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 体感で五分くらい歩き、【索敵】スキルを展開してみた。

 使用者を中心にして、全方位にむけ他者の存在や気配を探る術だ。範囲としては半径100メートルほどだけれど、意識を向ければもっと広範囲を把握できるらしい。

 それに誰も引っかからないことを確かめると、やっと足を止めてその場に崩れるように座り込んだ。 

 ハァと一つ溜息を付き、こわばっていた肩から力を抜いた。凝り固まった肩と首を回して痛みを解きほぐす。

 オバサン臭い? なんとでも言え! どーせオバサンよっ。

 まずは、インベントリから魔女が残してくれた枯草色のマントと同じ色の革のショートブーツを引っ張り出し、身につけていたジャケットとスニーカーをしまって急いで着替えた。これでお城からの捜索隊には、初見で見破られることはないだろう。

 さっきの男が事情聴取されたって、その頃は私はもうここにはいない。


 さて、ただ今着がえた二つの装備ですが、別のことを考えながら何気なく【鑑定】してみて驚いた。息をのむほど恐ろしい性能だ。



 【鑑定】


***


 品名:妖魔公のマント


 等級:伝説級


 性能:対魔法対物理全攻撃防御・精神攻撃吸収反射・迷彩・体表温度調節・自動修理


 制作:迷宮の森・妖魔アーデスト


***


 品名:妖魔公のブーツ


 等級:伝説級


 性能:対魔法対物理全攻撃防御・精神攻撃吸収反射・迷彩・疲労回復・自動修理


 制作:迷宮の森・妖魔アーデスト


***



 何ですか、これ? なんなの?

 本当にゲームか何かの世界だよ。ありそうじゃない? モンスターを倒して、伝説のアイテムを手に入れよう! とかってCMしてそうな。私はモンスターなんて倒してないけどね。

 また、インベントリから二つの物を引き出した。

 一つは私が持ち込んだデカいエコバッグ。もう一つは腰に巻き付けるタイプらしいウェストポーチみたいな小さな鞄。大工職人が腰に付けてる道具袋のような見た目のヤツですよ。



***


 品名:シルバーリザードの腰袋〈収納袋式(マジックポーチ)


 等級:希少


 性能:荷馬車一台分・他属性魔法空間と互換・所有者専用契約・盗難防止


 制作:魔女ディシリア

 

***



 ……こんなに小さいのに。こんなに。

 荷馬車一台分って、どのくらいですか? インベントリに繋がってるって、荷馬車一台どころじゃないじゃないか!

 でもね! これ以上の驚きが、ここにあるんですよ!


***


 品名:異世界の鞄〈収納鞄式(マジックバッグ)


 等級:幻聖級


 性能:荷馬車三台分・亜空間倉庫の出入口・所有者専用契約・盗難防止


 制作:異世界の職人 魔女アズ専用


***


 あちらの世界から私と一緒に召喚された愛用のエコバッグが、なんだか幻の銘品みたいな魔法の鞄に生まれ変わっておりました。

 そして、多目に入ってインベントリへもOK。これも私専用。で、盗難防止ってのは、盗まれても数秒後に自動で帰って来るみたいだ。

 愛犬か!

 これで、何もない空間から品物を引き出す不自然さを誤魔化せる。腰の鞄でもいいんだけど、大きさを考えなきゃならない物もあるしねぇ。デカバッグありがとう!


 さて、これからの予定を整理しないとならない。だから、まずは腹ごしらえだ。

 やっと落ち着いたら、気づいたんだよね。あっちじゃ夕食前だった。昼食以降は何にも口にしてないんだよ。それで、夕食に食べるつもりだった揚げたてコロッケとメンチが――おやぁ?まだほかほかですが。加えて、寒かったから帰り道で買った自動販売機のホットコーヒーが暖かいのは何故?

