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 暖炉の薪がパチパチと小さく爆ぜる。

 火の粉に照らされた幼女の様子を見ながら、額に手をやって熱を測った。発熱してはないようだが、ここまで衰弱しているといつ状態が変わってもおかしくない。子供っていきなり熱を出したり、下がったと思ったらけろっとしてたりするしね。

 弱い【回復】とゆっくりとかけ、すこし時間をおいてまたかける。その間に寝具を用意したり、食事に戻ったり。


『邪竜の話の時にも言ったが、他の者に害された魔獣は弱くなり邪や魔に喰われやすくなる。吹き溜まりに追い詰められなくとも、弱った神獣や高位魔獣の魔力は()()()には旨いようだ。あそこまで弱っていたのだ。変わってしまったかと……』

「その点については、パレストの結界と魔力封じの檻があって幸いだったわね。ま、感謝なんてしないけどさ」


 しんみりと話し込んでいた私とルードの前に、もっふりとした真っ白な毛玉が飛んできた。その後をブラシを持ったリュースが追ってくる。


『やーイイ湯じゃった。やれ生き返った』

「神獣様、泳げるんだね」

『当然じゃ。末席とは言え儂は竜族じゃからのぅ』


 幼女の隣りで身体を伸ばす神獣に、リュースがブラシをかけ始めた。

 白く長い体毛がブラシを通る度にキラキラ艶やかな光を放ち、ふんわりと柔らかそうな質感に生まれ変わった。先の尖った長い垂れ耳がだらりと脇に流れ、心地よさそうに目を細めてリュースとブラシの言いなりだ。

 また、その光景を羨ましい気に横目で見てるルードが可笑しくて。

 自分の孫を取られたジィちゃんかよ! って感じで。


「リュー、こっちは気にしないで寝ていいからね?」

「うん……でも、きっと眠れないと思うから、眠気が来るまでここに居る」


 そういうリュースに黙って頷き、また食事を再開した。明日は皆で寝坊だな。


 ――雫の森の主様、お久しぶり。


『お? こりゃぁ、大樹の主かのぅ? ひさしぶりじゃ』


 ……今、なにを?


「ええええ!? お家君!大樹の主だったの? 主って妖精!? 精霊!? やっぱり、そうだったんだ……」

『なんじゃ、知らんかったのか?』

『俺も知らなかったぞ』

『そりゃーまた。ふぉふぉふぉふぉ。一体全体なんじゃと思っとったんじゃ?』

「以前の魔女が創った意思のあるお家だと……。お家君もなんで黙ってたのよ!」


 ――?何も聞かれなかったからね?僕は、そこにある巨大樹の妖精だ。魔女が初めてここへ来た時に、フェルディナ様に頼まれて家を作ったんだ。あの頃の僕は枯れ果てる寸前でね、それを助ける代わりに手伝ってほしいと。魔女の棲み処として。


 なんてこったい。ここに来て一番長い時間を一緒に過ごしてたのに、私は彼をまったく確かめようとも思ってなかった。

 だって、そうでしょ? お家君はお家君なんだしさー。ルードの感性の方が、私より鋭かったよ! 悔しい!


「はぁ……確かに尋ねはしなかったわね。なんだか自分の……魔女の身体の一部みたいな、兄弟みたいな、家族だったから。疑って調べるって思いすら湧かなかったのよ」


 ――ありがとう。でも、それでいいんだよ。魔女の家族になってあげてと……。魔女は一人でここに落とされたから。


 ああ、またぽろぽろと勝手に涙が溢れて来る。誰の涙? (アズ)の? 魔女たちの? 一人涙を流していても、もう誰もそれを気にしない。慰めるべき人たちは、すでにいないことを知っているから。


「二人は知り合いだったの?」


 涙を拭い、鼻をぐずつかせながら、二人の出会いを尋ねた。


『ずっと、ずーっと大昔じゃ。まだ儂は若く神獣でもなく、只の雫の森の主だった頃じゃ。ここも樹海なんぞでもなく、大樹が根を大きく張って小さな森を作っておった。儂の群れから分かれた若い衆がこっちに移り、主として挨拶に来た。その時以来じゃな』


 ――うん。それきりだったね。また会えて嬉しいよ。


『…そうじゃのぅ。また……会えると思わなんだ…』


 しんみりした雰囲気の中、お爺ちゃんの毛並みが段々と嵩を増して行く。リュースの手は、もう惰性でブラシを操っているのに、ふっさり感がどんどんと。

 助けた直後の三回りくらい増してる。


『ここは気持ちの良い魔力が漂っておるのぅ。大樹の主よ。あまり無理はせんでな』


 ――アズがいるから平気だよ。


 なんだ? そりゃ? 私がいるから無理しても助けてくれるって? まぁね、確かに家族の不調は視るよ? 治すよ? うん。

 それにしても、だ。

 ああ、頭から突っ込みたい。突っ込んでギュギュっと抱きしめ堪能したい。もふもふを! 魔力を分けてあげるから、モフらせてとお願いしてもいいかなぁ?


