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 リュースの身に起こった事情を聞き終えて、今度は私が『紅い種』を入手するに至った話をする。

 今の私のような色合いの寒気がするような美貌の古の神が、新たな神によって彼の地に幽閉されている事実を始め、世界創造の顛末などをなるべく客観的に語って聞かせた。

 当然、ルードと同様にリュースも愕然としていた。事に、魔族などと蔑まれている『赤目の民』の内情に。


「妖精族じゃなくて、半神半妖? えーっと、半分神様で半分妖精ってこと? 僕らが!?」


 リリアに出会って妖精族が存在することを初めて知り、その妖精族が実は魔の大陸の住人であることを知った。それだけでも驚きなのに、実は自分たちの民族が魔族どころか神の遣いだったと聞いても戸惑いしか覚えないだろう。

 お伽噺を聞いていたら、実はお前もその中の人物だって言われたようなものかも。私ですら、ここに召喚されてきた当初は「私が魔女!? はぁ!?」って感じだったし。

 リュースの混乱を身にしみて感じ、私は何度も頷いた。


「そうなんだって。どういう民族までは教えてくれなかったけれど、古の神のいる大陸で神に仕えるために創られた民族なんだそうよ。ちょうど妖精の大陸みたいに、その民族だけの場所にするつもりだったんでしょうね。でも、新たな神はあなたの祖先を人族に改変して、この大陸に投げ込んだ」

『ならば、その新たな神の反乱さえなければ、この大陸も人族もいなかった――と?』

「そういうこと。古の神様も言ってたけれど、乗っ取りなんかせず人族や女神を創らなければ、あの外道に喰われて消滅しないですんだのよ。まさに飼い犬に手を噛まれて、その上消滅させられちゃってるし。バカよねー」


 あまりに規模の大きな話に、各々頭の中で新しい情報をこねくり回している様子だ。リュースは真剣な顔で何事かを呟きながらコーヒーを飲み、考えに沈んでいた。

 

「というわけで、私は明日、古の神の地を借りてアレクと一勝負してくるわ」

「え? なんでアレクと……」

「だから、勇者の剣を賭けて戦ってくれと頼まれたの」

「じゃ、僕も行く。その大陸へ行ってみたい」

「邪魔しないでね? でも、何にもない所よ?」

「しない。ただ行ってみたいだけだから」


 あ、その顔は、勝負に興味があるんじゃなく、あの大陸に興味があるのか。祖先が住むはずだった地だもんねー。



 翌朝の樹海は、珍しく大雨だった。鬱蒼とした樹海の樹々をを叩く雨の音が、ノイズのように響いている。冷たい雨は大樹を叩いて濡らし、枝葉から落ちる大きな雫が結界の上で散っては小雨になって畑や果樹に降り注いだ。

