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――何を使って海を越えるの?
「もちろん。空を飛んで行きますが、なにか?」
魔境大陸は、海の向こうにある。
通常ならお船に乗って向かうんだろうけど、当然この大陸からは出航している船はない。
それに、せっかく空飛ぶ魔法が使えるんですから、波に揺られて行くなんてのはしたくない。
だから、お家君にそう返した。
――リュースも?
「ああ、あのね、ちょっとした船の形の乗り物を作るの。それに乗って行くの」
少しの距離ならそのままでもいいだろうけれど、長距離となると恐怖心と不安感はどうしても拭えない。だから、もし海面不時着しても浮くよ~(気休めだけど)っていうことで船に乗ろうと。
床があるだけでも少しは恐怖心を癒せるし、それも船なら、ね?(気休めですがっ)
――それなら、二日で着けるかな?
「お家君は、どれくらい飛ばされてここに着いたの?」
――はっきりとは覚えていないけど、大体三日か四日かな? 海嵐の中でぐるぐる回されて、気づいたらここに落ちたんだ。
「おおう。それなら、何事もなくまっすぐ飛べれば早く着けるね」
『気をつけるんだぞ。海嵐もあるが、空も魔物はいるし海中にもいるからな』
「はい。そう言えば、海の神獣もいたわねぇ。気を付けます!」
年長者のルードにいろいろ注意を受け、神妙に頷く。
準備期間中リュースにはコーヒーの卸しとこまごまとした買い物を頼み、私は留守中の保存食の用意とリリアの着替えなどの整理。それと、アレクにお願いの連絡を送ってお船作りだ。
急ピッチで予定通りに準備を終わらせ、出発の日となった。アレクが同行を望むかと思っていたら、どうも高所はお嫌いなご様子で(笑)目を逸らしたままお見送りしてくれた。
獣だけじゃ手が回らない世話もあるだろうからと人間のアレクに頼んだが、一抹の不安は残る。
でも、三日だ。三日目を瞑って不安を堪えることにした。
船は、一見すると屋形船の小型版。
大きさは、観光地にある手漕ぎボートを一回り大きくしたくらい。中は座り心地がいい様に、クッションをいくつかともっふり毛皮を選ん作ったベンチも据えた。
障壁や結界を展開しておくから雨や陽射しは遮れるけど、気持ちの問題で屋根を設置した。
「さあ、行くわよー!【迷彩結界】【重力軽減】【飛行】」
球体の結界が船を包み、ゆっくりと上昇する。
船の中には、私とリュースとお家君改め大樹の小枝君。
小枝君は、根元を魔力の混じった土で包み、私の背中に担いだ。小枝っつーから、片手で持って振り回せる位の物だとおもっていたら、なんと帰郷のために根付くようにと大ぶりな枝を持たせられましたよ。今の私は、植木売りのお姉さん風情だ。
留守組には迷彩のために見えないだろうに、まだ空を見上げているのが見え、それが段々と小さくなって遠くなる。
リリアが最後まで、小さな手を振ってくれていたのが、なんとも嬉しい。
「リュー、具合悪いならポーションを飲みなよ?」
「大丈夫……すぐに慣れるから。下を見ない限りは……」
青い顔で船底に寝そべっているリュースに声をかけ、でも見ない振りをしておいてあげる。私も始めは心の中でだったけれど、悲鳴を上げて涙目だったしね。
「小枝君も不調がでたら言ってね?」
「僕は快適だよー。アズの背中にぴったりくっついてれば魔力を吸収し放題だ」
私の掌に、身長30cmほどの人物――妖精――が、白い貫頭衣姿で立って、小首を傾げて微笑んでおります。
これが小枝君の人化姿だそうで、本体から離れているためにこの小ささなのだとか。じゃ、本体の側でなぜに人化しなかったかと尋ねたら、「今、人化したら、この家は消えるよ?」と警告された。