 でも、美味しい…はぁーーーー。


 いかんいかん。お腹いっぱいになったら、眠気が来たぞ。

 ブラックのホットコーヒを一気に飲み干し、頬を叩いて活を入れ直した。

 まず最初に、街へ出て買い物する。マントと靴はイイとしても、その下のスウェット上下は如何ともしがたい。あからさまに「この世界のファッションじゃないよー」と。だから、街へ出て人々を観察後、状況に合う衣装を揃える。それから、お宿だ。ここじゃ、完全なる安心感は持てないから、さっさと宿へ入って色々確認しないとね。ことに、件の記憶媒体のインプットを急がないとならない気がして―――。

 それと決まればさっさと行動だ。食べたり飲んだりした容器をデカバッグ経由でインベントリに投げ入れ、腰に袋のベルトをしっかり回して、最後に【偽装】と【認識阻害】をかけてフードをかぶり林を足早に抜けた。

 赤茶けた髪に濃い茶色の瞳の、長身ではあるけどヒョロっとした女。



◇◆◇



 城から逃亡した頃はまだ天中におひさまが輝いていたけど、そろそろ陽も傾き地面に落ちた影も長く伸びていた。

 髪と眼の色を偽装し、スウェットが見えないように羽織ったマントで隠しながら中央通りを急いで歩いた。

 林を出てからが大変だった。

 商店の立ち並ぶ一角を歩きながら行き交う人たちをこっそりと観察し、最初にみつけた衣類を扱う店へ飛びこんであれこれ買い求めた。

 商人や商店店主、そこの従業員や下働きが大半の王都の庶民の服装は、思っていた通り多種でも華美でもなかった。

 全体的にアースカラーが主体で、綿無地で作られたシャツにズボンかワンピースタイプのドレスが基本で、それにベストやジャケット、女性ならエプロンドレスを重ねて着ている。見た目でたとえるなら、米西部開拓時代の移住者ファッションに近いかな?

 他の高級布地や色味は、きっと貴族や王族が使用してるんだろう。

 店員の胡乱な視線を無視して、私は男児用上下を数着と濃緑色の厚手のワンピースドレスを一枚、それと手触り重視で新品中古男女用関係なしを数着購入した。

 支払いの時にちょっとだけ手間賃を足して、宿の情報をしっかり入手した。

 値段や部屋の内装に関してピンキリの宿を紹介してもらい、迷わず高級宿に向かっている。

 だってバスタブとトイレが部屋付きで、安全面がしっかりしているのは高級宿しかないって聞いたから。

 

 宿は上流階級や富豪御用達の店が並ぶ通りにあり、貴族の別邸(タウンハウス)を改築した素敵な内装は高額を取られるだけある! と納得するしかない快適さだった。

 従業員にやっぱり胡乱な目で見られたけど、女一人で食事なしメイド不要の前払いとくれば黙って案内してくれた。おほほほ。

 部屋は、寝室と居間の二間続きで、寝室の奥にトイレとバスタブの設置された石造りの部屋。トイレはオマルか!? と戦々恐々としたけど、なんと魔道具による【洗浄】ぼっとん。ただーし、便器は蓋付きの丈の低い大きな花瓶みたいな物がどーんと置いてあるだけ。

 バスタブも魔道具で少し高い所からお湯が出る(シャワーじゃなく打たせ湯タイプ)形式で、湯を浴びながらバスタブに溜めて中で身体を洗い、最後に排水。

 あー、映画の中でお姫様や貴族令嬢が使ってたよね。猫脚付きのバスタブからアワアワを溢れさせて、腕まくりした侍女たちに洗われてたっけ。

 でも、魔法や魔道具があるってありがたいもんだねー。なかったら昔のフランスみたいに汚物や排水を外に投げ捨て垂れ流しだろうし、悪臭と流行り病で大変だっただろうね。

 さっぱりと汗や汚れを流し、寝室の隅にあるドレッサーみたいな家具の前に座った。

 前には少し歪みのある鏡がセットされてるんだけど、そこに映った私の姿に息が止まった。

 だって、その姿は疲れの見えた三十路の女(わたし)じゃなかった。でも知らない女じゃなくて、十分に見知っていて……二十歳前後の頃の私が目を丸くして映っていた。

 まだ丸みを帯びた頬ときゅっと上がった目尻に口角。鼻の頭なんてつるんとしてて、肌は弾力があってピカピカだった。慌ててデカバッグからいつも携帯しているメイクセットを掴み出して、小さなボトル入りの化粧水と乳液を擦りこむ。

 誰だかわからないけど、若くしてくれてありがとう! 

