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 若者の不穏な眼差しが、私と腕の中の幼女を交互に行ったり来たりしている。


「この子一体――」


 玄関のドアを押さえて突っ立ったきり、向かえ入れようとしないリュースに痺れを切らした。


「リュー、お腹空いたー」


 言外にこんな場所で事情説明させるんじゃないと空腹を理由に訴えると、寄せていた眉間をほどいたリュースは脇に逸れて私たちを迎え入れた。

 家に入ると良い匂いが鼻をくすぐり、ついでにお腹が鳴る。

 その音を耳にした弟子が、今度こそ含み笑いながら先に立って色々と立ち働きだす。


「夜食にと思って消化にいいスープを作っておいたよ。その子は――大丈夫?」


 腕に抱えた幼女は、まだ目覚める気配はない。気を失っているというより、生気を失っているといった方が近い。

 妖精――なのだろうと思っていたけれど、こうして見て触れてみると人族の子供と変わりなく感じる。身につけている服も肌も髪も薄汚れていて、食事もだけれど身ぎれいにしてやることも優先事項だなと思う。

 かといって、お風呂を思ってみたけれど意識のない彼女をお湯に入れるのは無理だ。

 色々考えて、暖炉の前にリュースが持って来てくれた毛皮や毛布を敷いて、そこに横たえた。

 同じ場所に、ルードに案内されたカーバンクルも丸くなって休んでいるしね。ずっと一緒にいたんだろうから、目が覚めた時に姿が見えた方が安心するでしょう。

 まずは、二人に【清浄】をかけてから【浄化】の二段構えをする。


「アズ、これを着せてやって?」


 台所から二階へ駆け上がって行ったと思ったリュースが、小さな声で話しかけながら、ちょっとクッタリした裾の長い綿のシャツを渡して来た。

 カーバンクルも幼女も清潔にはなったけれど、なんと言うか……ボロボロなんだよね。長いワンピースなんだが、あちこちほつれて裾なんて糸がいくつも垂れてるしさ。

 さすが紳士だ。リュース君。うん。気の利く子だ。


「これは?」

「僕が小さい頃に来ていた寝着。間に合わせだから、これでもいいかなと思って。あ、ちゃんと洗ってあるからねっ」

「いいの? 思い出の品なんでしょう?」

「いいんだ。何かに使えたらって取ってあっただけだからっ」


 ちょっとだけ気恥ずかしそうに目を伏せて、また台所へと戻って行った。

 ルードと顔を合わせてニヤニヤと笑い、ありがたく服を受け取って着替えさせた。

 手足も身体もがりがりだ。そんな身体なのに、あちこちに細かい傷や打撲痕があり、手首とお腹周りには痣になった鎖の擦れ痕があった。一体いくつなんだろうか。


 ってことで、正体が分からないのなら、視てみましょうかね。


【看破】


***


 名前:リリアリスティリア


 年齢:6才


 種族:半人半妖


 称号: ―


 職業: ―


 HP:   137/ 2,300

 MP: 2,087/30,500

 ST:   267/ 1,200



 状態:衰弱・栄養失調・魔力低下・体力低下 



 スキル:水属性・土属性


 ギフト:妖精族緑の王の加護


***



 え? ええ!? なに?


「ルード……妖精族ってなに?」

『聞いたことないぞ。妖精なんぞという存在は、先ほどアズに聞いたばかりだ』


 どうしよう。妖精の子を誘拐して来ちゃった☆

 あ、でも「助けて」って救助要請をされたんだから、誘拐とは違うか。

 お父さんとお母さんが心配してるだろうなぁ……。こんな小さい子。

 それに加えて、呼びづらい名前だわ! 舌を噛みそう。


 それよりだ! この子にポーション類を飲ませても大丈夫だろうか? 魔獣のルードが平気だったから、この子も――いや、妖精族の知識がない以上は滅多なことはできない。半分は人族でもだ。

 あっちの世界でも、アレルギーで大変な場合があったもんね。口に入る食品や医薬品の研究者にとって、それが一番怖かった。

 仕方なく【回復】を小刻みにかけて、一回ごとに様子見することにした。


『ふぅ……その娘はのぅ、西の海の大陸に住んでおる種族の混ざり者じゃ』

『おう、大丈夫か!? 雫の森のジィ様』


 横で渦を巻いていたパッサパサ灰色の毛玉が、枯れた声を漏らしながら頭を起こした。意識はあったけれど、やっぱりフラフラ状態だったためか反応が定かじゃなかったんだよね。