あのお家が、人化の代わりだそうでした。
容姿は、リリアみたいな銀の長髪に緑の眼をした小麦色の肌の少年だ。……なんて、あざとい。
「あー陸地が遠くなったねー。このまままっすぐ進めば僕の故郷だ」
小枝君は、まっすぐと声を張りながら真西へ指を指した。
「海だ……」
あっという間に陸地が見えなくなり、視界には海しかなくなった。
それを船の縁からリュースが覗きこみ、青白い顔でぼそりと呟いた。これは、食事は当分無理かな?せっかく一杯作って来たのに、海上のランデブーランチは楽しめそうにないわねぇ。
それにしても、遠くへ視線を投げても水平線しか見えないってことは、この世界は地球と同様に球体をした惑星なのだろうと思う。
大陸はふたつしか見つかっていない。でも、もしかしたら他にもまだ存在しているかも。
っていうか、やっぱり私の『森羅万象』は当てにならないな。
あいかわらず、なぜは文字色が薄いままだし。
早朝に旅立った私たちは、何度か海獣やワイバーンにつけ狙われたけれど、海嵐に会うことなく三日目の朝には無事に《大魔境大陸》の浜辺に着いた。
小枝君の案内で小さな湾に入り、そこに広がる小さな砂浜に船を下ろした。
砂浜のある湾はとても静かで、辺りを見回すと緑濃い原生林に囲まれていた。船を安全な場所に隠して迷彩結界を張っておき、全員で砂浜に向かって走った。
「ここは、人族が辿り着いた痕跡は見当たらないわね……」
綺麗な砂を踏むと、キュっと可愛い音がする。
後ろで、リュースが「陸だ。陸地だ」と呟きながら、音のする砂を楽しみつつ足踏みをしていた。
「人族は来たことないだろうね。ここは、潮が引かない限り船では入れないんだ。引いても小さな船だけ。外は岩礁が広がっていて、大きい船は近寄れないしね」
「へー。あ、あそこが繋がっちゃってるのね」
私が指を指した辺りは、この湾の両方の岬部分にあたり、よく見ると橋が架かったように繋がっている。架橋になる部分に小舟が通れるくらいの穴が開いていて、そこから海水が流れ込んで来て浜を作ったみたい。
「昔はもっと小さく狭かったんだよ。あそこもまだ岩山だったしね……」
懐かし気に見回す小枝君の身振り手振りに頷きを返しながら、樹海の中に入る準備をする。
「さて、探索にまいりますか!」
私の掛け声と同時に、原生林へ入るための装備を身につける。
私はいつもの戦闘態勢。リュースは、私が贈った同様の防御魔法を付与した防具とマントに、魔女の遺産の細身の片手剣。腕には【盾】が展開する籠手と、【全耐性】付与の腕輪。
彼は一端の魔法剣士になったけれど、やはり戦い慣れがないために咄嗟の判断が遅れるだろうと、自動で展開する盾と耐性を持たせた。
前人未到と思われる場所へ突入するんだし、何があるか分からないしね。
がさがさと丈の高い下草を漕ぎながら、小枝君の指示に従って足を進めた。
私の展開する【索敵】に小物が何匹か引っかかるけれど、こちらに向かって来ない限りは無視をした。
目に痛いほどの鮮やかな緑の樹海は、鳥の声も虫の音もない静かな空間だった。
浜に着く直前に、空から探索した方がと提案してけれど、小枝君は首を横に振った。樹が生い茂っていて分からないと言うので、仕方なく地を歩いてる。
でもー、めんどい! 歩き辛い!!
内心で不満をもらしながらも、必死に歩いていた時だった。
私の肩に座っていた小枝君から、いきなり緊張した気配が伝わった。
「あ……」
『誰……誰……誰……誰……』
小枝君がひそかな声を漏らした次の瞬間、どこからともなく輪唱のような声の重なりが響き渡った。




