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 救いのない二択に絶望する梶を睨み据えていると、それはいきなり起こった。


「……そだ。嘘だ。嘘だっ。嘘だーーーっ!! があぁぁぁぁっ!!」


 焦点の合わない目をしてブツブツと何を呟いているのかと訝しみ、掴んでいた頭を引き寄せて顔を覗き込んだと同時に、梶が咆哮した。

 咄嗟に梶を突き放して転移したのは、最善だったらしい。間髪入れずに攻撃魔法が一斉掃射されて襲いかかってきた。


「あちゃー、激キレかしら?」


 私を狙うどころか感情のまま吼えながら、全方位に全属性の攻撃をばら撒いている。

 魔力残量無視の高火力攻撃に、【障壁】は数秒と耐え切れずに散ってゆく。必死で避けながら防御壁を次々と重ねるが、間に合わない一瞬が生まれてドレスが裂かれ、細かい傷が増える。

 ひりつく痛みは、梶の絶叫を擦りこまれて苦痛に変わる。

 焦土にめり込んでいた溶岩球が刺激されて爆発を始め、舞い上がる粉塵が煙幕となる。

 どうしよう。

 止める方法は……殺すしかない。でも……。


「このまま放置しておけば、自己崩壊を――」


 僅か先に思いを巡らせていた時。

 大陸全体が脈動したかのように大きく震え、変わり果てた焦土を呑み込みだしたのだ。震動による攪拌ではなく、水が浸透するようにただ沈んでゆく変動に呆気に取られる。

 が、唐突に始まった復帰工程を最後まで見ることなく、気づけば覚えのある暗黒空間に放り込まれていた。

 なんとなく悔しい気持ちになるのは、神力を身の内に集めても古の神の手の内でしかないことに思い至ったから。囚われの身じゃ何もできないと言ってた癖に……ちくしょう!

 光はないのに逆さに浮かぶ梶の姿が、数メートル離れた辺りに見える。気を失ってでもいるのか目を閉じて身動き一つしない。死んでいるのではないかと不安がよぎるが、同じく動けない私にできることは暗闇に在る主と向かい合うだけだった。


「……ご無事で何よりです」

「フッ、児戯程度の力で潰れるほど耄碌しておらぬよ。それよりも、牢獄に風穴を開けてくれて感謝する。褒美は、何がよいか……」


 胸にグッとくる美声に向けて目を凝らせば、かわらず古の神はいた。

 石の寝台は白銀の椅子に変わり、半裸に近い古風な衣装だった姿も違和感バリバリの衣装に着替え、優雅に脚を組んで座っていた。

 トーガ一枚で石棺みたいな寝台に横たわっていた神様がだ、どう見てもマンガちっくな殺し屋風に変身している。

 艶消しの黒いロングコートに黒いレザーパンツ。それにじゃらりとたくさんの宝石が絡まるネックレスをセクシィな鎖骨に絡めて裸の胸に下げている。

 あまりのイタさに、思わず視線を逸らしたくなるってもんよ。


「なんだか、魔王様のような装いで……」


 これで髪や目が黒くてねじれた角でも生えてたら、まるきり魔王か邪神だ。あるいは、前時代のビジュアル系バンドのボーカル……。

 最初の時のように怯えることなく、じっとりと眇めた目で古の神の姿を見つめていることに気をよくしてか、神は初めて満面に笑みを浮かべた。

 ううっ。神々しい! イタいファッションのくせに、反則技を!


「これは貴女の想像の中に在る私の外見だ。貴女にとっての私の印象は、こんなモノらしいのだが?」


 指摘が胸に刺さって激痛を覚える。『げきつう』ではなく『げきイタ』だ。


「ウッ!……あの、じゃあ、初対面の時の姿は?」

「あれは、一般的な『打ち捨てられた古代の神』だな」


 なんだったんだろー……初対面時に感じた畏れに似た脅威は。それに、私が感じた古の神の印象が、これ!? ウソーッ! と、声を大にして叫びたいところだが、全否定することもできない。きっと、心の隅で無意識に思い描いてしまったのかもしれない。

 ただし私の好みなんじゃなく、神に似合いそうなというお題で思いついただけのはず。絶対に。

 妙にご機嫌な古の神こと現役復帰間近な神は、ちらりと梶に冷たい視線を投げ、私をじっと見つめるとニヤリと笑んだ。


「思いのほか安易な成り行きだったよう……否、相手が未熟であったことが幸いしたのかな?」

「ええ、無事お役目を果たせたことに安堵してます。後は、この集めた神力をお渡しすれば、送還の路は開くのでしょうか?」

「是。ただし、あ奴にもだが、貴女にも選択してもらわねばならないことがある。その返答によって、であるな」


 私と古の神の視線が、いまだに無反応な梶に向けられる。


「彼には、すでに選択を迫りました。後は返答を待つのみ。で、私には?」


 さっさと言えとばかりに話を進めると、どこからか卵の殻がひび割れるような音が響いた。

 パリパリと軽い音に振り向けば、梶の姿にヒビが入っている。


「はあ!?」


 肉体はおろか着ている服にまで、内側から光を迸らせながらヒビが走る。

 信じられない光景に、息を呑む。たくさんの異世界現象を見てきた私だけれど、これは受け入れがたかった。

 なに、これ?


「驚くほどのことではあるまい? それらも神力で創られたモノだ。返してもらうのは当然であろう?」


 淡々と告げる神の物言いに、背筋が粟立ち震えた。

 確かに、『梶本人』は魂のみで、肉体は女神が創った。魔女を創った時のように、神力の塊であるその身を削って。

 だからと言って、何も今ここで取り返そうとしなくてもいい……。私もこうなるの? こんなふうに、分解されるの?

 梶は、肉体が崩壊しているのに身じろぎひとつしない。この空間に連れてこられた時に何らかの処置を施されたのか。

 止めるすべなく見守るしかない中で、聖人の肉体は剥がれ落ちながら闇に溶けていった。残されたのは、梶の魂だけ。


「魔女が与えた選択肢の中、貴様はどれを選ぶ?」


 寒気のする甘い声が、頼りなく光るソレにかけられた。 


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