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夜を待った。
暗く星灯りもない真夜中だ。
リュースとグレンドルフに地下研究所に突入してもらい、その間に私は親玉の尋問する。
なんで黒幕に突っ込まないかって? そんなことしたら、パレスト全土が壊滅するじゃないの。
私は何も平民まで大虐殺したいわけじゃない。碌でもない史実の裏を知りながら、それを黙して連綿と残虐な実験を伝え続けてきた馬鹿どもの抹殺を望んでいるだけ。
それに、上で大暴れしてエネルギー供給がストップすれば、自ずとヤツに伝わるだろうし、蝉のごとく自ら出てくるでしょうし。その間に、すこしでも力を削いでおこうかと。
「彼女を……そこから連れ出していいものか……」
ちょっと興奮気味の私とは逆に、グレンドルフは険しい顔で苦悩している。
助けるつもりでパレストを偵察してたのに、実はもう魔物に改造されてますよと教えられてもねー。
「連れ出そうがどうしようが、彼女は戻せないわ」
「魔女の力……では、無理なのか?」
「私は『知るだけ』なの。『創造』や『再生』はできない。もし私が何らかのスキルを使ったとして――それこそ、もっと怖ろしいモノに転化しそうな予感しかしない」
人が偶然造り出してしまったとはいえ、そこに神や女神の力が含まれてしまっていては、これはもう神が創ったも同然のモノなのだ。私に破壊はできても、神の力と同等な創造や再生は無理だ。
古の神ならばひょっとして……とは思えるが、私じゃお願いできない。
闇の中でも見通せる【夜目】を使いながら、その頼める可能性を持つ人の動向を追っている。
月のない夜空に浮かび、パレストの象徴を足下に置いた私とグレンドルフは、偵察に行ったリュースが戻ってくるのを今か今かと待っていた。
人間、下手に暇な時間ができると悩みだしたり惑ったりするんだよね。一旦しまいこんだモヤモヤを、また引きずり出してこねくり回してしまう。
そんな時間を与えなきゃいいじゃないかって? しかたないのよ。
私が神獣やリリアを救うために忍び込んでしまったり、暗殺部隊を丸めて投げ返したりしたせいで、パレスト側は防衛システムの見直しをして強化した。加えて多重結界まで張っている。だから、以前のようには簡単には侵入できなくなっているのだ。
とはいえ、こっちだって強くなった人がいる! 思わず「先生、お願いしやす!」と言いたくなるほどだ。いや、強いだけじゃなく、妖力という魔力とは別の力を以って、対魔力防御システムに侵入したらどうかと一考してみた。
「上手くいったようだな。彼は、一体何者だ?」
「あれ? 知らない? 魔族だなんだって差別されてる民族なんだけど……」
今度は絶句するグレンドルフ。やけに表情豊かな彼に、私は思わず噴き出した。
不謹慎だってわかってる。これからお互い悲壮感たっぷりな経験をするだろうことも。笑えるなんて当分先だってのもね。
「紅い目の……か?」
「そうそう。彼らは《赤目の民》って自分たちを呼んでるんだけど、実は神様が自分のために創った特別種なんだって」
「なんだ? それは!?」
「ま、すべての始末が終わったら……それで、生きていられたら説明するわ。そろそろみたいよ。じゃ、行きましょうか?」
ゆっくりとリュースが浮上してくる。何重もの強個な結界をものともせず、何もないように。
私たちも彼に近づく。
「案の定、純粋な妖力には干渉しなかったよ。どこも対魔防だけだ」
「なら、ふたりで行っても障害にならないわね。思う存分、暴れてきて」
「任せておいて。それで、保護したら樹海送りでいいの?」
「魔獣は樹海に。人がいたらエンデの結界内に送って。それと……できたらでいいから、妖精姫を古の神に頼んでみてくれる?」
私はダメ元でリュースに話してみた。
妖精族の持つ開門のリングがなければ古の神に会えない私と違い、リュースはすでに眷属に戻りかけている。だから妖力が使えるようになったし、身体機能も変化した。まさに、創り変えられたというか……戻されたんだろう。
となれば、なんらかの繋がりがあるはず。
「……人族なら即拒否だろうけど、妖精族だし……訊いてみる」
「頼むわ。もし、ダメだったら緑の王の許に送り届けてやって。ただし……害がないなら」
「俺からも頼む! あの人は……彼女は帰りたがっていたんだ」
私たち三人は、三人共に妖精族と拘わりを持った。だから、願いはひとつだ。
「では、皆様、よろしく」
リュースの手の平から妖力が溢れ出し、私とグレンドルフを包み込む。
魔力と干渉しない力は、そこに構築されている高位の結界を存在しないかのように私たちを通した。いいね~、これ。
魔女のスキルは【スキル無効】か【破壊】、後は大穴を開けて別次元の空間と繋げる【開門】か【空間移動】になる。前述は一発で術者にバレし、後述は私だけしか通れないとか私しか展開できない。
つまり、別行動する私たちでは使い勝手が悪いんだ。チートじゃあるが、自分限定だからね。今回、魔女の力はお呼びでない。
夜陰に紛れて聖堂の尖塔に立ち、互いに頷き合い目的の地点に向かって音もなく降下した。
「さーて、私は城の一室ね。無能な王様を操って、国を動かしてる有能な宰相様は、どーこーかーなー?」
リュースとグレンドルフは聖堂の真下に用があり、私はその背後に建つ王城に向かって走った。飛べば早いが、リュースたちが騒ぎを起こすまでは静かに潜行しなくちゃなんない。だから、今は目立たず騒がずで城の壁に取りついた。
蜘蛛女参上! ですよ。




