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 魔法やら魔術なんて面倒くさくて便利な機能の存在は、鍵やパスワードで暮らしてきた私をイラっとさせる。

 パパっと使ってみて合わないとか一致しないとかすぐに解るものじゃなく、スキルの練度や本人のLVの上下とか……それだけでも苛つくのに、高位万能解呪系スキルを持っていても解けない『錠』があるってのは、思いもよらずストレスを感じる。たとえ神の力を身につけても、キーワードにあたる物がないと拒否される『鍵』とは。

 聖文というものが仕舞われている宝物庫(金庫)は、国王の血と代々王家に伝わる印章指輪で施錠開錠される。これは単なる封印スキルではなく、神との契約に類する封印だけにいくら女神の欠片である魔女でも手が出せない。異界と空間を繋ぐ近道スキルすらも、神の力と王の血が待つ絶対的な結びつきには敵わない。

 面倒だなーと愚痴りながら、飛んでくる攻撃魔法を避け、魔剣やら魔法付与された近接武器の切っ先を躱し、金髪の巻き毛を側頭部にちょろっと残した国王に向けていばらの鞭を振るった。

 鞭の先が護衛たちを潜り抜けて、神に祝福された高貴なる血(笑)を持つオッサンの左手首から先をいただく。


「コレ、お借りしますね。どうもお邪魔しました。後は逃げるなり避難するなりご自由に」


 数々の宝石を鈴なりにしたふくよかな左手を軽く掲げて、借用と別れを告げると、流血する手首を押さえて絶叫する国王を尻目にさっさとその場を後にした。

 私の目的はこいつらじゃないから殺すつもりはないし、私が見逃したからってリュースやグレンドルフが見逃してくれるとは限らない。恨みを晴らすつもりの彼らの獲物を、横から攫う気はないしね。

 欲しい物は、国王の左手指に嵌められた指輪と高貴なる血だけだ。 

 さて、聖文を見せていただきましょうか。

 私は【認識阻害】と【気配遮断】をかけて空から王城を離れた。

 聖文が隠されている場所は、王城の背後に広がる森の奥。細い小道が伸びた先にある王家の墓所だった。

 たくさんの謎十字が林立する端に建てられた朽ちかけた霊廟。誰も整備すらしていないのがわかる放置具合で、崩れかけている入り口は草生して一見すると瓦礫が積まれているだけに見えた。

 わざとなのか本当に放置なのか判断がつかない。

 崩落しそうな天井に【固定】スキルをかけて霊廟内に入るが、朽ちたからっぽの石棺が定位置に並んでいるだけでがらーんとしていた。

 この光景はアレだ。エジプトの盗掘後の王家の石室内だ。死者の埋葬品どころか遺体すら消え、持って出られない石棺だけが残されてる。


「こんな所に宝を隠してるなんて、だーれも思わないでしょうね。って言うか、泥棒が見ても捨て置くような宝だけどさー」


 正面には女神の姿が彫られた精密なレリーフ壁があり、目を凝らすと女神が抱く謎十字の上部に丸くくりぬかれた穴がある。そこに、手首から滴る血液をたっぷりつけた指輪を押し込んだ。

 すると、謎十字がぼんやりと輝き出し、空中に立体映像が現れた。

 パピルスのような樹皮を薄く伸ばした物に焼きつけられた文字の羅列は、その一文字一文字から神の力を放っている。


「えーっと、“主の聖名において、深い祈りを捧げよ。古き邪神の遣いを懲らしめ、その血と肉を燃やせ。さすれば永遠の繁栄と生命を与える”かぁ……」


 神を崇めよ! 邪神が創り上げた物たちを狩り出して、俺様の贄にしろ! 代わりに不老不死にしてやろう――なんて、虚言が約束されている。誰が神を騙って聖文と言う呪いの約定書を作ったのかは、もうバレバレだ。


「何を見つけた?」


 霊廟の出入口からグレンドルフが声をかけてきた。

 穏やかとは言い難いけれど、私の行動を怪しいと思っているわけじゃないらしいのは気配で解かる。でも、どことなく物憂い声音は、出会った時からだ。


「女神の大陸に人を縛りつけている呪いの書を見つけたの」

「呪いの書?」

「あなたも私同様に別世界の人だから教えておくけど……その前に、ひとつだけ訊かせて。元の世界に帰還したい?」


 彼の熟れて腐り落ちる寸前のような陰鬱さは、何を諦めたからなのか。それが気になって、まずは端的に問いかけた。

 けれど、彼は一切の躊躇を見せずに首を横に振った。


「帰っても、すでに俺を知る者は生きてはいないだろう。すでに百年以上の時が過ぎている……」

「それは、この世界でのことでしょう? あなたが召喚された時点に帰れるとしたら?」


 確信は持てないが、帰還術は召喚術が展開された時と地点を記録しているはず。でなければ、目的の人物をピンポイントで拘束できるはずはないんだ。

 私の問いに、今度は考える素振りをする。


「あの時に戻れたとしても……俺自身が変わってしまっている」

「では、肉体を戻して記憶を消したら?」

「できる、と言うのか?」

「判らない。でも、神の力って相当なモンでしょう? だから、もしできた場合、あなたはどうするか聞いておきたいの」


 ちょっと執拗過ぎたかなと反省する。でもね、心の隅にでも還りたいって思っているなら、それを目標にしたいじゃない?


「あんたはどうなんだ?」

「そりゃ、もちろん帰りたいわよ。なんたって召喚に巻き込まれただけなんだし」


 こんな姿に成り果てたけれどさ、幸いにもぶっ飛んだイメチェンしてみましたーって言えば、職場は「へー」で終わらせてくれる連中しかいない。


「……幸福な世界で過ごしていたんだな……」


 グレンドルフは私から視線を逸らすと、絞り出すような声で呟いた。

 それを聞いた私は、「え?」と漏らして固まった。

 彼もか! 彼も私とは違う世界からの召喚者なのか!! アレクみたいな見るからにって相違がないから、地球の別の国から来たんだと思ってたよ!

 か、帰りたくないなら無理にと言ってるわけじゃないんだ。馬鹿野郎どもを成敗したらもっと住みやすくなるだろうし、こっちで一生をと言うならそれはそれで結構なんだけど……。


「無理に、とは言わないわよ?」


 狼狽を隠して軽く言ってみるが、グレンドルフは苦笑いをして見せるだけでその場から消えた。

 何の説明も聞かないままで消えたグレンドルフに、私は急に寂しさを覚えた。


下記にてご紹介しております『翠の魔女~』が、幸いにも一迅社様の第4回アイリスNEOファンタジー大賞銀賞を受賞いたしました。

応援下さりありがとうございます。


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