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幸いなことにサイコロ転がしをした檻の中は、仲間に押しつぶされたり踏まれたりして失神したヤツや打撲骨折で呻いてるヤツ以外、皆さんわりと元気だった。
さすがは裏稼業の猛者(笑)仕事中は身体強化を掛けてるのが通常らしく、檻自体は不壊の術や空間固定が掛けられていても中では魔力封じをしていないため、咄嗟に防御スキルを働かせた人が多かったみたいだ。
まあ、私よりLV上の人間はいないから、脱走できないからねぇ。
死人が出なくてなによりです。
気を失ったヤツや怪我人を別の檻に移し替え、ではもう一度! と声高らかに転がす合図をしてみたら、すぐさま白状しだしたヤツが何人かいた。
なーんだ。暗殺部隊なんて裏の軍団を気取ってるから、これくらいの拷問モドキのお遊び程度ならきっちり耐えきるだろうと思ってたのに……。とは、口に出さずに心の底にナイナイしておいた。
「もう一回言って?」
「だから、聖獣の回収と魔樹の子供の回収だ……」
「魔樹? なにそれ?」
「魔樹は魔樹だっ! それ以外は知らん! さあ、開放しろ!」
何を言ってるんだろう。こいつは。
白状しろと迫ったが、私は一言も白状したら開放するなんて言ってないぞ? 転がされて幻聴でも聴こえたのかな?
「その魔樹って、どこにいるのよ」
「……」
魔樹なんぞという物を初めて耳にしたけれど、魔物がいるんだから魔樹ってのは魔物化した樹木なんでしょう? きっと。
で、存在する場所を教えろって問いかけた瞬間の、この捕虜の顔に浮かんだ表情が妙だった。
「ふぅん、知られたら困る事なのね? だから話せないんだー」
「違う。魔樹は貴重な魔物だ。他者に奪われたらっ」
「へー貴重ねぇ……」
自白系魔術を使っているわけじゃないのにぽろぽろと口を滑らす暗殺者君に、ニヤニヤとあくどい笑みを浮かべて見せた。
その傍ら頭の中で【森羅万象】を起動してみたが、『魔樹』なんて魔物はまったく引っかかってこない。樹とつくのだから樹木だろうと思い込んでいるのが悪いのかもと、あたらめて想像したあれこれを脳裏から消し去って、パレスト神殿と城内へ探索をしかけてみた。
「……」
魔物で検索したのは悪うございました。
あれは魔物ではなく『妖精族のなれの果て』で――。
おおよそ人族ほどの高さの樹木。
いいえ、樹皮に似た表面の女性体形のモノが、円形の結界で作られた容器の中の、薄っすらと青い色が付いた液体に沈んでいた。時折樹皮のひび割れが脈動するように開閉し、その狭間から発光が漏れていた。
形は女性だけれど頭部は茂った葉で、その下から顔や首、胸や胴や尻らしき凹凸があるだけの幹が続いている。それ以外に四肢はなく、顔らしい部分も造作に当たる部品はまったくない。
でも、生きている。私達と同じく意思を持った生物として。
脳裏に浮かんだそれらの画像をじっくりと観察しながら、私は一回だけ指を鳴らした。
糞虫の詰まったサイコロを、瞬時に親玉の所へ送り届けてさしあげた。
今頃狭い部屋にいきなり現れた巨大な檻と部下の塊りに、きっと阿鼻叫喚だろう。もしかすると、部屋が破壊されているかもね。
でもね、沸点の低い私を怒らせるようなことをする奴らが悪い。
女神の信徒は腐りきってますね。いや、信徒の名を借りた外道の弟子たちでしょうかね?
私の気配が急に殺気を帯びたのに気づいたルードが、何事かと急いで走ってきた。
『どうした!』
「すぐに妖精大陸に行かなきゃ!」
話しながら家へ転移し、エンデを呼び出した。
――どうしたの?
「エンデ、すぐに王様と会えるように繋ぎを取って!リリアの母親……末姫様らしいモノを見つけたの!」
『モノ』と言った私に、エンデから微かな不快感が流れてきた。でも、彼は黙ってすぐに消えた。その後を追うように、黒猫に変化したルードを肩に乗せて妖精大陸へ転移する。
いつもは扉を開け放って現れる私が、緊張を漲らせて王城前に現れたせいで、そこに殺気立った妖精族の騎士たちが集まり出した。
『やめい!! その者をすぐに謁見の間へ通せ!』
「緊急事態なの。私が転移するから広間の扉を開けておいて」
轟音のような制止が入ったが、回りに構わずその声に対して告げた。
この声はグリア氏だろうと予想したが、いちいち迎えに来てもらうのもまどろっこしかったのだ。
すぐに、あの聖堂のような謁見の間へと飛んだ。まだ王は姿を現していなかったが、先にグリア氏とエンデが走り込んできた。
「一体何事なんだ!? これではあまりに無礼だ――」
「無礼でも何でも後で罰は受けるから、先に王と話をさせてっ」
「アズ、さっきのって……」
ふたりと言い合いしてる間に、緑の王が玉座に現れた。
私の態度をやはり不快と感じたらしい王は、厳しい顔つきで座すると冷え冷えとした眼差しで私を見据えた。
「何事だ。魔女よ……」
「陛下の末の妹姫らしき妖精族を見つけたわ。ただし、私の目には『モノ』にしか映らなくて……確認をしてくださいますか?」
「――儂の末姫は、モノではないが?」
「ええ、承知してますわ。しかし、これを見てくださいますか?」
私は、自分の脳内に映された映像を指先でドラッグ・アンド・ドロップして、中空に設置した巨大タブレットに投影した。
【結果開示】
女性のプロポーションに似た形の樹が、青い色の液体の中に浮かんでいる。時折わさりと頭部らしい茂った枝葉が揺れたりして、それが生きている『モノ』だと判る。
王を含めた妖精族たちは目を大きく見開き、わなわなと震えながらその映像に釘付けになっていた。色白の彼らが、もっと真っ青になっている。
違うならいいのよ。アレがリリアの母親ではない、別の何かなら。
違って欲しいと願っているのは、私だって同じだわよ。
「私はアレを処分に行きます! アレはあそこに置いておいてはいけないモノですから! もし、アレがリリア姫のお母様でも、処分することは変わりません。ご了解願います」
彼らの顔色だけで返答は十分だった。
だから、断言する。あれが誰であっても抹殺しなくてはならない。神の領分に手を出した者たちを断罪するために。




