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 記憶映像の黒く塗りつぶされた部分が鮮明になった途端、音声まで再現された。

 地に伏した魔女を腰を折って覗き込み、声や表情とは正反対の冷静な視線が観察している。


「はぐっ!!――はぁはぁはぁ……」


 意識が、精神が、慚愧と憎悪の泥沼に引きずり込まれかけた。

 必死の思いで抜け出して正気に戻った時、目前には気遣う暖かな優しさに溢れた空間があった。


「記憶が蘇った……不老不死の大魔導士と聖人は同一人物……よ。彼は……彼は、聖人の表の顔と大魔導士の裏の顔を持っていた。その裏の顔で魔女を狩っていたの……」


 声が巡る。青年期に入ったばかりの硬質な声音で、でも甘く腐って崩れ落ちる寸前の果実のような口調で残虐なことを楽し気に話す声が。そこには、いつも少しの嗤いが混じっている。

 嗤いながら吐く捨て台詞は、なぜか日本語。

 惨殺の刃にかかった魔女たちには、意味が通じていた?


「あいつは――まだ生きているわ。この世のどこかで安穏とした眠りを貪っている……」


 私の予言めいた語りに、アレクたちは口を噤んだまま私を凝視していた。

 記憶の中のあちこちに、ちらちらと浮かぶ誰か。

 薄汚れた旅装束にとても不釣り合いな魔剣を装備し、必死の形相で誰かに剣を振るう姿。そして、その姿はいつも大魔導士の側にいた。

 あれは、誰? 手にしている、あの魔剣は――。


「アレクが初めて私と会った時、手にしていた剣は魔剣?」

「ああ、ありゃ勇者の魔剣だ。すでに勇者の役目は終えたが、次代が召喚されるまでは俺が扱える」

「その魔剣って、初代が使った魔剣かしら?」

「そうだが……なんだ?」

「貴方は、何代目の勇者だったの?」

「俺は…三人目だ」


 ならば、あれは初代の勇者?   


 ――――不老不死の大魔導士――――


 このワードで、私の頭に残されていた真っ黒な封印が解除された。誰が魔女の記憶に封印なんてかけたかは、この際後回しだ。

 封印されていた記憶映像は、やはり代々の魔女が殺されたシーンだった。長く平和を守って来たのは初代魔女だけで、以降の魔女は陰ながら弱き者を助け、災いを防いで来た。けれどすぐに見つかり、追われ殺された。

 先々代の魔女辺りからあからさまに助けた者や他の民たちから裏切られ、災いを払いに現れたのに罵倒された。それでも魔女は、女神様の指示を受けて助けに向かった。

 あの旅の魔剣持ちの記憶は、初代の魔女の最後あたりから現れた。いや、あれは旅姿じゃないな。完全な戦闘防備姿で、大魔導士の傍らに。


「初代勇者は――魔女を狩るために召喚されたのよ。グランバトロの勇者が初代なんじゃない……本当の初代は、別の場所で大魔導士によって召喚されたの……」

 

 テーブルに伏せていた体を起こし、リュースが持ってきてくれた暖めたタオルに顔を埋めた。

 この気遣いにほっとする。


「なっ……なんだとっ!?」

「兵を借りた礼だってのも、たぶん間違いじゃないのかも。先代魔女の最後には、この国の兵たちもいたわ。彼女が……最後の魔女だったから、王族は邪獣討伐のために勇者を使いはじめたんじゃないかな?」


 魔女が消えてから召喚が始まったというのは、先代の魔女が倒れた後にグランバトロへ大魔導士が召喚陣を贈ったからだろう。

 国と大魔導士との間に契約が結ばれてたのか、大魔導士の単なる好意からなのかは分からないけど、気前よく各国にひとつずつ与えた。

 そして、大魔導士がグランバトロに勇者の召喚陣をと選んだのは、魔女の棲み処がある大樹海があったから。狩っても狩っても現れる魔女に、彼はもしかしたらまた……と思ったのだろう。

