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「剣を処分するのはそれまでの苦労を考えれば惜しいし、万が一にも完全復活しなければならない事態が起こるかもしれない。なんといっても鞘に合う剣はおいそれと作れない……。じゃあ、威力の発動機になる鞘を隠す方が簡単よね?」


 怖い話だと思う。

 現時点でも邪獣を倒せる勇者の剣が、実はもっと高威力を持つなんて。魔女を単独で倒せる剣を! と考え出された剣。それが勇者にふさわしいとでも思っていたのかしら、あの外道は!

 私はアレクやルードを、交互に見やった。


「ルード、よく勝てたわね? 喧嘩を買った時に(これ)を相手にしてんでしょ?」

『それはな、アズとの契約の加護があったからだな』

「ほー。それはそれは。やっぱり私が最強なのねぇ」


 勇者の剣が鞘を得て、本調子に戻った時は――どうなんだろう?

 ふとリュースに目をやると、感情の消え失せた人形みたいな顔に、紅い目だけが炎のように揺らめいている。でも、ぼんやりとした視線は、あらぬ何かを追いかけているような……。


「リュー?」

「……その鞘が、その剣と会う前に壊して欲しい。聖人は――不老不死の大魔導士は、まだ生きてるってアズはいったよね?奴が現れたら、その剣がアズを狙うことになるんでしょう?」

「まぁね……あの糞ガキの切り札だもん」

「もしかしたら、アレクが……その剣でアズと戦うことになる可能性だって……」

「無いとはいい切れないわ。これは、魔女を狩るために造られた《勇者の剣》だからね。鞘が戻った時、どんな呪いが発動するのか判らない」


 武神と呼ばれた勇者は、魔女を相手にどんな感情で戦いを挑んだんだろう。

 魔女=悪と教え込まれていたのか、聖人の裏の顔を知っていた同類だったのか――はたまた、リュースのいうように隷属させられていたのか。

 あの、苦渋をのせた表情は、いったいどれなんだろ。


「僕は……その剣が使われ続けることが嫌だっ。ごめん! アレクでも、我慢できないっ」

 

 アレクからあえて目を逸らして俯くと、リュースは唾棄するように言い放った。


「……」


 アレクもあえて返事を口にせず、ただ黙っていた。



 数日後、リュースの「腹を括った!」の一言を合図にして、私は彼とルードとお爺ちゃんの前にパレストの魔術師の報告書を用意した。

 それまではツリーハウスに封鎖の術をかけ、誰も入室できないようにしておいたのだ。

 そして、アレクを呼ばなかったのには理由がある。すでに暗黙の内に気づいてた面々は、それに関して誰も口出ししなかった。

 ゆっくりと深呼吸をして、リュースの対面に座った。


「おおよその見当はついてるよね?」

「うん……あの剣は、《赤目の民》の命を使って……造られたんだよね?」

「始めは数人の《赤目の民》を使って……でも、足りないと。それから段々と人数を増やして……」

「最後は―ー村ごと! それが、()()だったんだ…」


 手にした数枚の紙を、小刻みに震えるリュースの手に乗せた。いきなりぎゅっと束を握りしめ、内に競り上がって来た激情を必死で抑え込もうとするように、白くなるほど拳を握りしめていた。

 私の脳裏に、あの凄絶な廃墟の光景が蘇る。リュースもきっと同じだろう。

 何の罪もなく、聖人に感謝しながらひっそりとくらしていた民人たち。

 なのに、その聖人が裏では自分たちを魔物から採れた材料のように見ていたなんて、死と直面するまで考えもつかなかっただろう。

 どうにか魔の手から逃れた人たちも、結局は幸せとは一概に言えない未来になってしまって……。


「リューたち一族に伝わる聖人の話しは、それを覆い隠すためのもの。あの集落に全ての《赤目の民》がいたわけじゃないんでしょう? 何らかの事情や、良い人と巡り会って出て行った人なんかもいたでしょうね。だからリュースが存在してるんだし……。でも、バレて恨みを買って復讐されでもしたら大変だと思った誰かが、そんなでっち上げ噺しを囁いた。一族の中だけの口伝として。そして、表では魔女同様に悪い噂を流した……」

「魔族……と?」

「たぶん、そう。《赤目の民》の生き残りに、人々が妙な関心を持たないように。あなたたちは、何もなければ魔術師や魔法使いとして、様々な国や権力者から重用されたと思う。だって、勇者に匹敵する魔力量の持ち主よ? 通常なら放っとくわけないじゃない。でも、魔女並みに忌避されるよう噂を流せば、誰も相手にしないわ。いくら魔力が多くても、魔に穢された力だといわれてしまえば……」

「そこまで……そこまで徹底して、僕らの一族はないもの扱いされなきゃならないなんて、そんなのっ!」


 握った紙の束に、ぽつりと雫が落ちた。



 今、私の心は、右に左にと揺れている。今更なんだけどさ……。

 リュースを巻き込んで、《赤目の民》の真相を知ることになって良かったのかぁと。彼に問えば、きっと「良かった」と答えるのは分かり切っている。

 でも――知らなかったら、心に何の憂いもなくここでなら差別されることなくやりたいことをやって、伸び伸びと暮らしていられるだったはず。

 お腹の底から笑って怒って喜んで、誰になんの遠慮もなく。


 今の彼の心には、きっと陰が差しているだろう。すでに、アレクと真正面に顔をあわせられなくなっている。アレクもまたそんなリュースを見て、彼らしくもなく遠慮気味に気配を消す。

 そして、そんな自分たちの不甲斐なさを自覚して、私に複雑な表情で接する。私もきっと、それに同じような表情を返しているんだろう。

 切ないーーっ! もう!!


「失敗したかなぁ。もうちょっと慎重に……ん~」


 こんな時は、無心に雑草取りと薬草の手入れだ! とばかりに、土いじりをしているんだが。無心どころか、わらわらと後悔と反省の念に押されている。

 丸まった背中にもっふもふが覆いかぶさって、頭の上に顔を乗せられているんだが、それもいまいち喜べない。


『知れる時に、知る。後じゃろうが今じゃろうが、変わりゃあせん』

「うー……」

『あの魔獄の地を、あそこに残されたモンは早よう知って欲しかったじゃろ。彼らの悲しみと無念を、同じ民が知ってくれた。……それだけでも弔いになったじゃろ。後は浄化するだけじゃ……』

「うん……お爺ちゃん、知ってたんだ?」

『見てはおらんが、知っておった。彼奴等が話しておったからのぅ。情けない話じゃ。だーれも助けられんかった……』

「何言ってんのっ。リリアをちゃんと守ってたじゃん!」


 むふーと鼻から溜息を漏らされて、私の前髪が舞い踊る。


「あー、そう言えば、リリアの親も探さないとなー」

『うむ。半分は人族で、後の半分は妖精じゃな』


 過去は動かせない。すでに終わったことだ。だから、これからのことに目を向けけなきゃ。

 どんなに過去の残滓が後ろ髪を引こうとも、起こってしまったことをなしにはできない。

 ただ、元凶は生きてどこかに存在する。それは、何を置いても必ず討つ。

 今はまだ、魔女(わたし)の存在には気づかれていないはず。

 でも、パレストから神獣と幼女を強奪しちゃったし、あの大魔導師(外道)に探られたらバレるだろうなー。だから、その前に私の弱点になりそうなことは、さっさと片づけるのが吉だ。

 まずは、リリアの避難先を探さねば。


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