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三話目。
「では、私はその召喚に巻き込まれたと。それならば、私にご用がないようでしたら還してもらえませんか?」
「それは――」
「殿下、ここは寒うございます。聖女様がお風邪など召されては一大事。ご説明は別室に移られてからに」
「おお、そうだな。お二人には暖かく明るい部屋を用意した。そちらに――」
輝かんばかりの笑顔と共にフィール王子がアンナちゃんに優雅な仕草で手を伸ばし、舞台の数センチ前でぴたりと止めた。
その手に吸い寄せられるかのようにアンナちゃんは自らの手を差しだして重ねると、ゆっくりと立ちあがった。しわくちゃになった制服のスカートが、なんだか不憫。
「申し訳ありませんが、私は還してもらえるか安全を保障してもらえるまで、ここを離れません」
私はアンナちゃんを見送りながら、フィール王子に向かってきっぱり言い放った。
「アズさん……」
取られた手を引かれながらも心配顔で私を振り返ったアンナちゃんが、不安を滲ませた細い声で私に呼びかけてきたけど、それをあえて無視してフィール王子の反応をじっと待った。
途端にフィール王子の作り笑顔が消え、今度こそはっきりと険しい表情で睨みかえしてきた。
「そんな訳にはいかん! ここはすぐに閉じるぞ。そなたの安全は私が保証する!」
「口約束など信じられません。聖女様と一緒に召喚された私が何者かわからず、危険人物と思っていらっしゃるご様子がうかがえました。私のほうこそ、訳のわからない状況におかれて不安の中にいるのに詳しい説明もしてくださらず、その上勝手に誘拐しておきながら詫びの一つもないのに信用できると?」
寒くなんかないよー。今は私の全身を【障壁】って言う安心できる何かが包み、心地よい設定温度の中におかれてますよ。
「……誘拐などと」
黒ローブの一人が、苛ついた声を漏らしたのが聞こえた。
「誘拐でしょう? 私はここへ来たいと願ったことなどありませんし、召喚される時に了承した覚えもありません。私の意思を確認もせず強制的にここへ連れてきた状況は、どう考えても誘拐ですよね? 違うならすぐに元の世界へ還して下さい」
「それは……申し訳なかった。きちんとした詫びは、部屋を改めてと思っていた。信用契約もただちに交わそう。だから――」
「では、誓約書をここへお持ち頂けますか? 嫌なら、どうぞ引きずって連れていってください」
私は、ゆっくりと立ち上がって魔法陣の中央に移動し、腕を組んで仁王立ちするとフィール王子に対してにっこりと微笑みかえした。
「ふ、不敬だぞ! 小娘がっ」
騎士の一人が悔し気に言い放ったが、私はそれを聞き流した。
たぶん、私はあなたよりずっと年上だわよ。それを小娘って。久しぶりに聞いて、なんだか嬉しくなってしまったじゃないか。
「分かった。すぐに用意しよう」
王子はすんなりと諦めて、数人の監視を残して出ていった。
魔法陣の中へ彼らが入ってこれないことを私が気づいたと、今の態度で彼らは知っただろう。
入ってこれるなら来てみろ。
いまだ魔法陣は、脈動する光を放っている。
◇◆◇
なぜ安全保障の誓約書なんて作らせたかと言うと、単なる時間かせぎのためだ。
フィール王子がアンナちゃんに手を差し出した時、とっても不自然な距離で手をとめて、アンナちゃんがわざわざ手を伸ばすのを待っていた。
それを見て、もしかしたら彼らは魔法陣の中に入ってこれないのでは、と疑いを持った。これはうまく立ち回れば時間かせぎができるかもとピンときて、命がけではあったけど強気で交渉してみた。
思ったとおり、不敬とまで言っておきながら誰も陣の中に入ってこようとしない。
