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なんだろう? これは……。
リリアは楽しそうに粘土遊びをしているような仕草で、手のひらの光の塊りを弄んでいる。私に抱かれていることさえ忘れたのか、ただただ手に入れた面白いモノに夢中で遊んでいた。
小さな手の中に閉じ込めた光球をいきなりぎゅっと握りつぶし、そろそろと手を開いて覗き込む。すると光球が消えた掌の中に、またパチパチと光が弾けて大きくなってゆく。
まるで大きな火玉から火花を放つ線香花火みたいだ。
それの繰り返しを楽しんでいる。
「リリア嬢は、妖力の操作を覚えたようだな」
「操作……これが妖力操作なんですか?」
樹の中は、それとは思えないほどの広さを持ったフロアだった。そこから外壁の沿って階段が螺旋状に上っている。けれど、グリア氏が案内したのは、フロアの中央だった。
何もないただ樹の年輪の透ける床があるだけの中央に立つと、直系三メートルほどの床がいきなり浮き上がった。まるで壁のない床だけの円形エレベーター。
この時ほど、結界で空を飛んだ経験があって良かったと後でリュースが囁いた。
ゆっくりと上昇する最中にグリア氏はリリアを眺めながら、感心したように頷いた。
「方法はいくつもある。が、みな幼い頃に手の中で妖力を溜めたり消したりを繰り返して遊ぶ。リリア嬢は、王の妖力の流れに触れただけでそのような遊びとして始めた。たぶん、以前から己の中に妖力の気配を感じていたのだろう。ただ、それが何なのか分からず放置していたところで王の妖力に触発されたのか……」
「なるほど。そこは魔力制御と同じですのね」
私の場合は、そんな基礎訓練的な工程はふっとばして魔法を使えたが、リュースの魔法修練の際に同じように制御訓練をさせたことがある。
「力の質と源は違えど、扱いは同じような物だからな。訓練も同様なのだろう」
音もなく床だけエレベータがゆっくり停止した。これもきっと妖力なのね。
グリア氏が先に進み、私たちを手招いた。正面には重厚で大きな二枚扉が聳え立ち、グリア氏が近づいて行くと、これも音もなく勝手に開きだした。室内に兵でもいるの?
妖力遊びに夢中のリリア、少々及び腰なリュース、そして鼓動が煩いくらいにドキドキの私。三人三様な状態で、グリア氏の後ろから扉を潜った。
確か、そこは謁見の間のはず。でも私の知る空間じゃない。
天井は遥か彼方にあり、そこから燦々と陽の光が広間に差し込んでいる。まるで古木の森の中だ。
天井から幾筋も垂れ下がった虹色に光る木の根が、繊細な細工で編み上げた玉座が正面中央に鎮座している。
その座に、緑色を薄く刷いた銀の長い髪に、真っ白な衣装を身に纏った壮年の男性がいた。
なんという覇気。
他の妖精族とは異なり、まるで武をたしなむ騎士のような偉丈夫だった。
さすがのリュースも圧倒され、無意識に怯えている。
そして、リリアもその覇気を浴びて、手遊びを放って顔を向けた。
「――よう来た。魔女とその弟子よ」
「お初にお目にかかります。ア・コール大陸の西の大樹海に住まう魔女アズと申します。以後お見知りおきを」
「その弟子、リュースと申します」
リリアを横に降ろし、片膝をついて頭を下げた。
「儂は、この大陸の#緑の妖精族を束ねる王。名は秘されておるゆえ名乗れんが許せ。時に、儂の血族の娘を保護したと聞いたが……?」
「はい。人族の国に囚われておりました。幼き頃より監禁されていたと聞き、術にて素性を確かめましたところ、半人半妖の幼子。それに緑の王の加護を持っておりました。人族の身内を探すのは容易ではなく、先にこちらへと参った次第」
私が事情を話し終えると、王は何度か頷きながらリリアへと視線を向けた。
マントの端を握るリリアの拳が、ぴくりと震えた。
「名はなんと申す?」
王は、私にかけた声よりも、いくぶんか和らいだ声音でリリアに問いかけて来た。
リリアは、少しだけ唇をもごもごさせた後、また綺麗なカーテシーを見せた。
「はじめまして。リリアリスティリアともうします。6さいです」
さわさわと川のせせらぎに似た囁き声が、あちらこちらから立ち始めた。
ちらりと視線をやると、グリア氏と同じかそれ以上の身分らしい者たちが、木の根の陰に何人も立っているのが見えた。
薄い色合いに白い衣装だけに、隠れるように佇まれていると気が付かなかった。それくらいに気配が薄い。いえ、薄くしているんでしょうね。
「おお……間違いないようだの。儂の加護を持っておるわ。正式な名はーー・・-・==-だ。其方の母は儂の末の娘だ」
「お……かあさま?」
「ああ、そうだ」
ええ? 母親が王の娘だとぅうう! 王にとっては、孫になるのか。
「では、リリアの母親は……」
「間違いなく儂の末の娘だ。が……娘は10の昔に行方不明になっている」
「10年前……。こちらに人族の男が来たことは?」
「皆無だ。この大陸に人族は、ただでは入れん」
またもや驚きの事実が。ただではってことは、私たちはエンデの案内があったから? それとも私が魔女だから??
「詳しい話は、ここでは……」
思わず考え込んだ私の思考を遮って、グリア氏が謁見の終わりを告げた。
「あとはグリアにまかせる。悪いようにはせんから、ゆるりとしてゆくがよい」
王はそう告げると、立ち上がって樹の根の束の影へと姿を消していった。
消えた覇気に、私とリュースが深い溜息をついた。
もう、驚きと緊張の連続で、肩こりどころかいらんところの筋まで痛いよぅ。
「では、皆様、こちらへ」
今度は、グリア氏の脇に控えていた妖精族の女性が案内を継いだ。
そして、とても自然な流れでグリア氏がリリアを抱き上げた。ちょっとびっくりした様子だったけれど、グリア氏がまた蕩ける笑顔を見せたら、リリアは大人しく抱かれて移動した。
えー、もっと駄々をこねろ―。
私たちはまたエレベーターに乗り、もっと上へと案内されたのだった。
ところで、このエレベーターは何ていうんだろ?
エンデの本体の側に欲しいねぇ。




