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急いで【空間門】を設置し、樹海の自宅に戻ってみれば、そこは阿鼻叫喚の……。
「アレクーーーー!!」
リュースの眦がにわかに吊り上がり、お腹の底から絞り出した怒声が小さな家の中に響き渡った。
ついでに、驚いたリリアが大泣きしだす。ギャン泣きに慌てたリュースがリリアに駆け寄って行くのを尻目に、私はこの惨状の元凶を捜す。
居間は惨憺たるありさまで、たくさんの酒瓶と器、つまみか食事か分からない肉の端切れや萎びた野菜の欠片、そして汚れたリリアの衣服やタオルなどの布製品があちこちに散らばっていた。
そんな汚い中で胸元を汚したリリアが大泣きし、おろおろしながら神獣のお爺ちゃんとリュースが「ごめん、ごめん」と謝り慰めている。
食堂や台所にぽつぽつと投棄してある汚れ物を拾い上げながら、私は諸悪の根源を捜して回った。
「ア~レ~クゥ~!! このクソ野郎が!!」
どうして私の知っている召喚された野郎には、下種や外道が多いのよっ!! 憎まれっ子世に憚るっつーのは、この世界でも通用してるの!? 腹たつーーーー!!
見つけた先は、リリアたちに入ってもらうつもりだった二階の空いた客間のベッドの上。奴は空の酒瓶を回りに転がし、半裸アンド高いびきで寝こけていた。
怒鳴り声と共に、六つに割れた素晴らしい腹筋に踵落としを喰らわせたのはいうまでもない。もう少し下でも良かったけれど、そこは最後に取っておこう。
九人の奥様の恨みまで買いたくないしね~。
「うぐっ!!」
【転移】
――アレク!侵入禁止!!
私が【転移】と唱える直前、エンデの怒りの声が家中に響き渡った。
だよね? エンデにとったら、気づいたら自分の身体の表面に汚れがいっぱい付いてるんだよ? そりゃー怒るよねぇ。
半裸の酔っぱらいが靴も履かずに荒野で寝こけている風景が思い浮かんで笑いが込み上げるが、それもすぐに萎んで自己嫌悪でがっくりと力が抜けた。
「ごめんね、エンデ……バカとオッサンとジジィを信用した私が悪かったわ…」
――僕も…早く気づけばよかったよ。喜びのあまり意識が向こうに集中してた。
もう、跪き頭を垂れるしかなかった。腹立ちと反省を交互に脳裏で回しながら部屋に【洗浄】をかけ、重い体を引きずりつつ階下へと階段を降りて行った。一段降りる度に、居間からリュースの説教とお叱りの声が大きくなって行く。
「――それは言い訳!なんで、酒を飲んでるんだよっ! 不注意で、リリアが怪我してたらどーすんの!」
『じゃがの……』
「ルード! 逃げないで出て来い! 聞いてるんだろ! 来ないと、もうブラシ掛け無しだからね!」
『だがなー』
「じゃがのもだがなも無い! 言い訳無用!! 当分はフォマージと飲酒禁止!」
『『なっ……』』
家庭内裏ボスが凄く手早くリリアを抱いてあやし、ビシッと年寄り二頭に罰を言い渡すとリリアと共にバスルームへと消えていった。
居間は、すでに片づけられて汚れだけが残っていた。その中で、悄然としている神獣と黒猫。どちらもお耳がへにょっと。
【洗浄】【浄化】
室内と一緒に二頭も構わず丸洗いだ。気づいた二頭が私を見て、その眼が冷たいことに身を寄せ合って震えた。いやーアレクへの怒りがまだ落ち着いてなかったからねー。怒気が溢れ出てたと思う。それをどうにか収めて、リリアの外出準備を始めた。
「リリアの身元が分かりそうなの。両親や家族の行方まではまだだけれど、親族が分かってさ」
『……おお、良かったのぅ』
リリアの寝床の下に備え付けておいた木箱から、彼女用の衣装を何枚か選び出した。出かける度にリュースが購入して増えて行った品々だ。
フリル盛りだくさんの可愛いドレスか、森林地帯だってことを考慮してパンツルックかなぁ。あ、王様と謁見するんだから、やっぱりドレスにするか!どうせ抱いて移動すればいいだけだしね。
リリアは、栄養失調と監禁のために発育が遅れている。リュースの話しでは、どう見ても5才以下にしか見えないらしく、確かに私が抱き上げても切ない位に小さく軽い。それが妖精族の血が入っているからならいいけれど違っていたらと思うと、王様に謁見した時にみんなが辛い思いをすることになるなぁ。
「なんでも、王様の血筋らしいの。両親のどちらか分からないけれどね」
『王……その妖精族の王か?』
――妖精族には王が四人いるんだ。緑の王、水の王、風の王、火の王の四人だ。リリアは、その内の緑の王の血族だって。王の加護が付いてることが証拠。
『ほほう……親の行方はともかく、身元が分かっただけでも行って良かったな』
「ええ、これから王様に会わせるから、連れて行くわね。ということで、私たちが帰って来るまで二人はお外! ね?」
――外で反省!
私たちの宣言に抵抗する間もなく、酔いの抜けきっていない二頭は、エンデによって家から放り出された。外から重い物が落ちた音と悲鳴が聞こえたが、知らん!
静かになった部屋でリリアの荷物を纏め、これから着て行く服を用意して、家中の戸締りを厳重にしておいた。外で喚く魔獣たちの哀れな声がぴたりと聞こえなくなり、気持ちよ~く軽食作りに精を出し、お風呂上がりのリリアを含めた三人でお腹を満たした。
さて、リリアに説明だ。
食事を終えて、リリアに着替えさせる。いつもと違って余所行きのドレスを着せられて、ちょっと不安げな表情になった。
「リリア、よーく聞いて。あのね、リリアのお母さんかお父さんの家族が見つかったの。リリアはね、王様の家族なんだって分かったから、これから会いに行くわよ」
長い間、神獣としか話をしてないせいかリリアの言葉は拙い。語彙も少なく、少し難しい言葉になると首を傾げて口を噤む。「親族」や「血族」と言っても理解できないだろうから、一番近い単語を使って話してみたけれど、不安顔は段々と泣き出しそうな表情へ変わった。
「今日は会いに行くだけ。リリアに会いたいって王様が言ってたから行くだけ。ね?」
「……そばにいてくれる?」
「うん。私かリューが一緒よ?大丈夫!」
涙目だけれど、彼女は気丈にも頷いてくれた。
でも、私の袖を掴む小さな手は、力一杯握られていた。