なぜかはわからないけど、彼らはこの魔法陣の中へ入ることは危険だと思っているらしい。だから、あの黒ローブはフィール王子に警告をした。
あれは私がではなく、魔法陣に近づくなと注意したんだ。
とにかく今はタブレットと向かいあい、一刻も早くその内容と魔法の使用方法を理解したかった。そのために時間が欲しかった。
監視のために残された黒ローブ二人とフルアーマーの騎士二人が、大扉の前に陣取ってずっと私に鋭い視線を送ってきてるけれど、私はそんな彼らを無視してとにかく作業に没頭した。
まず最初の目的は、この部屋からの脱出と城からの逃走。加えて、容姿を偽装か擬態する魔法はないかと探してる。
角括弧で囲まれている部分はどうも隠匿されている項目らしく、スキルのその項目を軽く凝視すると、その下に同じく薄い色で一気に各スキルツリーが表示された。書き換えのような変化はすでに終わっていて、その下には嫌になるほどたくさんのスキルが並んでいる。
ポップアップする詳細すら専門用語の羅列で、その手のジャンルに慣れていない私には厄介なシロモノとしか思えなかった。
それらをじっくりと検討し、第三者に誘拐あるいは抹殺されたと王子達に錯覚させて、その混乱に乗じて城から脱出する計画を練った。
ん~んんっ? あはっ、あははは。これならどうよ! と思うスキル発見。
使うは【時限発動】【闇属性結界】【擬態】【認識阻害】【偽装】の五つ。
これをどう使うかは、乞うご期待。上手く行くかは神のみぞ……じゃなく女神のみぞ知る、かな?
そして、最後に調べたギフトの【魔女の遺産】だが。
何かと思えば、山のような謎アイテムと気が遠くなりそうな量の新旧様々な硬貨を含んだ金銀財宝が【亜空間倉庫】に詰め込まれていた。
そして叡智の水晶なる、過去に実在した魔女達の知識を圧縮した記憶媒体。
これを割ることで、その知識がインプットされるアイテムらしいのだが、インプット所要予測時間が長い。なので、後回しにした。どうも、睡眠学習みたいで「お休み直前推奨」とのこと。こんな所で寝てられない。
さて【時限発動】の条件は、魔法陣を完全に出た瞬間に設定。発動スキルは【闇属性結界】で。少しだけ遅れて私自身に【擬態】と【認識阻害】の二重がけ。
それらを条件欄に、イメージ添付で書き込む。手で書き込んだりしなくても、脳内に浮かべた文章や鮮明なイメージを送れば、そこに勝手に呪文が刻まれる。だから、監視連中の目には、私は腕組みをして仁王立ちしてるだけにしか見えない。
ただ、よく見れば、目線がちょっとイッちゃってるように見えるかもね。
ところで、聖女様のアンナちゃんだが、私に後ろ髪を引かれながらもフィール王子様に手を取られて、しずしずとこの部屋を出ていった。
私をフォローする様子も言動もなく、ただ不安げにちらちらと視線を寄こしながら彼女はこの場を退場して行った。
私は自分のことで精一杯だから、あえてこちらからアンナちゃんを呼び止めはしなかった。あっちは多少不自由になるだろうが、私のほうは色々なものが危機的状況なんだ。悪いが、自分を優先させてもらう。
だって、前代未聞の聖女以外の召喚者だよ? 少し年がいってるかもしれないが、異世界の女だ。命の安全を保障してくれたって、それが ”身” の安全とは限らない。
生臭いな話だが、生きていればが前提で後はどんな扱いを受けるか知れたもんじゃない。
異世界人の女とくれば、珍獣扱いで王家か貴族に飼い殺されるか、はたまた危険視されて牢に幽閉のどちらかが妥当な行く末だろう。ここにいる限り、どんなに抗っても、自由な身になれないことは決定だ。
あちらの世界へ戻れないなら、こちらの世界では自由にさせてもらいます。
どーせ聖女じゃないんだから、用無しでしょうし?