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 真っ暗な空中で、夜風に吹かれながら眼下を見下ろす。

 今夜は、お誂え向きにも新月。

 こう見ると、この世界も球体の星だって分る。昼間には太陽と呼んでいいいのか知らないけど、同じような恒星がこの世界に陽光を注いでくれる。

 神話の世界みたいに、巨大な亀の背中の上だとかじゃなくて良かったよ。

月光のない眼下では、教会と王城のあちこちに篝火や魔術による灯りが点となって見える。いつもの戦闘防具に身を包み、肩に黒猫ルードを乗せて、ゆっくりと王城の結界脇に降下した。

 ぼんやりと感知できる結界を横目に修道女宿舎側へ【転移】し、即座にマントの【迷彩】を発動させて移動を開始した。

 私の少し先を、黒猫が先導して道案内をしてくれる。誰かに気配を察知されても、猫が侵入したで終らせてくれるだろう。

 囮役も兼ねたルードは、複雑に入り組んだ迷路を模した庭を簡単に通り過ぎ、話にあった通気口の前で足を止めた。


 なるほど。

 正面に建つ聖堂じゃなくて、その後部にある古い石造りの王城壁面に、猫がやっと通れるかって大きさの穴が開いていた。

 そこから、細いほーそい魔力の糸が出ている。魔力……と言うより、気配といったほうがいいくらいの心許ない糸だ。

 でも、それが私にはありがたかった。その糸に私の分身ちゃんを寄り添わせる。

 小さな昆虫だ。薄緑色した親指ほどの長さの芋虫を、その糸の上にそっと置いて、暗闇の穴の中へ無事に入って行くのを確かめた。

 足元から、翠色の双眼が私を見上げた。


『あんな儚い物で、事足りるのか?』

『大丈夫よ。あれは地下で羽化するの。そして神獣に言を伝え、回りの状況を調査してくれるの。真っ黒な蝶になって……』

『このまま入り込むと思っていたのだが。探査が優先か』

『当たり前でしょ? 私一人じゃ無理なんだから、まずは状況確認よ。それを確かめたら二人で向かうわ』

『なんだ? アズだけで行くのじゃないのか?』

『ルードヴィッヒさん……。もし見知らぬ人族の女が「貴方を助けに来ました」って地下に現れたとして、あなたなら即信用する?』

『――なるほどな』


 黒蝶からの報告が届くのを、教会の尖塔の先に座って待つ。トウモロコシの上はギザギザしてて隠れやすいね。腰を下ろす場所もあるしさ。


 城下を見下ろすと、ほとんど真っ暗だ。

 灯りは屋内で使うのが常識で、あっちの世界みたいに玄関灯なんてのは、こっちの庶民には贅沢な上に必要ないらしい。チラチラと灯っているのは、夜の商売街か飲み屋の辺りかな。