「……ぬ……さま」

 

 か細い声が、小さな手と一緒に上がった。

 長い間、ずっと地下の檻に囚われていた。精も魂も尽きかけていた頃、いきなり赤子が放り込まれた。乳母らしき女と侍女が世話をしていたが、見ている限りはまるで罪人の子を仕方なしに世話をしているようだった。

 陽も差さぬ地下に、日に三度の世話以外は放置されていた赤子を見て、長くは持たないだろうと思っていたそうだ。

 けれど、ぐずりはしても夜泣きもせず眠り、声は立てないが何かを見て喜んでいる不可思議な様子に、これは只の人族の赤子じゃないのでは? と思い始めていた。


『世話女どもは、全く声をかけなかった。黙したまま世話をして出て行きおった。だから儂が声をかけてみた。魔獣の声は魔力を多く持たん者には聞こえんが、ものは試しと声をかけ続けた。その内に喋り出しおった。檻の鉄棒越しじゃが、小さい声で色々話して聞かせた。じゃが、地下で声がすると地上に報告されたらしくてのぅ。世話女たちは来なくなった。それから儂らは暇さえあればこっそりと話しとった。が、それが悪かった……』


 リリアリスティリアちゃん六歳は、物心がついた頃にはパレストの地下でカーバンクルと一緒に生活していたそうだ。両親の記憶はまったくなく、彼女の世話をしていた侍女らしい女性がいたようだけれど、三・四才の頃にはまったく来なくなった。

 それ以来、朝と晩に扉の小窓から食事が届けられる他は、真っ白なローブに全身を隠した者たちがカーバンクルに何かをしに来る以外には誰も訪れなかった。それでもカーバンクルがいたから寂しくなかったそうだ。

 カーバンクルはずっと檻に入れられており、側に近づくことは止められていた。それを忘れて会話に夢中になり、無意識に鉄棒を握ってしまった。檻に触った時、体の中から何かが引きずり出されて気を失った。


『その時、儂は大暴れしてしもうたんじゃ。リリアが死んでしもうたと思ってのぅ。魔力封じの檻は壊れ、扉が吹き飛んだ。じゃが、儂はそれで力尽きて逃げれなんだ…。男どもは、儂を再度檻に封じ、リリアを抱えて出て行った』

「めがさめたら、しろいひとたちがいっぱいいたの。あかいみずをのまされて、またねむって、めがさめたら、ぬしさまのおりに、しばられてたの」


 彼女の淡々とした告白に、お腹の底が冷えた。あの鎖の虐待はそんなに前からだったのか、と。


『あれは儂の逃亡除けじゃ。リリアにまっこと悪いことをした……儂が檻を壊したりせなんだら、あんな目に合わされることもなかったじゃろうに……』

「ううん。ぬしさまが、わるいんじゃない。リリアがおりに、さわったから……」


 ようやく見せてくれた表情は、悲しみと情けなさだ。六歳の子が見せる顔じゃない。それも見せる相手は神獣に対してだけ。私たちに向ける顔には、ほとんど表情はなかった。まるで人形が愛らしい唇だけを動かして、可愛い声で話しているだけ。

 意識が戻って目を覚ました彼女の紫水晶の眼は、私たちを見ても全く反応を示さず、ただただ神獣を求めて彷徨っていた。お爺ちゃん以外、まだ信じられないんだろうね…。


 これで判った。

 魔力封じの檻は、カーバンクルの死に物狂いの力で簡単に壊れるんだ。

 昔の術者は強かったのだろう。けれど、最近は強力な封じ術を使える者がおらず、その不足分をリリアリスティリアで補ったのがあの鎖の戒めだった。

 一つは、カーバンクルの力の発現の抑え。また暴れれば、壊れるのは檻ばかりじゃないぞって言う脅迫だ。

 もう一つは、術強化のためにリリアリスティリアの魔力を使ったんだ。言わば、無理やり強化したための電池代わりみたいな立場だ。

 ただ不思議なのは、リリアリスティリアに魔力を感じないこと。もしかしたら、「あかいみず」って物が、強制的に魔力を体内に溜める薬だったのかも……。


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