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 奴の黒い瞳に映るのは、私の手のひら上で躍る青い炎。

 一心に腕を伸ばして宙を疾走してくる。まるで、私という障害など目に入っていない様子で、幼児が宝物を奪い返そうと躍起になる姿に似ていた。

 バァンッ! と盛大な衝突音を立てて、私より頭ひとつ背の高い細身は弾かれ、己で成した焦土に転がった。今度は煤と灰まみれ。

 私が盾にした魔導書に顔から突っ込んだ結果だ。遠距離攻撃での牽制をしてから突っ込んでくるならまだしも、障壁や結界も張らずに衝動的で考えなしの行動でしかない。まるで子供。図体ばかり育った自己中な欲求に左右されるガキだ。


 もっと手強い相手だと予測していたのに、何とも拍子抜けだわ。神から与えられた称号と実力のギャップに気味の悪さを感じる。

 召喚直後にひとりで一国を殲滅した救世主と、目の前でちぐはぐな行動を取る青年がどうしても重ならない。

 急激に醒めた気持ちで睨みつけ、蹲る奴の至近距離まで瞬間移動する。


「もし、あんたが送還陣を完成させたとする。でもね、それは大量の神力がなければ発動しないわ。なのにあんたは、神も女神も消滅させてまで奪い取った神力を無駄遣いして……ここまで考えなしの大罪人(バカ)だとは思ってなかったわよ」


 痛む顔を手で覆い、背を丸めて呻いている馬鹿者に追い打ちをかける。

 大魔法のせいで花冠は消されたけれど、それで奴の虚栄心をもぶっ壊せたのは十分な成果だった。

 ただし、大陸の三分の一が黒焦げの丘陵地帯に変わっちゃったのには参ったが。


「還りたいから? 本当は違うんでしょう? 異世界で自分の力を誇示して、蹂躙しまくりたかったんでしょう? 楽しかった? この世界の人々や聖獣が魔力を奪われて死にゆく姿を見るのは。弱いモノを弄ぶのは……」


 憤りにぼうっと激しく燃え上がった青い炎(神の力)を握りしめて吸収すると、答えない奴の頭にその手を伸ばし、力を込めて掴んだ。


「うがっ! な、なに!!」


 改めて《森羅万象》を発動し、アクティブ化した【天眼】で奴の全情報を引き出す。

 現在のステータスや魂に刻み込まれて保管されていた経歴はもちろん、召喚の経緯やその後の経験、隠蔽した罪や加担した者たちとの相関。

 そして、最初の召喚者、梶 誠人の人間性(本性)


――梶 誠人(十九)家族構成――罪歴――友人四人とドライブ中、運転手のスピードの出し過ぎによる自損事故。恋人を庇い死亡――監視統治者による契約に基づき《魂魄譲渡》――破損度十パーセント――『聖人・守護者』限定許可――


 脳裏を流れてゆく情報を読んで、私はうっそりと笑った。


「さあ、選びなさい。(かじ) 誠人(まこと)君。あんたの未来を」

「!!」

「このままこの世界で討伐されて死ぬか、あちらの世界に還って転生するか」


 魔女とはいえ細身の女のアイアンクローが与える激痛に暴れまくっていた奴は、私が本名を呼んで選択肢を提示すると目を剥いてアホ面を晒した。


「だ、だって、召喚は何人かの魔術師と魔法使いで成功させてたんだぞ!? だから送還も同じだと――」

「同じわけないじゃない。あんたが創りだした召喚陣は地球側の神の目を盗んで次元の狭間とこっちの世界を繋げただけの劣化品なの! 狭間に開けた穴に引き込んでしまえば、あとは素通りで落下してくるのを待てばいいだけだったのよ」

「じゃ、じゃあ、俺が召喚された時は……」

「こっちの神が地球側の神に交渉して、まだ自我を保っていたあんたの魂を譲り受けるって手順を踏んでの召喚だったの」


 そう。

 こいつは『魂』のみで連れてこられ、女神が魂に刻まれた記録を基にして肉体を再現した特殊転生者だった。

 ()()()とは違う召喚者。


「たま……魂をって……」

「あんたはね、地球じゃすでに死んでるの! 覚えてないの!?」


 ずっと不思議に思っていた。

 圧倒的な力を持っているはずの聖人が、なぜわざわざ膨大な魔力を使ってまで勇者なんかを召喚して魔女狩りをさせたのかって。他国に召喚陣を与えてまで、何をしたかったのかと。

 考えついた先は、反対勢力である魔女を駆逐し、将来的に脅威になるかもしれない可能性を秘めた《赤目の民》を根絶やし、召喚者たちで最強軍団を作っての世界征服かしら? だった。消し去った神の代わりに己が代行者になるつもりなのかと。

 それが、実はもとの世界に還りたいがために送還陣を研究してましたなんて、失笑しかでない。

 そして、この予想外の弱さだけれど、なんのことはない『練度の低さ』が原因だった。

 神は女神の報告から『人族の集団を押し返し、以降は護りを担う者』として『称号・聖人』『職業・守護者(ガーディアン)』を送りこんだ。

 ところが、召喚してみれば攻撃的な性質を発揮して敵国殲滅の結果、職業が『大魔導師』に転職し、それをいいことに梶 誠人は表と裏で使い分け、一人二役を装った。

 職業が変更されれば生えるスキルの種類も増える。聖人様が持つ防御スキルは大魔導師も類似スキルを持っているし、聖人特化の神聖属性スキルでも【蘇生】以外なら大魔導師は中級まで扱える。

 騙そうと思えば簡単だ。周囲を信者で固めて、実働は召喚した勇者を使って人の目を集め、ボス気取りでふんぞり返って指示を出す。

 こんな他力本願な行いを続けていれば、女神が創ってくれた肉体も所持しているスキルも練熟度が上がるはずないわ。


「覚えて……ない。死んでたなんて……知らない」

「せっかく神が『聖人』として選んでくれたのに、魂まで穢してしまってはまっとうな転生は無理」

「し、死ぬ前の時間まで戻しての送還は!?」

「できるわけないでしょ! あんたの寿命は地球側の神が決めたことなんだから!」

「そんな……」


 梶 誠人の表情が絶望に染まった。


  

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