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「今も聖人様はいらっしゃるのですか?」
「彼の方はすでに天にお帰りになり、それ以降はご降臨なさいません。なさるとしたら、またこの国に災いが訪れた時でしょう。今は建国からずっと幸いの地ですし」
むむっ! 天に還ったか! それは、亡くなったのか帰還術で帰ったのか、どっちなのさ!
「最後にお聞きしたいのは、女神様を祀っているこの国ではなく、なぜ別の国で聖女様の召喚がなされているのでしょうか?」
「ああ、それはですね、彼の国がとても魔が溜まりやすい土地を領土にしておるため、女神様のご配慮なのですよ。我が国は、女神様の慈愛を独占するつもりではありません。どの国であれ、教会のある所が我が女神様のお国ですから」
宗教関係者を相手にするのは、こちらにとって分が悪いなぁ。なにしろ他者に語ることが商売だから、言葉選びにも本人にも隙がない。
知識として欲しい回答が、宗教の教えとして返って来るのが……なんともまどろっこしい。
しかし、これで表と裏があると分かった。ええ、家探しさせて頂きますよ?
ただ、帝国と違って宗教国だからか、なんだか城の中には魔法使いが多い気配がする。ことに光属性が多いから、重要な場所に固い結界が張り巡らされているだろうことは、すでに察知している。
でも、森羅万象の魔女としてチートを大盤振る舞いさせて頂くわね。
パレスト側が用意してくれた部屋は、なんと城内ではなく別棟になる修道女たちの宿舎だった。アレクと外交官・書記官は貴賓になるためか城内に部屋を設けられたが、護衛騎士は修道士と助祭の宿舎だった。
外からの侵入になるなーと悩みはしたけれど、アレクに会いに行って時間を作ろうかと。帝国の時同様に蜘蛛を放ってあるので、城内で迷うこともないしね。
部屋へ戻ると、リアンがそわそわしながら待っていた。話しを聞くと、修道女の方々がお世話係を申し出てくれるので、どうしたらいいかと迷っていたようだ。
私は、それを了解してリアンには自由行動を勧めた。付き添いを申し出てくれた修道女たちが、リアンを囲って楽し気に外出の予定を話している。私は笑いながらそれを見送り、アレクの部屋へと向かった。
客間に案内されると、アレクは小綺麗な居間でぐったりとだらしなく伸びていた。
「どうしたの?」
「綺麗な女がいない……」
「あほか。ここは城という名の教会だよ? 着飾った淑女が、そこら辺を闊歩してる訳ないじゃない」
私の非難にアレクは舌打ちすると、今度は私に意味ありげな視線を向けた。
「商会まで付き合って。中流街なら綺麗なおねぇさんがいると思うわよ?」
「おう!護衛はまかせろっ!」
いきなり張り切り出したアレクに外出の報告を任せて、護衛騎士一人を引き連れて城を出た。
彼にも自由行動OKと話してあるが、職務に忠実な彼はアレクから離れない。それでも私が商会へ入って行くのを見届けると、アレクと共に高級な飲食店街へ消えて行った。
「――これにサインを。こちらは確かに代金を頂きました。必ず先方にお渡しします」
「よろしくお願いします」
にこにこ笑顔の番頭さんに荷を渡して代金を受け取る。こちらへ出向くついでに任されたと伝えてあるために、生産者に関する話題は出さない。徹底した教育ですなー。うん。
お茶を頂きながら、私はこの王都の話をし、何気なさを装って借り家はないかと尋ねてみた。すると店の裏手奥に、商会が持っている空き家があると案内してくれた。仮の倉庫兼宿泊施設のつもりで店舗と共に買い上げたが、手前が空き地になり大きな倉庫と従業員寮を作ったことで必要なくなったという話だった。
「是非、貸してください!借り賃はいかほどに?」
「ああ、タダでお貸します。なんたって輸送を承って下さってるのですから。お好きにお使いくださいとお伝えください」
良かった! コーヒーの輸送人が寝泊まりする部屋って理由を出して! これで、リュースも気楽に顔を出せるわ。
平屋の小さな家は、何もない部屋二間と水回りで、思いのほか綺麗に保たれていた。鍵を預かり、上手くいった嬉しさに土産や買い物の財布の口も緩んだ。その夜は、城側の晩餐を受けて楽しく食事を終えて部屋に戻り、夜中に借り家へ転移して、空間門の設置と一時帰宅をした。
