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 私は、森羅万象の魔女アズ。

 正式名は、大魔道士アズサ=カンナヅキ。この世界で、たった一人の魔女になった。


 あの日、泣いて泣いてむくんだ赤ら顔をしたまま高級宿を出た私は、脳裏に浮かんだ【地図】に示されたある場所へ向かった。

 その場所は知っていた。

 木々の色も土の匂いも、ちょっと少女趣味な可愛い建物も内装も。素敵な柄と色の絨毯も。花の形をしたランプシェードも。でも、それは他者の記憶でしかない。

 悲しみが心を満たし、それが延々と溢れ零れ続けていた。

 こんなことなら、魔女になんてなりたくなかった。そんな考えが、ずっと頭の中を巡っていた。

 なのに、魔女たちの切ない想いが後を追って来る。女神様(フェルディナ)を焦がれて、私の中の欠片が泣く。


「【転移】」


 人気のない路地へとすべり込んで、辺りを警戒しながら示された場所へ飛んだ。頭の中の見知った森の風景を思い浮かべて。

 そこは大陸の北側にある《絶望の大樹海》と呼ばれ、人々に穢れた地として忌避されていた。人の住む土地から無毛の荒野を経て広がる樹海は、人々が刻む時間から外され捨て去られた土地だった。

 そんな樹海の北端に海を望むように巨大な樹木が立っていて、足元に愛らしい一軒家があった。

 転移した私は、その家の門前に運ばれた。

 門扉越しに見上げた家に、欠片が懐かしむ。

 

「うわぁ、私に似合わないわ。こりゃ……」


 あんぐりと口を開けて見上げ、無意識に呻くような声で第一印象を呟く。

 だって某ネズミ―国の某タウンに建てられているような、とってもメルヘンチックなデザインのお家が目の前にあるのだ。

 門扉も家を囲む柵も、その家にお似合いなメルヘン具合だ。外壁の色は薄いパステルピンクで、屋根は真っ青な鱗屋根。そこに煉瓦作りの大きな四角い煙突がくっついていて……。


「これで雪でも積もれば、ケーキの上にのってそう」


 なんとなく入りづらい心持ちを抑えこみ、そっと門扉を押して敷地に入ると真っすぐに玄関へ向かった。


 ――ようこそ、アズ。


 お家にご挨拶されましたが、こんな場合はどう返したら良いのでしょうか。

 アーチ型のドアを前につかのま躊躇したのは、このままノブを押していいのか鍵が必要なのかと迷ったからだが、とうのお家さんから声をかけられるとは思わなかったわよ。

 なんだろう。耳元で話しかけられているような、まるで電話の受話器ごしに聞こえる声みたいだった。

 まだすんなりと『魔女の家』って意識が、()に浸透していないらしい。

 魔法なんてなかった前の世界の常識が、いまだにこびりついて働いている。でも、こんなことが起きても驚いたり喚いたりしないくらいには慣れたようだ。


「初めまして。これからここに住ませてもらうんだけど……よろしくお願いね?」


 ――うん。よろしく。そのまま扉を押して入って。


 促されるままノブを押して家に入ると、内側も案の定メルヘンで満ち溢れていた。

 ああ、記憶通りだ。ピンク系統のパステルカラーに彩られた室内は、フォルムさえも可愛い物で埋め尽くされている。寝室もバスルームも書庫も、貯蔵庫まで!

 欠片がふんわりと心和ませると同時に、私は肩をがっくりと落としてホールの隅におかれたカウチに倒れ込んだ。

 どうしよう……。これじゃ落ち着けない。どこかの街で家を借りようか。立地条件はこれ以上ないほど良いが、いかんせんこれでは心休まらない。可愛いのは嫌いじゃないけど、囲まれて過ごしたいとは思わないなー。どうよ、この似合わなさ!


「しかし、このカウチは寝心地いいなぁ」


 ――気に入らなかったら、注文を聞くよ?


「……でも、ここは先代魔女の思い出の棲み処よね?」


 ――かまわないよ。その前の魔女もその前の前の魔女も、みんな好みに変えたよ?


「……いいのかなぁ」


 ――僕は家だ。住むのはアズだ。他の魔女はもういない。僕は君に、快適に暮らして欲しい。


 『僕』と称するなら、この家は男の子かな?

 そうだよね。家は、快適じゃないとね。


「よっし!では――」


 切り替えの良さが、私の美点だ。まぁ、薄情な点とも言えますが。 『お家』君の申し出を素直にのみこんで、私は片っ端から注文をつけて回った。

 って言うか、新たな家を建てたと言った方が合ってるかもしれないくらい、元のメルヘンハウスは跡形もなく消えた。

 できあがったのは、スイスの山荘みたいな片流れの屋根の二階建てハウス。一階が白い土壁で二階が板張りのシンプルな家。内装も床も全部板張りで、調度は飾りっけなしの白木作りで必要ぎりぎりしか置かない。カーテンや寝具は落ち着きのあるトーンを基調に全て無地。

 武骨で結構!

