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「Lvが低くてもいいから【鑑定】で視て。修行になるから」
さすがに「経験値が入ってレベルが上がるよ」とは言えないよね。
ステータスなんて、【鑑定】系スキルがある人しか見ることのできない情報だ。ほとんどの人が、自分のステータスなんて一生知らないままだ。
でも、ここには師匠の私がいて、弟子のリュースがいる。
それでは、やってみますか。
倦怠感が残っているだろうに、リュースが【鑑定】を発動したまま期待の目で謎の封印を凝視してるしね。禁書庫同様に、術を解除することはせずに忍び込む方向で。
【開 門】は、一種の時空間魔法だ。
ただ、この世界に存在するA地点からB地点への距離空間を短かく切って魔法陣を通じて繋げるだけの【空間移動】や【空間門】、魔力のみで空間を飛ぶ【転移】とは違い、世界の理に頼んで他者の魔法が発動している空間を避け、別時空を引っ張って来てトンネルを通すスキルだ。これで他者の結界や封印などを解除せずに、相手に感付かれることなく術を無視できる。理に接触できる私しかできない。ドヤァ!
ただし、ごっそりと魔力と体力を消耗するのがなんとも……。
いくら無限でもね、瞬間的に大量消費すると。大きな負担がかかるのよ? まぁ、疲労感や一瞬のめまい程度だから、深呼吸三回分くらいで戻るけどさ。
……それよりも、理に接触するための文言詠唱が、すっごく恥ずかしい。厨二病って言うんだっけ? その病の臭いがプンプンしそう。
リュースを背にして、小声で詠唱して、
【開 門】
へにゃっと脱力して、ヤンキー座りで耐えた。すーはーっすーはーっすーはーっ!
「アズ! 大丈夫!?」
若いにぃちゃんのフレッシュな……じゃなく、これは深呼吸だよ!?深・呼・吸! はい! 復活!
何事もなかったように立ち上がった私を不安げに伺って来るリュースの純粋な眼差しは、今の私には眩しい~。
「さー行こう! 向こうに何があるが分かんないから、十分警戒して!」
ほの暗く光っている封印の陣の中央に、アーチ型の穴がぽっかり開いていた。その向こうには、薄暗い谷の隙間が奥へと伸びている。天井の隙間からわずかに差す陽の光を当てにして、絶壁に挟まれた通路へと私たちは足を踏み入れた。
一方を封印しただけの通路なのに、おかしなもので空気が淀んでいる様な息苦しさを感じる。絶壁の圧迫感から覚える心理的負荷なんだろうけれど。前方に小さく見える出口の光がなかったら、気の弱い人間なら引き返したくなっただろう。
足早に先を急ぎながらも、その天然のトンネルの壁面を観察した。同間隔ごとに灯りを設置する器具らしい痕跡があったが、今は使われている形跡はなかった。そりゃ出口は封印されてるんだから、この通路を使用する者などいないだろうさ。それでも…誰かが、最近まで存在していた証しを見つけたかったのかも。
「ここを通って、聖人様は《赤目の民》の集落に行ったのかな?」
無言で歩く心細さか、リュースが頼りない声で呟いた。
「そうなんだろうね……」
揺れる心境がそのまま音になったようなコダマが、響いて消えて行った。
点だった光が段々と縦に伸びて、光の三角形になった頃、どちらからともなくホッと安堵の溜息を漏らして笑い合った。
暗がりに慣れた目が痛いほど眩しい。目を眇めながらトンネルから出ると目前に広がった光景に、二人同時に息を呑んだ。
――そこには、牢獄の廃墟が広がっていた。
「ここ……なに?」
喉に詰まった言葉が上手に出ない。いきなり加速し始めた鼓動が、耳の奥で響いて煩い。それでも、どうにか出した声はしわがれ掠れていた。
広い通りが前に続いていた。
その両脇には、何本もの錆びれ果てた槍が立ち並んで列をなしている。狭い間隔で並ぶ槍は、まるで人を寄せないためのフェンスのようだ。
その後ろには、赤錆に覆われた鉄格子の巨大な箱が道沿いにいくつも置かれ、奥に向かって長々と続いている。
槍と檻によって作られた道。
檻の中には丈の短い草が生い茂り、その葉陰に白々と陽光に照り返ったナニカが無数に転がって……。
「人骨だね……あれは」
人の物だと調べなくて分る形状の頭蓋骨が、数えきれないほど無造作に転がっていて、他の部位だろう骨も檻の中一面に散っている。
どう見ても弔いの痕じゃないことが伺える。それは見せしめのための、放置としか言いようのない光景だった。
口に出すこと自体が無情かと思えたけれど、見なかったことにはできない代物だった。
檻の列で出来ている道を、なるべく中央を歩いて進んだ。どれもこれも錆びて風化し、天井が落ちた物や格子が欠けた物ばかりだった。それでも白い骨たちは陽に照らされて白々と光り、青い草むらの中で存在を主張していた。
「あの骨になってる……人たちは、誰? 罪人?」
リュースの顔からは表情と血の気が去り、肩が小刻みに震えていた。前に出す足も、少しづつのろくなって行く。
【鑑定】をかければ正体はすぐに知れるが、私たちはそれができないまま奥へと向かった。
もう戻ることはできない。――逃げてはだめ。
唐突に切れた道の先は、崩れ落ちるままにされた集落の廃墟だった。どの家も質素な佇まいだったことを思い起こさせる木板の屋根の平屋で、今では石積だった名残しかない井戸を中心に、それらはぐるりと立っていた。
私を置いて、リュースが一軒の家へと走り寄って行った。崩れかけていたが、まだ出入口もはっきりと残った家だった。その中を、恐る恐る覗き込んでいる。
「リュー…」
「なんにもない。家具も何も……皿の一枚もないよ」
その声に、私も別の家を覗きこんだ。
しんとした家内には、ただ部屋の広さだけの土の地面があり、通常なら家の中に設えるはずの煮炊きする土間さえもなかった。そこを出て、次々と家を回る。どこも全てが無い。沿道の有様を見ていなければ、家財道具を持って集落を去ったのかな?と思えるほどに。そうだったら、どれほど安堵できたか。
「アズ!」
鋭い声に振り返ると、中央の井戸を覗きこんだままのリュースの背が見えた。そっと側へ行くと、顔も上げずに井戸の中を指さす。
穴の中には、やはり真っ白な人骨がぎっしりと詰まっていた。
「なんなんだ!? ねぇ、アズ! ここが一族の集落だって聞いてたんだよ!? 違うの?」
「……違わないよ。リュー、この人たちは、みんな《赤目の民》だった人たちだよ……」
「なんでこんなことに!? みんな……が悪いことをした罰かなにか!?」
何度も深く呼吸を繰り返して気を静め、あえて【看破】と【解析】を発動した。
この一帯に散らばる人骨のすべてが、《赤目の民》と称する人々のなれの果てだった。そして、すべての人達が、歪な力で命を刈り取られていた。刃物や魔法で殺されたんじゃなく、何か驚異的なモノに魔力も生命のエネルギーも血も啜り狩られた。
百人以上の住人の情報が、視界を流れて行く。老若男女誰一人として自然死した者はいなかった。
建っている家の数と整合しない死者の数。家とは言いづらい建物の内装。まるで奴隷の収監所だ。
苦悶の声が、怨嗟の声が、情報の文字の流れから溢れてくるような錯覚を覚えた。
「誰……誰に殺されたの!?みんな!」
「――何かに喰われた」
天を仰ぎ見る。そこには女神も神もいない。