 異世界には、若さ大事! 中身が三十路でも、外見は若い方がいい! でも、フィール王子にはフラれたけどね。

 思い切り年齢後退した自分自身を確かめて、どうにか納得したところで買い求めたワンピースに着替えてベッドに座り込んだ。

 次は、荷物と能力の確認だ。


 魔法で【洗浄】した下着と、買ってきた手触り重視の衣類を数着ベッド上に並べてスタンバイし、錬金術の【複製】で下着を製造した。

 この世界にない素材の部分は再現できないらしく、微妙に伸縮性とフィット感が足りないけど落ちることはないんで問題なし。あちらから身につけて来た下着を見本に作ったからか、細部まで完璧にコピーできた。ブラジャーなんて、完全布製の物だったんで大満足の出来だった。良かったよ! 休日仕様の楽な下着をチョイスしてて。

 それに気を良くして、男性用ズボンを数着出してスウェットを再現。なんと綿ジャージ製で二組。色はズボンと同じアースカラーだからぱっと見は判らないでしょう。

 できたそれらを丁寧に畳んでインベントリにしまうと、今度こそ魔女の遺産をじっくりと確認した。

 すぐに使える物は、旅装束らしき上着や外套類と靴各種。長剣や短剣各種とそれらを携帯するための小物。恐ろしい機能付きの小型の物入れや防御用魔道具などなど。

 後はくだんの金銀財宝のほかに、髪や耳元を飾る装飾品を装った魔道具。そして、真っ黒なロングドレスとローブやマントが数着。

 あれですよ。あとは三角帽子があれば、私たちがよく知るお伽噺の魔女の衣装だ。丸襟のシンプルなロングドレスに黒いローブやマント。これは着て外を歩けないなー。【鑑定】してみたら、凄い物なんですけどね。

 そしてお金。

 すでに買い物や宿の払いに使ったけれど、どうも現在使われている硬貨とは違うすでに使用できない大昔の硬貨もたくさん混じっているようで、どうしたもんかと考えながら小袋に仕分けしておいた。

 昔の硬貨のほとんどが金銀で、現在流通しているの硬貨より含有率が高い。錬金で使うか塊りに変えて売るかしないと使えないだろーなー。まぁ、それを使わないでおけるほどの資産がございますが。

 庶民服を一抱え買っても銀貨一枚にも満たない。高級宿ですら一泊銀貨四枚(食事付きは五枚ね)で、庶民や商人が泊まる並みの宿なら銀貨一枚でそれなりに良い所に泊まれるらしい。つまり、庶民の買い物のほとんどが銅貨がメインの生活だってこと。

 インベントリ内の山の様な金貨と晶金貨は、いったいどこで使えるのかしら? 加えて、繊細な細工が施された宝石一杯のアクセサリーなんて、私は死ぬまで使わないだろう。

 あれこれと出したり入れたり試したりを繰り返し、どうにか当座の必要品を見つけて整理が終わった。居間に移って、用意されていた香りだけはいいお茶を飲んで一息入れ、買い込んで来た屋台の食べ物を食べて夕食代わりにした。

 宿のディナーも食べてみたいけど、一応は逃亡犯? なので人前にあまり出ないように注意してみた。私の知っているマナーがこの世界のマナーと同じとは限らないし、変に目立って何かを引き寄せないとも限らない。妙なフラグを立てるのは、まだ早い!

 さて、夜も更けて来た。本日最後のイベントにかかりましょうか。

 私はドレスのままでベッドへ横たわると、一つのアイテムを手に深呼吸を数回くり返した。

 恐ろしく澄んだ5センチほどの長さの水晶柱。

 サイドテーブルに設置された魔道ランプのぼんやりした光を瞼越しに感じながら、手の中の水晶をおもいきり握り締めて体内を流れるもやもやした何かをそこに集めた。

 次の瞬間。

 ああ、また激痛にのたうつのか……。



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