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 薄暗い森林の中。

 亜熱帯の密林じゃなく、北欧あたりの巨大な針葉樹の森みたいな雰囲気なんだけど、よく見れば足元の下草はよく肥えた土壌から生えているのが知れる。

 どこにこんな腐葉土を作る落葉樹がと辺りを見回しながら歩いていると、いきなりツキンと耳が痛くなった。


「あ……」


 小枝君の漏らした声を合図にしたかのように、周囲は声の渦になった。


『誰……誰……誰……誰……』

『誰……誰……誰……誰……』

『誰……誰……誰……誰……』


 高さも性別も違う誰何の声が、幾重にも放たれて輪唱のように森の中にこだまする。

 耳の痛みは一瞬だけで、あとは妙に荘厳な声の連なりが聴こえるだけになった。

 あー、耐性付与や結界を張っておいて良かったー。

 これをもろに耳にしていたら、鼓膜をやられて三半規管の狂いで立っていられなかっただろう。魔力に似てるけど少し違う力が、相当な量と強さで私たちに向かってぶつけられていた。

 つまり、音とその振動による攻撃だ。


「僕だよー! ・・-・-・--だよー!」


 森の奥へ向かって、小枝君が声を張り上げた。

 たぶん名を名乗ってるんだろうけれど、私の【全言語翻訳】では訳せない。というか、名前だからかな?


「・・-・-・--と名乗る者よ! なぜ人族と共にいる?」


 やはり小枝君の名前だ。が……耳に届くソレを発音できる気がしない。


「僕を助けてくれたお方の知り合いだ。今は僕の仲間だよー」


 小枝君が懸命に話しかけると、太い幹を持つ木々の間から褐色の肌の者達が次々と姿を現した。

 面白いのは、この雑草生い茂る中をかさりとも音をさせずに移動していることだ。

 どうなってるの? と、危機的状況も忘れてひたすら観察し、考えてしまった。


「おお! 本当に・・-・-・--だ。今までどこで何をしていた!」


 ぞろぞろと出現した中からひとりの男性が私の側へ近づいて来ると、私たちの存在そっちのけで小さな小枝君を凝視しながら話しかけてきた。

 たぶん……男性だわよね? 

 銀髪の短い髪と緑の瞳に美麗な容貌。そして、リュース以上に細い肢体は中性的だった。


「--・・-・・-! 懐かしい! 久しぶりー。僕は地崩れで嵐に巻き込まれて女神の大陸まで飛ばされたんだ。そこで根付いて生きて来れたんだよ」

「そうだったのか……あの地崩れで倒れ埋まったかと思っていたんだが、遠く飛ばされて生きていたのか。良かった。して、こちらは仲間だと?」


 リュースは私の横で身構えながら、油断のない視線を他の者たちに投げていた。


「こんにちは。私は魔女のアズ。彼と共に大陸の北の端にある大樹海に住んでます。よろしく」


『魔女…魔女…魔女…魔女』


 名乗った途端、また一斉に精神攻撃と音の衝撃波を喰らった。咄嗟にリュースを含めて【障壁】を張る。

 反撃すればいいんだけれど、それを始めたら戦いに来たことになっちゃう。


「止めてよ! 彼女は皆に攻撃を仕掛けたりしないよ! 皆が耳にしただろう魔女とは違うんだ!」


 え?……おいおい! ちょっと待って! 大陸からの人族は上陸していないんだよね? なんで、魔女の悪い噂を知ってるのよ。

 

「魔女とは、災厄を呼び殺戮をと耳にしたが……」

「それは人族の勝手な噂だよ。本来の魔女は女神様の遣いだよ。ただアズは……」


 そこで紹介をやめないでっ。確かに私は女神様の現身じゃないけれど、そこで口ごもられたら私はもっと不審人物になるじゃないか! 小枝君!!


「私は、異世界から聖女と共に召喚されたの。召喚途中で勝手に魔女に作り変えられて、この世界に来て彼と会ったの。この子は、私の弟子でリュース。貴方たちに危害を加えるつもりは全くないわ」

「なんと! 異界人かっ。あの女神はなんと愚かな!」

「まあ、それでも僕を救ってくれた方だから、ここは耐えて」

「申し訳ない。ようこそ女神の大陸からの客人。ここでは話もできない。こちらへ――」


 相手が踵を返した途端、嫌になるほど邪魔だった下草がざざざと音を立てて豪快に両端へ移動した。

 海が割れるのよ~――じゃなく、下草が割れて広い道ができた。私もリュースも、言葉もなく目を丸くして驚いた。

 うわー! ほんと、どーなってんの!?



 私たちが案内されたのは、森の中のぽかっと開いた場所だった。

 広場と森の境目には小枝君の本体みたいな大樹があり、感嘆のあまり思わず見上げてしまった。

 小枝君の指示で、背負っていた小枝を妖精たちに渡した。枝を受け取った相手と小枝君が定住地について話しあっている間に、私たちは広い敷地の中央へと招かれた。

 そこは、緑の絨毯が敷き詰められたような苔に覆われた三十畳ほどの広場で、中央に巨大な切り株をテーブル代わりにして、座するのを勧められた。

 苔って湿った場所に繁殖する植物じゃない? だから触れればジットリと湿っていて水分保有が多いと感じるはずなのに、手をついて腰を下ろしたらふかふか絨毯みたいな感触だった。

 なんで乾いた感触なのかも理解不能で、思わずリュースとまじまじ観察しながら撫でまくった。

 そんな私たちを見てか、危険がないと安心したのかほのぼのとした眼差しを皆様に向けられ、慌てて姿勢を正した。


「改めて、・・-・-は難しいか。エンデファラティティアルティに帰郷の助を示して下さり、礼を言う。私は緑の妖精族を率いる王の家臣、北森の領主グリアデュディディティオと申します。グリアとお呼びください。歓迎いたします」


 自己紹介が始まったけど、発声しやすく言い直してもらっても、何度か聞き直さないと覚えられそうもない名乗りに内心慄いた。

 でも、とりあえず通名を教えてもらえたことに安堵した。リュースも同様だったのか、肩の力が抜けたのが感じ取れた。うふふ。


「ありがとうございます。私はアズ。ただのアズで。彼は弟子のリュース。エンデ……君と一緒に暮らす仲間――家族です」

「人族の赤目の民のリュースです。よろしく」


 切り株を囲む妖精たちを見渡しながら、再び自己紹介をした。途中でお家君が小声で「エンデでいいよ」と言ってくれて、晴れて彼の名を口にすることができた。

 妖精の方々は、グリア氏と似たような容姿をしていて、髪形や体形の違いで個性を表しているようだった。ただ、誰も彼も美しい。女の私が恥ずかしくなるほどの美貌の持ち主ばかりで圧倒された。

 そんな美人さんの一人が、そっと私とリュースの前にお茶を置いて回った。そして、グリアの隣りに座ると、少しだけ厳しい顔つきで私たちを見返した。


「私はユリス。領主様の一の従者です。端的に伺いましょう。貴女方は、エンデを連れて来るだけが目的なのですか?」


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