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「私はユリス。領主様の一の従者です。端的に伺いましょう。貴女方は、エンデを連れて来るだけが目的なのですか?」
ユリスと名乗った従者の美人さんが、私たちを見据えて率直に問いかけてきた。
お茶の器を手に、私たちは目を見張ってユリスを見返した。
そして、彼の主のグリア氏は顔色を変えた。
「=---・-・-=!! 失礼だぞ! いきなりなんだ!?」
「領主様が信用なさっても、私はまだ信用するつもりはありません。この大陸に近づいてきた過去の人族のやりようを忘れるわけにはまいりません!」
まあね。過去にここへ来た連中は占領部隊だ。上陸できたか分からないけれど、魔法でも飛ばして先制攻撃したんだろう。
ア・コール大陸の人族は、ここに住むのは魔獣や魔物だと思い込んでる奴らだし、人化した妖精が相手であっても自分達より下等な相手と最初から侮ってのことだろう。
それが遠征失敗の原因だろうけれどさ。
「確かにそうだが……」
グリア氏もすべてを受け入れてるわけじゃなかったらしく、従者の忠言に揺らいだ様子だ。
それをチャンスと、私はいっきに本題に入ることにした。
「それなら話は早い。お聞きしたいことがあります」
私は身を乗り出して、従者の彼の言葉にのっかって話を進めた。
のんびり親交を深めるのは、リリアの件が片付いてからでいい。彼らには彼らの暮らしがある。そこへ入り込んで、一緒に居たいとまでの望みはない。
「ほう、何かな?」
「今、私たちの許にリリアリスティリアという名の半人半妖の少女を保護しています。大陸のパレスト神聖王国に幼少時より囚われており、先日助け出しました。現在6歳になる彼女の両親や身元を調べ捜しています」
「リリアリスティリア……6つとな?」
「彼女には父母の記憶はなく、父母のどちらが妖精族かも分からなくて……こちらにおいでなのか、大陸で暮らしているのか、はたまた亡くなって……」
私が最後まで言い終えない内に、妖精族の間にざわめきが流れた。
密やかな声で情報を交換し、その内の何人かは立ち上がって念話のような方法でどこかと連絡を取っている様子だった。
「他に……なにか特徴はないか?」
グリア氏は、お茶を一口飲んでから困惑の表情で問う。
「皆様と同じく銀の髪に緑の眼。ああ、ギフトに緑の王の加護を……」
「何!? 王の加護持ちか!! それならすぐに分かろうぞ! 王の加護持ちは王族かその縁者。そして、王と繋がっておる」
「ああ、よかったぁー!」
私とリュースは顔を見合わせて息を吐いた。
肩の荷が一つ下りて、気持ちが軽くなる。
両親も見つからず、ここで引き受けを拒否された場合こちらで養育する覚悟はあったけれど、大きくなったリリアにきちんと話してあげたいから身元くらいは知っておきかった。
「王から、その少女に会いたいと伝えてきた。連れてこれるか?」
「ええ、どこか【空間門】を設置しても大丈夫な場所を頂けるなら、すぐにでもお連れしますよ」
「それでは頼む。ここに戻られるまでに、王の居城までお連れする準備をしておこう」
それでは、と皆が一斉に立ち上がった。グリア氏は耳に手を当てながら、他の従者に指示を出し、その一人が私たちを【空間門】の設置場所へと案内してくれた。
私もリュースも、何の障害もなく事が進んだ状況に面くらいつつも、案内に従った。
そこはエンデの本体が植え直された場所で、さきほどの広間から少し離れた場所だった。案内の従者は、後をエンデに頼むと戻っていった。
まあ、監視がついているのは気づいてますが?
「元々ここが僕の棲み処だった場所だよ。妖精族はね、生まれた時から自分の地を持っているんだ。持ち主の安否がはっきりするまで保全されている」
「へぇ~」
少し開けた場所に、ぽつんと枝が植えられていた。半径10メートルほどの広さがある。
「でも、ここに本体が移るなら、あちらの巨木はどうなるんだ?」
リュースが眉間をや肩を揉みながら尋ねた。
迫力の美形の集団に囲まれ続けるのは、精神的に圧迫感が凄まじかったねぇ。うん。
「あっちはあっち。この大陸では僕の土地はここだけだけど、あっちの土地は妖精族間の決まり事からはずれてるから大丈夫。どちらも僕の本体だよ」
「え?自分の土地でさえあれば、こうして何本も本体を作れるの?」
「うん。人族風で言えば、本邸と別邸みたいなものかな?」
お家君改めエンデが説明してくれたけれど、私の脳裏は中継局の電波塔が浮かんでいたわよ。枝さえ根付けば、どこまでも増殖できるってことだ! マジすごい!
「で、門はどこに?」
「ここにどーぞ」
エンデが、私の肩からふわふわと飛びたち、広く開けた土地の境目に立つ一本の木の幹を叩いた。すると、そこに扉が現れた。
それを見た私とリュースは固まった。え ?他の妖精の本体じゃないの? その樹は……。
呆気にとられて立ち竦んでいる私たちの心情に気づいたのか、エンデがお腹を抱えて笑い出した。
「ごめん。説明不足だった。この大陸の樹々全てが妖精の本体な訳じゃないよ。妖精の本体になれる樹は、王の妖力と呼ばれる力が与えられた樹だけなんだ。だから、他の木はただの植物だよ」
はーーっ。息が止まりかけたわよ。まったく!
リュースなんて、さすがに驚き疲れて膝を付いて脱力していた。




