変な感じだ。

 私のなすべきことって……リューに説明した覚えはないんだけど。

 まあ、いいかと、私はそこで気持ちを切り替えて行動に移った。

 神が言った、帰還を乞う者たちを集めるために。


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