『うむ、少し休めた。魔力も戻りつつあるから大丈夫じゃ』

「お肉を柔らかくした物があるんだけど、食べられる?」

『おお、ありがたい。それと、少し水もくれんかのぅ』


 まるでキツネの子のようなふっさりと毛の生えた可愛い顔が、私に向けられた。長いまつ毛と垂れた体毛の陰から、蒼い目が覗いている。その声を聞きつけたリュースが、すでに準備しておいた肉の皿と水の入った器を持って現れ、神獣の鼻先へと並べて置いた。

 鼻をつけて慎重に匂いを嗅ぎ、危険がないと確かめてから神獣のお爺ちゃんはゆっくり食べ始めた。魔力の高い魔物の肉を叩いて粗微塵にした物だ。小さな前肢が皿を押さえ、本当にゆっくりと食事は進んだ。

 竜族と聞いていたけれど、私には長い胴に長い耳をしたキツネにしか見えない。大体、尻尾がふっさりしてるしさ。ただ、話しに出ていた額の宝玉だけれど、色が薄いピンクになっているのが気にかかった。


『うむむっ、旨いのぅ。こんなに旨い物を食ったのは久しぶりじゃ。かたじけない』

「一杯あるから気にせず食べて。好きな物があったら言ってね」


 肉の山を半分ほど平らげて水を飲み、やっと一心地ついたのか、私が声をかけると顔を上げた。


『助けてもろうた上に手厚い介護を……礼を言う。ところで、嬢は何者じゃ?』

「申し遅れまして、私は森羅万象の魔女。亡くなった魔女たちの欠片を集めて蘇った、この世で最後の魔女アズ。以後お見知りおきを」


『まっ魔女……最後の魔女となっ、ではディシリアはっ!』

「貴方は視ていたはず。先代の魔女ディシリアの最後を」

『やはり……助からなんだか……』

「ええ。彼女が亡くなってすでに五百年以上過ぎているわ。その頃に何があったのかを聞きたいの。だから、早く元気になって? それに――彼女のことも」


 私は目的を告げながら、彼の傍らに死んだように眠っている少女を見た。青白い頬はまるで人形のよう。小さな胸が、少しだけ上下しているのを見て生きているのだと判る。【回復】も効いてるようだけれど、反応の鈍さが心配だった。

 先ほど神獣が漏らした『西の海の大陸に住んでる種族の混ざり者』のことも気にかかる。

 魔女の知識にもない、前人未到の大陸の事を彼がなぜ知っているのか。妖精族と言う知られざる種族のハーフが、なぜ捕らえられて神獣と共に囚われていたのか。


 ――そして、先代魔女の最後に立ち会えた理由。あの時の彼は、いったいどんな立場だったのか。


 神獣カーバンクルは、ご飯を食べて水を飲んだら元気になった。まだまだ本来の大きさに戻れるほどには回復できていないようだけれど、それでも意識が飛んでしまうような状態からは脱したようだった。

 とはいえ、完全復帰した訳じゃないから、詳しい話は女の子が目を覚ましてからってことになった。

 で、今はリュースの手によってお風呂に入っております。

 お爺ちゃんは耳が遠いのかなんなのか、声がでかい!

 地響きかと思うような重低音の溜息が、湯船に浸かった時に思わず出た声だと知って、その時の私の虚脱感たら……もうっ! 老人の入浴中の死亡原因が脳裏を巡って、すんごい焦ったじゃないか! 人族じゃないんだから、と少し落ち着いてから思い出した私もバカだけれどねっ。

 扉の向こうから聞こえる、リュースと神獣の楽し気な声に釈然としないものを感じつつも居間に戻り、用意されていた夜食をルードと一緒に味わった。


「お爺ちゃん子が、嬉しそうにお風呂の介助してるわ……お爺ちゃんも満更じゃないふうで……」

『ははは……ジィ様は、昔と変わってない。良かった』

「そう……」


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