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相手は私と同じく魔導士だ。《大》が付いていようがいなかろうが、神や女神から何らかの能力を与えられて召喚してきたのだ。最低でも同等の力量だろうと覚悟している。
だから、地面に叩きつけられた程度で行動不能になるわけはなく、はたして身構え直した時には目前にいた。
私の反応が遅れたのもだが、奴は鞭に絡め捕られた瞬間に反撃の次の一手を組み立てていたらしい。
やっぱり思い上がってたのかも。年上で、人一倍苦労してる経験があるからなんつー負の優越感が。
「マジもんの棺桶、用意してやっからさ。ババァは永眠しろ!!」
稲妻を迸らせる拳が罵声と一緒に顔面に迫る。
地面を抉るインパクトで叩きつけたのに、純白の衣装が微塵も汚れていないのが何故か悔しい。障壁を張る余裕まであったって証拠だし!
だから、ババァ呼びにちょいイラっとした。
「あんな露出狂みたいな棺は、ノーセンキュー!」
「え!?」
すかさず【転移】で躱して奴の背後に移動すると、その真っ白なマントの尻辺りを狙って回し蹴りをぶち込んだ。
今度は水平に弾き飛ばされ、地面と同化した神殿遺跡に突っ込んでゆく。が、寸前で風魔法を使って衝突を回避し、接近戦は不利と思ったか動かない。
「ちょっ、今の何!? なんで空間魔法が使えんの!?」
「はあ!? あんただって使えるでしょ!?」
「持ってねぇよ!!」
返ってきた答えを聞いて、しばし呆然とした。
召喚者には、時空間魔法くらい標準装備なのだと思っていた。だって、魔導師が亜空間倉庫や収納庫を持ってないなんておかしいでしょう!? この世界の人族ですら、時空属性のスキルギフトを持った人がいるってのに……。
私の場合は、魔女自身が時空属性自体を持っていた。だからこそ、まさか神の祝福を受けてるはずの聖人様(魔導師)が、時空属性はおろかスキルすら持っていないなんて。
「……寝言は寝て言って?」
「嘘じゃねぇ!! だから、なりふり構わず送還のための魔法陣を創ってたんじゃねぇか!!」
時空属性がなければ、魔法鞄を筆頭に転移などの空間や時間を自由に扱うスキルは生えない。残る手段は、同じような効果を発揮する魔方陣を完成させて、それにつり合う魔力を注ぎ込むしかない。
余談だが、アレクが入手した転移の魔道具に方陣が使われている。
なるほど、属性持たずだから方陣研究に没頭したってわけか。しかし、だからって納得したわけじゃない。
「そんな事情、知らないわよ! 次々と異世界人やら聖獣殺して回って、挙句に神や女神まで狩りつくして! それで還れるとか思ってたの!?」
古の神が蟄居する神殿をバックに砂塵が舞い上がる。無風の大陸に、私と奴の相反する怒りの波動が地面を叩き、振動させる。
「召喚陣があるんだ。それを改造すりゃ送還陣ができるかと――」
「それで? 他者を犠牲に魔力集めしてたってわけ!?」
「他人もクソもあるかよ! 勝手に召喚しやがって! 使うだけ使って還す方法はありません、じゃねぇ!! こんな世界、神も人もクソだ!!」
確かにそれは一理ある。こちらが了承していない以上、この召喚は誘拐であり拉致だ。
私も召喚直後に同じことを思って訴えた。けれど、それは召喚に関係した当事者間の問題であって、《赤目の民》や聖獣たちには無関係だ。その上、後に自ら誘拐の協力者にまでなっている。
自分が嫌だったことを人にしちゃいけません!
「ふ~ん、反省皆無か。なら、お家に帰す前に、たぁ~っぷりお仕置きしないとね!!」
【斬命の薔薇冠】
いばらの枝ではなく、血色をした薔薇が咲き乱れ、花の陰に金属製の鋭い棘を潜ませた花冠が奴の頭上に出現する。一見すると天使の光輪ほどの大きさで可愛らしいけれど、実態は凶悪。
奴は腰に佩いた剣を抜きざま花冠に一閃を浴びせ、高速で回避行動に入った。でも逃げられない。
花冠はターゲットの頭に装着されるまで実体を持たず、おまけに追尾機能が働く。
「なんだよ! コレ!!」
逃げても離れない花冠から血の滴りが落ち、張られた障壁に触れたそばから毒煙に変化する。毒煙はゆっくりと障壁を腐食させ……。
「【マグナメテオ・インパクトォォォッ!!】」
奴がスキル名を叫ぶ。
これは! と寒気を覚えて大陸の端に転移したと同時に、超巨大な溶岩球が天から墜ちてきた。
自爆行為のような己をターゲットに最高級のスキルを使った判断に、感心する他ない。魔法で指先に灯した炎で使い手が火傷をしないように、どんなに強力なスキルであっても使い手にダメージは与えない。
それでも、目に見える現象に本能は恐怖を感じるもの。火を噴き燃え盛る溶岩球が自分に向かって墜ちてくるのを見てしまえば、身体は無意識に逃げをうつ。
「へぇ……。恐怖耐性は高いのね」
防御魔法をレジストする薔薇の血に危機感を覚えてか、逃げ回るよりも攻撃での破壊を選んだらしい。
おかげで不毛の大地の大半を焦土に変えた。おまけに神殿遺跡を巻き込んでしまったことで、跡形もなく溶け去ったようだった。
「しっかし、後先考えない行動はいかがなものかと思うわ」
半ば地面に埋もれた溶岩球が放つ灼熱の中、小さな青白い揺らめきが佇んでいる。すぐに転移して掴み取ると、いまだ花冠を頭上に従え、肩を上下させながら息を荒げている聖人様に説教する。
「忘れてたのか何なのか知らないけど、こんなことになると思わなかったの!?」
私の手のひらの上に、神と女神が残した最後の神力が揺らめている。
出所は真っ二つになった棺。どうも、勇者の剣の鞘を材料に棺を造ったらしい。
時空属性がないなら、鞘をどこに隠したんだろうと思っていたんだよね。捜索しても奴のそばにあるとしか結果がでないのに。
もしかしたら、鞘の形をしていなくても棺に剣を収納すれば同じ効果を発揮したのかな?
「!!」
案の定、気づいていなかったらしい。
私の指摘に、奴は血相を変えると突っ込んできた。




