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 ア・コール大陸は、日本ほどはっきりしてないけれど四季がある。私たちの住む最北の地は大陸の中ではいちばん寒くなるし、南は農産が盛んだけあって常春な地域だ。

 ただし、降雨という極めて自然のはずの現象が、実は初代魔女が水害対策のために設置した水属性と風属性魔法陣で操作されていると知って呆れた。その上、対海嵐専用の迎撃魔法陣まであると判った時は、思わず設置場所までリュースと見学に行ったくらい驚いた。

 つまり、ア・コール大陸こと【女神の大陸】とは、新たな神の手による女神のための、とても単純で最高に歪な《おままごとフィールド》だったのだ。

 召喚陣二ヶ所分の神様女神様の神力を得た私は、こんな具合に着々と森羅さんと万象さんが身近になってくる実感しはじめている。

 ただ、その《おままごと》をしていた(女神)も、ある意味お人形だったってのが嫌な感じなんだけれどね。


「ほーんとによくできた箱庭よねぇ。ここは」


 気象科学を知るわけない人々は、生まれてからずっとこれが日常だ。当たり前のことを不思議に思う私を見て、彼らは首を傾げる。だからといって説明や知識を与えてあげるつもりはなく、私自身も黙ってこの快適な生活環境を甘受した。



 勇者の剣を始末し、あとは相手の出方次第だなと日常へと戻りかけたところに、アレクとエンデからとある情報が届けられた。

 アレクからは、国王が召喚陣破壊の犯人捜索隊を出動させたかたわらで、パレストへ召喚陣の再構築を願うための使者を送り出したという話。


「勇者の剣を失ったことは気づかれてないの?」

「……陣が破壊された瞬間に、剣が消えたと告げておいた」


 それを聞いて私は肩を竦めて応え、相変わらず自宅のようにデッキでお酒を楽しんでいるアレクを放って、雨上がりの畑に生き生きと増殖しはじめた雑草を抜く農家のおばちゃんを開始した。

 持ち主自ら剣の破壊に同意したとは誰も考えないだろうし、剣の成り立ちを知る者なら頭から疑ってアレクに直接問いただしに来るだろう。そうなれば、こちらの思うつぼだわ。敵かそれ以外かの判別が簡単になるからありがたい。

 エンデからの報告は、リリアの父親らしい人族の情報が入ったとのことだった。

 母親が緑の王エントの末の娘なら、父親は必然的に人族になる。それを踏まえ、エンデや神獣カーバンクルとルードが率先して女神の大陸での情報収集を行った結果、色々と出てきたのだそうだ。まだ情報整理がなされていないから皆が集合したらまとめて話をする、とエンデは伝言を残していった。


「なぁ、リリアの父親が先代勇者らしいってのは本当なのか?」


 やっと口にしたな? と、私は忍び笑った。

 たぶんルード辺りから聞いたのね。その真偽を確かめたくて、朝からここを訪ねたらしい。


「まだ確信には至ってないのよ。始めは……パレストと帝国の召喚陣を破壊した人物の情報が入ってきたの。そこから――」


 これは、まだ確証を得ていないだけで、すでに入手していた情報だった。

 ルードたちが親しい神獣や魔獣達から話しを聞くために走り回っていた間、私は残っていた資料の整理を再開した。

 その中にあった、帝国の召喚陣破壊事件に関する詳細が書かれた報告書と、たぶんパレストに問い合わせたその返事だろう書簡。ふたつの内容を考証してみると、事件を起こした犯人らしき人物像が浮かんできた。


 事件が起きたのは百年ほど前。主犯は、短い銀髪に青い瞳の長身の男。年は二十代前半。片手剣使いの戦士。犯人を城内に引き入れたふたりの共犯者はただちに捕らえられて罪人を収監する塔に入れられたが、二日後に脱獄。捜索隊を出したが、行方知れずのまま。と、報告書に記されている。

 書簡のほうは、事件から一月ほどが経ってパレストに召喚陣の修復を依頼したらしく、しかしその返事には『否』と書かれて返ってきていた。


「銀髪に碧眼の男か……。俺は先代に会ったことはないが、話しを聞いた限りじゃ確かに同じ容姿だな。が、同じような色の男は多くいる……というか、人族とは無理だが、妖精族となら子供がつくれるのか?」


 先代勇者と同じ容姿の男かぁ。でも、腑に落ちない点がある。

 私なら容易いと古の神に太鼓判を押された召喚陣の破壊だけれど、勇者の剣を手放した彼にそこまでの力があったのかしら?

 石床の上に刻まれただけとはいえ、あれは神や女神の力を注がれて刻まれていた。加えて、どうもあの大魔導師の【不壊】の術も組み込まれていた感触があった。それを元勇者とはいえ、勇者の剣もなしで破壊できるのか。

 そして、アレクも疑問に思った『妖精族との間なら子供ができるのか?』だ。


「謎よねぇ。妖精族の本体は植物なのよ? それに、人化っていうのは人族と同様の肉体を持てるわけじゃない……はず」

「なら、ありゃーなんなんだ?」

「妖力? の塊りみたいなものじゃない? この家の外殻がそうよ。だから簡単に形を変化させられるの」

「だがな、こうして触っても木は木の石は石の質感だぞ?」


 アレクは立ち上がると、あえて室内のあちこちの壁や柱を叩いたり触って確かめて歩く。それを横目に、私は薬草を水洗いする作業の手を止めない。


「自然の物質に近い物なら変化させられるみたいよ。でも、それを加工したり食べたり飲んだりは無理みたいだけど」


 その最たる物があの王の居城だ。彼ほどの妖力があると、本体自体もあそこまで変化させられるみたい。

 でも、人族の肉体自体も、カテゴリ的には自然の物質の集合体と言えるはずなんだけどねー。


「となると、やはり子供を作るってのは……」

「うん。リリアが混じりっけなしの妖精族だってなら、まだ妖精族の母親が分離かそれに近い作用で生んだと考えるんだけれど、半分人族となると――想像できない」


 人族の細胞に妖精族の母親が何かして、ある種の人造生物を生み出したとか?

 その場合、合成生命体(キメラ)になるのか、人造生命体(ホルムンクルス)になるのか。


 箱庭の中の新たな生命体は、一体誰が生み出したの? 


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