 いわゆる警備装置の設置だ。


「本当の初代勇者は、人前では《武神様》と呼ばれていたの……。魔女を倒すために天から遣わされた。それにね、あの魔剣はね……大魔導士、いや聖人様が創って渡したの。――人の命を啜って創られた魔剣」


 それだけ呟くと、私は気を失った。

 もう堪え切れなった。頭が心が、正気を保つために、欠片は私を逃避させてくれた。



 リュースに続いて寝込んだ私は、一週間も目覚めなかった。

 目を開いた時、そこには水色の髪を乱し、青ざめ少し頬のこけたリュースがいた。目元が赤く腫れているのに、また綺麗な紅色の眼から涙を零し「よかった……」と泣いた。

 気を失った私をアレクがベッドへ運んでくれたと聞いて、内心で悲鳴を上げたのは内緒だ。


「消え……アズが消えるんじゃないかと……凄く、怖かったっ」

「ごっ、ごめんねぇ」


 おおうっ、美青年に縋って泣かれるなんて、この後に経験できるか分からん! ちょっと役得! 

 足元からルードがトコトコ歩いて来て、胸元から私を覗きこんで来た。


『大丈夫か?』

「うん。体はなんともないの。精神的に少々無理したみたい。早く神獣を助けなきゃ」

『いきなりだな。もう少し養生してからで……』

「いいえ、神獣に話を聞かなきゃ。彼が全てを見て知っているはずなの」

『なんだ? その確信めいた物言いは』

「事実よ。先代魔女の最後に立ち会ったのは神獣カーバンクル」

『なに……?』


 ああ、身体中に何かが漲って来る。これは――憤怒だ。抑えの効かない怒りの炎だ。

 二人の不安げな視線を跳ね返し、がばっと身を起こした。


「リュー、お願いがあるの」

「なに?」

「私とルードが神獣を助けに行っている間に、早急に情報の山の精査を開始していてくれる?……辛い仕事になると思うけれど、お願いできるかな?」

「うん! まかせて!」

「昔の文字はアレクが読めるわ。召喚転移した者のギフトに必ずあるスキルを持ってるはずだから」


 看病用の水桶を持って立ち上がったリュースは、青白かった顔に血の気を上らせて部屋を出て行った。締め忘れたドアから、階下の物音が流れて来る。ああ、きっと私に食事を作ってくれてるんだなーと、胸がほこほこと暖かくなった。

 そんなリュースに、少し悪いことをしたなぁと自省した。

 全ての資料が揃ったら! と秘密の山を目の前に置いて、待てを命令された犬の様に触らずあたらず見守るだけだったリュースにとっては、きっと待ちに待っていたGO! の声だっただろう。チラ見したぐらいで怒ったりしないのに、なんでかイイ子で待ったりする。そーゆー所が、ちょいワンコっぽい。

 ……怒らせると、滅茶苦茶恐いけどね。

 さっきまで人事不省だったと思えない自分のパワーに、着替えをしながら呆れ笑った。同じような呆れ顔でルードが見上げて来たけれど、目を反らして無視した。


「ルードが気づいた範囲でいいから、神獣の状況を正確に教えて」

『おう。監禁場所は、王城の地下だ。俺では正面からの侵入は結界があって無理だったので、王城の脇から近づいてみた。猫の姿であれば、王城全体を覆う結界は潜れるからな。だが、王城その物へは侵入できない。なのでな、外壁沿いを回ってみたら、地下へ繋がっているだろう通気口からヤツの気が漏れ出ていた。細くはあったが、まだ無事だ』

「了解。私もそこから入らせてもらうわ」

『おいおい、それは無理だぞ? 猫の俺が入れるかどうかな大きさの穴だ』


 黒猫の鼻先に皺が寄る。それを指先でコシコシ撫でて、ピンと鼻先を軽く弾いた。


「私が入るんじゃないわよ。私の分身……現身が入るの」

『現身とは、あの蜘蛛か?』

「あれは蜘蛛にしただけで、何でもなれるのよ? 今回はもう少し大き目で行きます」


 階下からリュースの呼ぶ声がする。

 ご飯の匂いに誘われて、私たちは階下へと駆け下りて行った。


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