 そして、少し城へ近づいた辺りから、大きな通りに魔道具の街灯が並んでいる。街灯の始まりから円を描いて灯りを持った衛兵が石塀を巡回している。


「こちらの夜空は星が少ないわ。城下の灯りみたいね……」

『お前さんのいた世界は、そんなに空の灯りが多かったのか?』

「世界……というより、私が住んでいた国は、夜の空も地上も眩いほど光に溢れていたわ。あ、地上の光が強すぎて、空の灯りが目立たないくらい」

『ほう……それは、見てみたいものだ』


 ”星”と言う概念のない世界の彼らは、空にある灯りはきっと魔道具の灯りと同じだと考えているのだろう。天には女神が住んでいるのだから。


「――届いた。神獣は檻に入れられているわ。隷属の首輪と魔力封じの檻に。……え? あれ? そばに女の子も――ルード、この世界に妖精なんていないわよね?」

『ヨウセイ? なんだ、それは?』


 え? 通じてない? ってことは、妖精を翻訳できないってことかな? ”星”が空の灯りにすんなり翻訳されたから、妖精も大丈夫だと思ってたんだけれどなー。う~ん。


「樹や花や水や……自然の物に宿った意識って言うかー気配って……」

『お前さんが『お家くん』と呼んで話しかけている、あの家の魂の存在と同様の者か?』

「ああ! そうっ! お家君は体が家だけれど、人族の形をした別の意識……ん~っと魂が寄り添っているの」


 今知ったよ! そーだよ! お家君って、まるで妖精だ。シルキーって言うんだっけ? 座敷童とか? あまりに自然に在るから、そーゆー魔道の家! と思っていたわ。でもAIなんてない世界で、魔道具に意思がある訳ないんだよね? 先代の魔女たちの「そーゆーもの」って意識が、私に沁み込んじゃっているからまったく疑問に思わなかったよ。


『その様な者達は古代にいたと言われているが、今は見かけないな』

「じゃあ、なんだろう……。お家君と同様に女神様が遣わした?――あ、その子から声をかけられた」


 蝶の目が幼女を捉えた。

 美しい銀髪に翠水晶の瞳が蝶を見上げ、か細い声で訴えてくる。

 助けてと。苦しいと。

 私の中の憤怒が再び刺激されて、ゆっくりと膨れ上がる。

 この世界の人達は、なんなんだろう! いや、私がいた世界も同様の人間がいたしなぁ。


「さあ、行こうか! ルード!」


 蝶が開けてくれた結界の穴を、術を壊すことなく通れるくらいに引き延ばす。このくらいの結界なんて目じゃないけれど、今パレストで騒ぎを起こすのは得策じゃない。足が付かないように、少しでも時間を稼がないとね。

 結界内に入り込んだら、後は【転移】で蝶に導かれて地下へ。


『……なんとっ、酷なことをする!』


 巨大な鳥籠の中には神獣カーバンクル。その籠の扉には、幼い少女が鎖で縛られ磔にされていた。


「【聖域結界】【解呪】」


 鳥籠全体を結界に包み、幼女に掛けられている【封門の呪】と【隷属の首輪】を解呪する。

 こんなもの、私にとっちゃ児戯だっつーの! 肉体に掛けられた呪いなら慎重に解紋しなきゃだけれど、戒めその物にかかった呪いなら解呪で十分。壊れたって溶けたってかまわないしねー。つか消滅しろ!

 聖域結界のせいもあってか怒りにまかせて解呪をかける先から、魔力封じの檻がぐずぐずと溶けてゆく。そう、物理的に金属であろう檻が溶け出した。


『神獣カーバンクルよ。生きているか?』

『お……おおお、其方は霊峰ベナンの漆黒の王ディグシスかっ』


 神獣同士が声をかけ合っている内に、鎖から解放されて前のめりに倒れ掛かった幼女を抱きとめた。


「神獣さん、助けに来たわ。さっさと移動するわよ!」


 魔力を使い過ぎて省エネモードの小型になっていたカーバンクルを、ルードが魔法で持ち上げて私の肩に乗っけて来た。おーい……女の子もいるんだからねー。両肩に神獣を乗せ、両腕に幼女をお姫様だっこして飛んだ。

 まずは、【転移】で城下の借り家前。そこからまた【転移】でグランバトロ城下の廃屋。そして、最後の【転移】でお家の前。一発で家に飛ばなかったのは、捜索かく乱のため。


「はぁーーーーっ」


 すーはすーはすーはすーはっ。


 えーっと、家の前での深呼吸は同居人に怪し気な目で見られないようにとの自身への配慮でしたが、お家君に告げられて飛び出して来たリュースに、ばっちり見られていました。

 両腕両肩に荷物一杯にしてスハスハしてりゃ、まぁねぇ……。腕の中は女の子だし。

 胡乱を通り越して、僅かに軽蔑の念が混じった眼差しを送られましたが、それを見ない振りで家に入った。


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