 ごめんよ、先代魔女様。あなたの愛したお家は、居間の壁に絵にして飾っておくから。それと、この心地いいカウチだけは、引き続き愛用させていただきます。

 そんなこんなで半月を使って家と庭を改造しまくり、樹海を探査しまくって侵入禁止区域を決めて【神域結界】を張った。

 家の間取りは、地下に作業場と倉庫、一階は玄関と居間と水回りと書庫と貯蔵庫、二階に寝室と客間二部屋とウォークインクローゼットを配した。

 玄関は石を敷いた広い土間で靴を脱ぎ、居間から素足生活ができるようにした。

 やっぱり日本人だしね。身体を作り変えられていても、寝るまで靴を履きっぱなしは疲れるよ。それでなくても革靴だしさ。

 後は浴室とトイレですが、湯船は当然のこと宿の浴室を真似て魔道具を設置してシャワーヘッドを作り、トイレは石で洋便器を錬金して条件付き【消去】の陣を貼り付けた。

 そして、家の後ろに立つ巨大樹の枝に、ログハウス風の小さなツリーハウスを設置。ここは展望台兼避難所にして、中はイグサに近い植物を使ってなんちゃって畳を全面に敷いた。

 庭は、薬草園を中心に少しだけ畑と果樹並木。魔術の素材に使えるか、美味しく食べたり飲んだりできるかが最重要点。

 樹海は、肉と木の実と魔術素材の宝庫だ。人の手が入ってないから、魔物も植物も希少種が多く残されている。

 インドアな私にサバイバルな生活は無理だと最初は及び腰だったが、必要に迫られて始めてみたら杞憂だった。

 無理だと思い込んでいたのは『英』だけで、魔女アズの肉体と知恵は原始の樹海など『自分ちの裏山』程度の場所だった。


 最初の殺生は、樹海の散策中に襲って来た魔物だった。幸いにも人型じゃなくて軟体魔物のスライムだったため、躊躇なしに攻撃魔法を打ち込めた。

 研究室の室員なんてやってりゃ、ラットの一匹や二匹は……ね? 当たり前のように腑分けはしたし、それを刻んで機械にかけて……ね?

 攻撃魔法はコントロール調整中だったため数日間はオーバーキル気味だったけど、五日目あたりから大型の魔物でも適度な攻撃力で倒せるようになり、十日目には対複数を相手にして解体までこなせるようになった。

 魔物とはいっても体内は生物に近いグロさだけれど、魔石や魔晶石と言われる錬金術の材料が取れることを思い出した段階で、戦闘訓練から生活必需に切り替えた合理主義な自分に大笑した。


「しかし、こーゆーのはなんてったっけ? ニートじゃないや、えっとチートだっけ? 自分の力ながら凄いねぇ……。まぁ、今の状況はニートだし、樹海までを『自分ち』と考えたら引き篭もりだし~」


 結局は二か月ほどの間、生活環境の整備に夢中になっていて、樹海の外にまったく目を向けていなかった。日常が落ち着いた辺りで、ようやく先のことを考える余裕ができた。

 このままこの世界で、人族を装って暮らすのか。魔女として成すべき何かを探すのか。前の世界へ還る術を探して旅をしてみるのか。

 色々と選択肢を並べて考えてみたが、不思議なことに前の世界に対する郷愁や悲嘆などは欠片もわかなかった。

 魔女になっちゃったからなのか? それとも、『英』に前の世界に対する執着が少しもないからか? 還れるなら還るが、駄目なら別にかまわないよーって感情しかない。

 親はいないし親戚は縁遠いし、心配してくれるのは同僚かわずかな友人だけだろう。私なんかより、アンナちゃんのほうが嘆き悲しんでいる人が多そうだ。

 何をしようかなー。


「魔女の力を振るって報復するか? アノ忌々しい召喚陣をぶっ潰すとか……」


 魔女の記憶から、この世界に何が起きて女神様が消えたのかを知った。

 ただし、何カ所かの重要な部分が真っ黒に塗り潰されていたので、具体的に何が原因で魔女廃絶運動に発展したのかまではわからない。

 それが今でも続いているのか……。


「女神様と代々の魔女の敵討ちでもいいかもねー」


 しかし、すぐには実行するつもりはないよ。まずは、この世界を観察したいし、魔女に関する外の知識を集めたい。

 それに、聖女様がいる。

 彼女をどうするか。彼女がどうしたいか。その結果が出たあとでも遅くない。


 アンナちゃんがこの世界で聖女の力を行使する限り、次の聖女召喚まではまだ時間はあるだろう。



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