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 グレンドルフを追いたい気持ちはある。

 夜に溶けていった男の残像に、寂しさを感じて心が追おうとする。

 女心がくすぐられたとか恋慕とかの色っぽい感情とは違う、ある種の仲間意識に近いんじゃないかと。憤りと悲しさと孤独がついて回っている人生。そんな来歴が匂う。

 でも優先順位を思い出して、別に会えなくなるわけじゃないんだし! と踏み出しかけた足を戻すと、改めて聖文に向かった。


 パピルスっぽい書面とはいえ、これは立体映像だ。手で掴もうとすれば空を切る。原本がどこかにあるとかじゃなく、【幻影】スキルを使い、神の言祝まがいの文章を書き連ねた呪いのような物だ。

 人間は、見た目が神々しいと言葉だけよりも騙されやすい。そこに、神様からの遣いだってヤツが加われば、もう額づいてありがたがる。言祝ぎのほうも、神にしかできない奇跡をあげちゃうよ! ってな餌付が約束されているし、諸手を上げて歓迎するってものよね。

 不老不死のどこが魅力的なのか理解できないけれど。

 ただし、神の力が注がれているから見せかけの効果だけで終わってないのが問題なのだ。


「神様詐欺までしておいて、不老不死を保つために墓穴暮らしするって、馬鹿なの? 本末転倒じゃないの」


 聖文めがけて王の手を思い切り振り、後は無用と投げ捨てる。乾きだした傷口から赤い線が空中を走り、映像でしかないはずの書の表面を彩った。

 神の言祝ぎを騙る呪いの書は、神の力で確かに存在している。そんな物騒な物をぶっ壊すには、契約者の血と刻印による破棄だ。

 血飛沫がじわじわと文言を侵食しはじめるのを見ながら、著名の上に王印の指輪を【溶解】して垂らす。一滴二滴と金の雫が落ちるたびに、そこから黒い炎が燃え上がって聖文が消えてゆく。

 残されたのは、蜃気楼のような青い揺らめき。それを素早く握り取る。

 私が入手できる最後の神力。

 グロシアン帝国の召喚陣で手に入れられなかったのが、つくづく惜しい。

 ないものは諦めて、次に行こう!

 

「さあ、約定は破棄された。出ておいで! ゲテモノの生き血を啜る神喰らいの聖人様!!」


 ゴォンと不気味な地鳴りに続き、大きな揺れが起こる。聖堂を中心に一帯の地が波立った。

 炎の巨人は役目を終えて消え去ったが、今度はその一揺れで大半の石造りの建築物は半壊した。被害は大きいが、すでに起こっていた災害によって王都の住民たちは外へと避難していたため、人的被害は最小限に抑えられている。

 夜半のことだけに、恐怖と金目の物だけを抱えての避難となっただろう。後は、聖堂と王城の騎士や魔術師がどうにかしてくれるだろう、と祈りながら。

 私はその流れを広範囲索敵で確認すると、震源地に飛んだ。

 寝た子を起こしたのだから、始末をする義務が私にはある。


「アズ!」


 ちろちろと燃える炎が残る瓦解した聖堂を下に見ながら、それよりももっと底を探っていると影のように音もなくリュースが飛んできた。

 無事なのはわかっていた。傷ひとつついてないことも。

 でも、いくら強くてもここからは未知数だ。リュースも敵も。

 

「地の底から黒幕がお出ましよ。リューはグレンとできるだけ離れてて」

「僕も――」

「君たちは後方支援をお願い。この勝負は私とヤツのふたりで、どーしても決着をつけないといけないものなの」

「でも、僕やグレンだって」

「解ってる。私が負けそうになったり怖気づいたり……躊躇したりしたら……頼みます!」


 何を躊躇かは言わなくてもリュースは理解したらしく、ふと目を伏せて頷いてくれた。

 こちらの打ち合わせ終了を待ってくれていたかのように、リュースが離れた途端に地上から異様な気が湧き上がる。視界がゆっくりと歪み、タールのようなねっとりとした感覚の闇がうぞうぞと地面にできた亀裂からあふれ出す。その中で赤や紫の光が明滅し、やがて奇妙な立方体が押し出された。

 それはガラスでできた棺のような形成をしていて、プリズムみたいに虹色の光が乱反射して内部が窺えない。

 月の光しかない夜の暗闇の中でそれは宝石のように光り輝き、忌まわしい物でなければうっとりと眺めたい美しさだった。


「派手な棺桶ねー」


 ジョークのつもりで棺型の寝床にしたのか。それなら、用意がいいわね! と笑ってやる。


 まずは偵察。

 十分な距離を取っていばらの鞭を勢いよく伸ばした。

 と、なんの気配も予備動作もなく、棺から突如として熱線が私に向けて放たれた。

 なによ! 初っ端から科学兵器かよ!

 棺の表面を走り回っていた光が集まったかと思うと、第二射第三射と跳んでくる。当然のように鞭は切り裂かれて燃え落ち、私は障壁を駆使しながら躱すしかない。

 棺に近づくどころか撃ち落とされそうだと冷汗を浮かべつつも、方陣をせっせと脳裏に描いていた。

 ここを最終決戦の場にするつもりはない。外道のすることだから、躊躇なく他者の命を盾にしたり贄にしたりしそうだし、それをやられたら私の手は鈍る。分が悪いなんてもんじゃなく、たとえ勝てたとしても精神的に病みそうだから。

 中級の各属性攻撃を連発しながら反撃し、時おり引っかけの【魔道透視(マギアグラフ)】を展開して解析を仕掛けるふりをしてみた。こちらの攻撃は片っ端から熱線【ソーラーレイ】の餌食になり、下からの攻撃にすら遠慮なしの熱線ぶっ放しにビビった。

 王都はあちこちが陥没し、まるで隕石群が降り注いだ跡みたいな有様だ。闇の中に、さらに深い黒い穴が散らばっている。


【森羅万象の理よ 我が声を聞け 在り方を示し 罪過を排除せよ】

        【天門(サンクゲート) 開放(アペリエンス)


 歯を食いしばって方陣を空に展開する。

 急激に魔力が引き出される虚脱感を必死で堪えながら、完成した巨大転送方陣を棺に向けて急降下させた。

 速く! 早く! モットハヤク!!

 危機を察知してか【ソーラーレイ】がターゲットを私から方陣に変えて乱射される。が、もう遅い。方陣は攻撃のすべてを呑み込み、敵対行為を続ける棺を罪過と判断を下した。

 私はその隙にハイスピードで棺の下に回り込み、煌く悪趣味な寝台を思い切り蹴り上げた。


「成功! では、古の神の大陸に行ってきます!」


 決戦は不毛の地で。


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