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 黄土色の朽ちた神殿の陰に、そこにしっくりと重なる者が佇んでいる。遺跡の階段に腰を下ろして戦いを観戦していたリュースを、私は手を振りながら声を張り上げ呼んだ。

 決着がついたことには気づいたのだろうが、なぜ己が呼ばれてるのかと怪訝そうに寄ってくる。

 その頃にはアレクも落ち着き、私もいばらの拘束を解いて、自分とアレクに【清浄】をかけた。


「簡単に決着がついちゃったね。なに? アレクは手を抜いたのか?」


 低いけれどよく通る若い声が、アレクにかけられた。

 アレクは親し気な口調で話しかけて来たリュースを、眇めた目で頭の先から足の先まで露骨に観察している。初めて見つけた珍しい生き物に対して、その正体を探ろうとするのは戦う者の性分なんだろうか。


「手は抜いてない!――それより、お前はどうしたんだ!? 脱皮でもしたのか?」

「ぶふっ! くっくぅ……だっ、脱皮って…ぷはっ」


 今度はリュースが絶句して、アレクを穴が開くほど見つめ返した。その眼には、ありありと蔑みの感情が現れていた。

 いうに事欠いて脱皮って……まだ『羽化した』とかの例えならわからなくもないけれど、この無神経男に例えなんてしたつもりはないだろう。本気で脱皮したと思ってそう。……だめだ。笑いを堪えたいけれど、お腹が痛い……うくっ。


「アレクさ……それ、冗談?」

「いや、なんか……リリアみたいで妖精っぽいと言うか……」

「妖精族も脱皮はしない!――本気で言ってるとは思わなかったよ……」


 真剣に勝負して、最後は綺麗に決めたのに、なぜこの英雄様はこうなのか。本当に九人もの奥さんをモノに――ああ、そういるえば自分から口説いた訳じゃないって言ってたか。マジ残念な男だわ。


「で、なに? どうした?」


 呆れてそれ以上の突っ込みをやめたリュースは、私を振り返った。

 ひーひーと息だけを漏らして笑っていた私は、どうにか深呼吸を繰り返して笑いの発作を抑えた。


「アレクがね、剣を……リューに始末してほ、ほし……うぷ、だめ……」


 笑いのツボから抜け出せない私はお腹を抱えながら肩を震わせ、アレクを指さして顔を背けた。だめだ、アレクを見るとまた発作がぶり返す。

 

「この剣を、お前に折って欲しい。いや、お前が始末するべきだ」

「僕で、いいなら……」


 私の笑い発作に構わず、アレクは真摯な態度で剣をリュースの前に突き出し地面に刺した。

 リュースはそれに恐る恐る両手を伸ばして柄を握り、抜きもしないでじっと何かを感じ取ろうとしていた。

 やっと笑いの発作も去って、涙目を拭いながらふたりの成り行きを眺めていた。こうして見ると大きな刀身だと判る。こんな物を創り上げる術を持ちながら、なぜ輝きの方向を間違えたのかしら……。


【土くれの魂よ。その暖かく強い腕に抱けよ。奈落の業火よ。その熱き伊吹で呪を溶かし去れよ。宝を砕き砂に導けよ。土くれに還り業火に身を任せ踊り舞え。太古の記憶に刻まれたる物よ。在るように在れ!】


 低く高く、詩うように謳い、リュースの魔力と妖力の混じり合った力が込められた声音が、鎖紋となってゆっくりと地上に立つ剣へと絡みついてゆく。

 これが彼ら《赤目の民》の本来の力なんだろう。妖精族の様に自然からの恩恵を素に、神の力と混ぜ合わせて、声に詩を乗せて謳う。魔女の呪文なんかよりよほど清浄な力。


 翠に発光する鎖紋が魔剣に触れ、そこから僅かずつ土に砂に還るのが見てとれた。ぽろぽろと崩れゆくのを、アレクは悲壮な眼差しで見送っていた。

 リュースが掴んでいた柄が、最後に手の中で粉になって零れ落ちた。足元にできた砂利の山を、しばらくの間ぼんやりと三人で見下ろしていた。

 呆気ないものね。これが何百年と勇者の剣を続けてきた魔剣の末路だと思うと、アレクの悲壮感に同情の念も沸く。


「その紋詠唱……どこで覚えたの?」

「基本は妖精族の妖術だよ。ただ、ここへ来たら(テフィラ)が頭の中に次々と湧き上がってきたんだ」


 私の問いかけに応えながらリュースは土の山の前にしゃがみ込み、指先で山を崩してゆく。さらさらと崩れる土の中に、何かが光った。それを摘まみ上げて、アレクに差し出した。


「これはアレクに。古の神からの守護だって」


 鈍い光を放つ銀の指輪が、差し出されたアレクの掌に乗っけられた。

 それを長い間見つめているアレクを残し、私とリュースは神殿遺跡へと向かい正面の階段に腰かけた。インベントリから果実茶を出し、喉を潤す。


「……手を抜いてた訳じゃ……ないよな?」


 春先の穏やかな日差しの様な暖かな陽光の下、突っ立ったまま微動だにしないアレクを眺めながら、リュースがカップで口元を隠しぼそりと呟いた。


「私が全力でやったら一瞬で終ってたわ。でもさ、あの魔剣のためってアレクの気持ちも理解してたから、下位魔法縛りで受けて立ってみたの。それが、アレクも同じだって――笑っちゃうわよね。おかげで土塗れの無様な試合になってさー」

「剣は苦手って言ってたからさ、遠距離攻撃バンバン打ってアレクを翻弄するんだと思ってたよ」

「剣を遣わせたいじゃない? アレクは英雄だし、やっぱり剣を振り回してる姿はカッコいいしね」


 私たちが戦った後は地面が削られ、あちこちに大小の穴や小山ができている。その中に一人立つアレクの姿は、なんだか大事な宝物を失くして途方にくれる子供のようだった。

 長い時間土くれの前に佇む英雄を、私たちは邪魔することなく見つめた。


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