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荒涼とした不毛の大地に、ぼんやりとした暁が訪れている。薄明かりの中に浮かぶのは、先に転移していた【ソーラーレイ】が造りだした無数のクレーターだ。
そして、邪悪な棺桶がぽつんと。
私は先手必勝とばかりに、今度こそ遠慮なしに先制攻撃を開始した。
【紅炎 爆針!!】
紅蓮の業火をたなびかせた数多の槍が、いまだ煌く棺に豪雨となって降り注ぐ。
直撃を喰らっても破壊まではできなかったが、それでも衝撃と爆風がもてあそぶ。無様にも吹き飛び転がり、だが、蓋すら開かない頑丈さに呆れる。
反撃してくることを予測しての攻撃だったが、一方的に転がされているだけなのには首を傾げた。
好機とばかりに、防御替わりの召喚を。
「哭き叫べ 果てない憤怒を 深淵の嘆きを!! 【慟哭のスキュラ】」
乾いた無の地に、深海の乙女を喚ぶ。ダークブルーの鱗を纏う嫋やかな美女の上半身に、地獄の蛮獣と海獣の下半身を持つ怒りの乙女だ。
砂塵を舞い上げて棺に近づき、黒い獣と蛸足たちが一斉に噛みつき絡みついてこじ開けようとする。
と、今度こそ棺から劈くような轟音と共に爆炎が上がった。
「なによ? 今度は火葬場演出?」
レーザービームの次は大規模な火炎放射だ。
巻きついていたスキュラの半身のいくつかが千切れ飛び、残された部分も徐々に焼け焦げて、溶けはじめる。
「スキュラ、戻って!」
棺の切れ目あたりから噴き出す黒炎は、ともすると魔人をも魂の欠片も残さず焼き尽す勢いと力があるように見えた。
しぶとい、と歯がみする。
姿を晒すどころか棲み処すら壊すことが、これほど困難とは思わなかった。思い上がっていたらしいと気を引きしめ、【完全防壁】を張り巡らせると自身の足で慎重に近づいた。
衰えない火炎放射に目を細め、じっくりとそれを【解析】しながら接近する。
灰色でノンアクティブだった《森羅万象》は、集められるだけ集めた神力のお陰で着々と完全アクティブ化に近づいている。使用のたびに気絶していた状況は、聖文に使われていた神力を奪取できたことで回避できそうな感覚がする。
【解析】結果を《森羅万象》に放り込み、軽い頭痛をもどかしく思いながら脳裏に浮かぶ結論に納得する。
「なるほどー。これが最終防衛装置なわけね。魔力供給が断たれるか、魔力による攻撃を受けたら自動で迎撃行動するのかー。ならさ、魔力じゃなくて」
紫紺の炎が舞い踊る中、右手を伸ばして棺の表面を撫でてみた。もちろん、手のひらを神力で覆って。
ずぷりと手のひらが僅かに沈む。まるでジェルでできた物の表面に手を置いた時のような、ねっとりぐっちゃりした感触だ。
「神力なら――案の定だわねぇ。それなら、これが効くわね!」
完全に抵抗なしと見極めると、今度は両手に神力を集めて拳を固め、あとは思い切り連打だ。
どんな攻撃も受け付けなかった宝石箱のような棺が、一見か弱そうな女の拳でぼこぼこと穴が穿たれてゆく。それでも出てこない引きこもり鬼畜に業を煮やし、すこし離れて先端に棘がついたバトルスタッフを手にすると、神力を通して勢いよく叩きつけた。
その時点ですでに火炎放射がやんでいた棺は、派手な破壊音をたてると蓋が破砕し、何度か転がって真っ二つに折れた。
「……オネーサンさ、もうちょっと色っぽく起こせないもんなの?」
吹っ飛んだ棺から滑るように空中に現れた青年。茶髪に黒い目の育ちの良さそうな見た目の好青年が笑顔で立っていた。
でも、その瞳は笑ってはいない。ギラギラと昏い光を浮かべ、朗らかな表情とは裏腹な殺気を噴出している。
「寝汚い野郎は鉄拳で! が私の主義なの」
「おーコワッ! って……ここ、どこよ?」
「知らないの? 長々とこの世界で好き勝手してたくせに」
「俺ってシャイだからさ」
「それって内弁慶か井の中の蛙?」
長い間引きこもり、その前は聖人様やら魔導師様と賛美されてただけに、ちょっとした煽りにも耐性なしらしく、余裕のおフザケはすぐに怒りの形相に変わった。
「……オバサン、俺を怒らせないほうがいいよ?」
魔導師らしくローブかと思いきや、前を閉じていた飾りボタンを外して純白のマントを後ろに払う。その下に身につけているのは白金色のアーマーだった。
ああ、これはオリハルコンとか言われている希少金属で作られた神話級の装備だなーと、初めて目にする煌めきに感心する。
それなら私も正装しないと失礼かと、魔女たちが残してくれた最強装備に速攻変身した。
おこちゃまにオバサン呼びされても別に屁とも思わないし。
「気にしないわよ。どーぞ、怒って? 私のほうがすでに激怒してるから」
漆黒のマントとドレスの裾を翻し、私は賢者の魔導書を手にして宙に舞い上がった。
【フレア・エクスプロージョン!!】
それが戦闘の合図だった。
序盤は攻撃魔法をぶつけ合い、相手の力量確認。つまり小手調べだ。全属性の中級魔法を範囲攻撃で放ち、反属性で撃ち落とすか防壁を盾にして反撃するの繰り返しだ。
大技を出すことなく同程度の攻撃を返すだけの私に苛立ち、堪え性のない性格が何度も狙いを外しだす。
私は奴の攻撃をいなすだけで、奴は私を地に墜としたいのだから。
「こんなに長く眠ってて、何をしたかったの!?」
息を乱すことなくやりあっているが、奴の表情と攻撃はどんどんと余裕をなくしてゆく。
欠片の寄せ集めでしかない私ですら、魔力量は無尽蔵なのだ。神に召喚された聖者が、中級魔法連発くらいのやりあいで枯渇するとは思えない。
「煩い!!」
「異世界まで来て、引きこもりのパラサイトやってて、何が楽しいの!?」
「うるせー!! くそババァ! 好きで来たんじゃねぇよ!」
お? 格好つけてシャに構えてたのが、本音を漏らし始めたぞ? オネーサンは社会人だからさ、忍耐力は鍛えられてるんだよねー。こんなくらいの弄りで本音を漏らしちゃうのは――。
「つけこんでくれって言ってるようなもんじゃない!!」
隙を逃さず取り出したブラッディ・ウィップを走らせてヤツの足を捕らえると、勢いよく地面に叩きつけた。
「死んで詫びなさい」
こんな程度で死ぬなんて許さないけどね。