 転移で現れたアレクはすぐさまびしょ濡れになったけれど、それに構わず玄関先に立った私を闘気溢れる双眸で睨み据えた。


「では、行きましょう」


 厳かに差し出した私の手を握り返す。熱く大きな手が、なんとも頼もしかった。


【転移】


 緑濃い風景が、一瞬の内に不毛の大地に変わった。

 あるのは、真っ平な土の大地と埋もれそうな神殿遺跡。

 そして、中央に立っているリュースの姿だけだった。相変わらず風ひとつ吹かない時が止まったような地。


「……なんだ? 奴は」

「あら、気づかないの?」


 異様な光景の中に佇む見覚えのない男の姿に、アレクは警戒したようだ。

 一言返したきり紹介しようともしないこともあってか、アレクはチラチラと横目で窺いながらもそれ以上は詮索しなかった。


「ここは、なんだ?」

「元神様の楽園予定地」


 私の要領の得ない返答続きに、苛立ち始めたのが手に取るように見え、私は内心で「若いなぁ」と笑った。


「リュース! 危ないから遺跡の辺りで観察は続けて」


 うろうろ歩き回っている青年に声をかけ、横目でアレクの驚く顔にニヤつきながら彼から間を取る。

 微風すらない時間が停止したような環境の許、私は足元を十分に踏み固めた。


「さあ、始めましょう。勝敗決定の条件はどうする?」


 瞠目してリュースを凝視したアレクは、私の声にすぐに意識を向けてゆっくりとした仕草で勇者の剣を背中から抜いた。

 相変わらず不条理な剣だわ。


「……どちらかが降参、あるいは意識を失った時」

「了解!」


 私の応えが開始の合図となった。

 アレクが構えもとらず、剣を水平に滑らせながら猛スピードで突っ込んできた。私は盾型の障壁を張って【炎天の槍】を呼び出すと大振りに回旋した。槍の穂先から拳大の炎の礫がアレクに向けて次々に飛ぶ。

 しかし彼は左右に身を振ってそれを躱し、時には剣で弾き飛ばしながら急接近してきた。


「おうりゃっ!!」


 水平に薙いできた剣を障壁で受け止め、地面に突き立てた槍を支えにしてアレクの横っ腹に蹴りを入れる。その衝撃を腹筋で堪えて両足で踏ん張るアレクに、思わず感心した。さすがは英雄だわ。

 そこからが本番だった。

 私は遠慮なく攻撃魔法と防御魔法を駆使し、アレクは小技を受け流しながらも、合間の大技を躱して何度も接近を試みる。剣先が私の腕や胸元をかすったけれど、紙一重で躱して後退する。

 接近攻撃は対魔術師の基本だけれど、それは詠唱の隙を狙うためと、近接攻撃が不得手な相手にのみ通じる手だ。私は近接武器での戦いは苦手だけれど無詠唱だ。的確な攻撃は、無理に躱そうとはせずに正面から障壁を使って受け止める。何度も障壁を破壊されたけれど、私の魔力は無尽蔵だから、何度でも障壁を展開できる。

 

【魔風の塵刃】


 躊躇なく近づいてきたアレクの足元に、ババババッと音を立てて鎌いたちの見えない刃が穴を穿つ。それを回避したために軸足を持っていかれて不安定に揺れた巨体に、【いばらの冠】を這わせた。


「がっ!!」


 太い棘の生えたいばらの枝が鞭のようにしなって、アレクに襲い掛かる。

 それを見てアレクの表情が凶悪に変わった。傾いだ身体をひねって枝を回避し、土煙を立てて転がった。その後を執拗に枝先が追う。


「こんのーー!! くそアマ!!」

「どうしたのー? 呑気に寝転んでるなら次は燃やすわよ?」


 樹海で受けた屈辱を思い出したのか、顔面を赤黒く変えて飛び起きると、巻きつこうと襲ってくる枝を剣で叩き切る。その勢いを使って突っ込んできた。凄い勢いで障壁ごとふっ飛ばされたけれど、咄嗟に風魔法で背後にエアマットを作って凌いだ。

 その隙にアレクが剣を上段に振りかぶって飛び込んでくる。がら空きの胴めがけて、私は炎の槍を投げつけた。

 赤々と燃える炎を靡かせて飛ぶ槍が剣で叩き落された瞬間、指先を上へくいっと上げた。

 もうもうと舞い上がる土煙が収まった時、そこには何本ものいばらの枝に巻かれた土まみれのアレクが転がっていた。

 

「……なんで魔剣の技を使わなかったの?」

「それは俺の力じゃねぇっ!!」

「変な理屈……。ま、これで勝負はついたわね。剣はアレクが? それとも――」


 いまだにいばらの枝に抗っているアレクに、剣の始末を問う。

 実は、私には剣を折ることはできない。

 この剣の恐ろしいところは、魔女の魔法攻撃をすべてその身に吸収してしまう仕組みだ。どうしても破壊しなくてはならない場合、この古の神の大陸が半分ほど消滅する覚悟で、最高位の破壊魔法を使うしかない。

 鞘がない今なら、それでどうにかできるだろうって程度の可能性だけれど。


「そいつは――リュースにやらせろ」


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