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 どうにか整理が終わったのは、真夜中だった。

 こんな時、PCがあればなーと思ってしまうのは地球育ちの研究員をやってたせい――いや、現代地球人だったからだな。

 この世界には統一された年代を表す基準がなく、国ごとに固有の年暦が使われている。それだけに国家表記を取っ払っての整理には、とにかく年代を合わせるのがネックになった。

 微妙に被る記述を見つけ出してそこへ纏め、なんてことを手作業でやってると……物が物だけに途中で奇声を発して紙の山へ突っ込んで撒き散らしたくなった。

 そこをぐっと堪えて、自身を鼓舞して作業を続けた。


「今度はまとめだ……今夜はもう寝よう!」

 

 気力体力(SAN値)がごりごり削られる仕事には慣れていると思っていたけれど、これは慣れたらアカン奴だった。

 気づけば、使い慣れない脳がショートしたのか、すでにアレクが脱落して高いびきだった。それに毛皮をかけてやり、その日は誰も文句なく就寝した。


 翌日は、午前中にリュースが配達に出かけ、私はリリアの服の調達と部屋の相談に終始した。

 カーバンクルのお爺ちゃんと話したんだが、二人に開いている客間に入ってもらおうかと思っていたら、今のリリアは四角くく狭い部屋へ入ると恐怖が蘇るようだと伝えられた。

 居間のように広くて仕切りがなく、絶えず誰かの行き来がある空間ならば安心できるらしく、扉を閉めた二人きりの空間は受け付けないらしい。

 それならばと、ソファセットを部屋の隅に移動させて、空いた場所に高さの低い大き目のベッドを置いてみた。そこに大小さまざまなクッションと毛皮の掛物を置き、お爺ちゃんに移動してもらった。

 リリアはその後ろを弱々しいながらもテトテトついて歩き、ぽふりとベッドにダイブしてその心地よい柔らかさに嬉しそうな微笑みを見て安堵した。


「リリアとお爺ちゃんは、今夜からここで寝てね?」

「はーい」


 手を上げて返事をする幼女に悶えた。その様子にお爺ちゃんも目を細めている。


「じゃ、その前にリリアはお風呂と着替えをしよう」

「……おふろ?」

「うん。体と髪の毛を洗って綺麗にしようね」

「……ぬしさまも?」

「そうじゃな……儂も一緒に入ろうかのぅ」


 このジジィっ子めっ。かわええ!


 バスルームに連れて行って、身体を洗ってやりながら聞いた話しでは、小さい頃にいた侍女に盥の中で洗ってもらった記憶が朧にあるが、それ以降はカーバンクルを見に来た魔術師らしい者が【清浄】を掛けて行くだけで、お風呂自体初めて見たそうだ。

 湯船に恐る恐る手を入れ、それがお湯だと知って驚き、お爺ちゃんが入って誘うとようやく入ってくれた。拙い話し方で、途切れ途切れに地下での話をし出したリリアに、私は黙って笑顔を向けて頷くだけだった。

 ほこほこに暖まり綺麗になったリリアとお爺ちゃんに魔法で温風を掛けて乾かし、用意しておいた子供用の下着と服を着せた。持っていた男児用服を錬金でサイズダウンし、少しだけだぶついたが動きやすい上下にした。

 午後からは、帰って来たリュースにお願いして庭や畑に連れ出して外を満喫させ、昼寝に入らせた。


 私は一人でツリーハウスに戻り、儀式の様にペンを片手に最初の紙の束を手に取った。

 よし! 腹は括った。覚悟は決まった。では、参る!



 始まりは、旧パレスト王国時代の戦争手記だった。城勤めの文官がまとめた私文らしく、日誌のような物だった。

 敵の軍勢が首都に入り込んで市街戦が始まり絶体絶命になったその時、城の奥の祈りの間で数人の王宮魔術師が第二王子と共に召喚術を使った。現れたのは奇妙な服装をした青年で、開口一言「任せろ」だった。そこから圧倒的な蹂躙が始まり、王都に攻め込んでいた敵軍はあっという間に返り討ち。その勢いで残った兵達を率いて押しに押し、最上級魔法を連発して敵を駆逐し、敵国領土を奪い取ったらしい。

 その頃、異界からの召喚は各国暗黙の合意で禁忌となっていたが、敵が王族を立て続けに呪殺し、無抵抗の平民を虐殺しながら王都に攻め入ったことで、第二王子は禁忌を破って召喚を命じた。現れた青年は、自らを神の代弁者・聖人であると称し、第二王子を戴冠させ王国の復興を買って出た。その際、女神フェルディナを崇めよとお触れを出し、大聖堂の建設を指示。聖人である本人は、民衆を癒すために辺境から順に巡幸を始めた。昼は病人やけが人を癒し、夜は徘徊する盗賊や敵兵が落ちぶれて夜盗になった罪人を狩り、怪しい者は片っ端から捕らえて牢獄に押し込めた。


 この辺りで、別の文官と魔術師の書いた報告書が何枚も重なった。

 国家魔術師が聖人の教えに従い、何らかの術を開発・実験。それが別の人物を異界から呼ぶための召喚陣らしく、何度か召喚しては失敗し、呼ばれた物を処分している。それが人かモノかは書かれていない。

 ある日、聖人が巡幸のおりに奇妙な人族を捕えて来た。目は赤く魔力が国家魔術師を凌ぐ量を持つ異質者で、聖人の命令で同じ資質を持つ者を国中から集め、人里離れた場所に集落を構えさせた。蔑まれていた者達は、穏やかな生活環境を与えてくれた聖人に感謝し、暮らし始めた。

 監視下に置いた集落で、目立つ魔力量を持つ者を聖人の従者と言う名目で王城へ連れ帰り、遅々として進まなかった召喚術の実験に使った。成功したことで、魔力量の差が原因だと結果が出る。

 

 ある年、他国の使者との会見で聖人は魔女の存在を知る。西で起きた長雨による災害に手を貸し、天候すら自由に操る術者であると聞き及び、身分を隠して会いに行くが居場所が分からず会えずに終わる。そこから執拗に魔女の情報集めを始める。魔女の出現国へ使者をやり、仔細を語らせて報告させる。使者だけじゃなく密偵を放ち、魔女の行方を探らせたりしている。

 聖人は魔女狩りを計画する。


 召喚した勇者の強さを確かめるため。そして、捕らえた魔女の魔力を奪うため。

  

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