寝入っていたリュースを起こして鍵を渡し、転移門の設置を知らせた。まだかまだかと待っていたらしいリュースは、安堵の笑顔を私に向けた。
「王都内だけなら行動できるから、好きな時に使って。ただし、門の外はまだだからね? 待てない場合は、自己責任で」
私もリュースも大陸共通の身分証明の札を持っている。出入りまで確認できるような魔道具はまだ発明されていないから、証明と犯罪歴の確認魔道具に触れるだけですむ。
だからといって油断は禁物だ。リュースは【偽装】魔道具を随時身につけて行動するため、誰に看破されるか分からない。光属性の魔法使いがたくさんいる上に、大陸一の差別国家だ。
ことに《魔族》に関しては――。
前日はアレクが城内を案内され、翌日は私が大聖堂側を案内されていた。
遠くから見た時は、左右対称に建った尖塔の群れの半分が王城で半分が大聖堂なのだと思っていたけれど、実際は正面の尖塔の群れ部分が教会施設で、奥に続く堅牢な石造りの要塞が王城だった。そりゃー正面からだけ見た私が誤解するのも無理ないよね。
なんでも、王城部分は無事だった旧パレスト城で、王の宣言に則り女神様を頂点にするため正面に大聖堂を建てたのだとか。聖堂といっても王が執務をする場所でもあるから、正しくは宮廷になる。
その実、奥の王を護る盾でもあるんだけどね。
明るく朗らかな青年助祭のクリス君は辺境生まれの光属性魔法使いで、辺境を回る巡回治療士団の一員なんだそうだ。
「昔、辺境の谷に《赤目の民》と呼ばれた一族がいて、聖人様に従者として迎えられた。というお話を北にて聞いたのですが?」
若い助祭が知っているのか、知っていて否定するのかを確かめてみた。
「《赤目の民》……ですか? それは《魔族》では?」
「いいえ、私の聞いた昔話では《赤目の民》と。ただ、とても多い魔力持ちの一族とも聞いたので《魔族》と呼ばれる人たちの先祖かもしれませんが……」
「う~ん……聞いたことのない話ですねぇ。聖人様が成したことは、いつも王のお傍で助言をなさっていただけで、自らが他者をお傍に求めたようなことはないと思うのですが。その上に魔族など。もっての外です」
《赤目の民》どころか、従者にしたって話すら伝わってないってことは、リュースの聞いた話しが単なる作り話なのか、教会側が『もっての外』ってことでなかった事にしたのか。魔の使いの魔族ってだけでなく、その従者を嫉妬から殺したのは王室側の魔術師だしね?
聖堂の身廊を歩きながら話している内に、内陣の前に着いた。天井を見上げると、あちらの建築様式と似た多面体のドーム天井になっている。そして、内陣にある祭壇もだ。十字架といい尖塔の群れといい大聖堂の作りといいあちらの建築を再現したとしか思えない…。
「この建築方法は、どなたが考案したのですか?初めて見る様式ですが…」
天井を見上げながら、ぐるりとその場で回って尋ねた。クリス君も一緒に仰のいたまま答えてくれた。
「この建物は聖人様が考案し、新王国の初めの事業として国中の腕利きが集まって建てました」
「長い時間がかかったのでしょうねぇ……」
「はい。初めに後部の王城を再建し、戦場となってしまった前面を清めて着工となり――およそ五十年強と言う歳月がかかったと。完成の時、聖人様はすでにお還りなっておりましたので、お見せしたかったと…」
「それは……聖人様はいつごろいらして、どれくらいの間こちらに留まってくださったのですか?」
「ご降臨から十年ほどです。役目を終えられたと王に伝えると、天へ消えたと伝えられております。今から五百年ほど前のお話です」
十年間しかいなかった聖人。五百年ほど前と伝えられている――となると、十年のズレなんて五百年強の前ではちょっとの誤差でしかない。
召喚された年は分かるはずだ。旧パレストが勝利した年だ。そこから十年なのか……本当に十年なのかが問題だ。
天井から窓へ視線を移し、そこに嵌め込まれたステンドグラスらしき物を見て息を飲んだ。ガラスと呼んでもいいのか別のモノなのか分からない。
この世界の現在、ガラス窓は確かにある。けれど、それは王侯貴族や大商人の占有品で、それすらも泡の入った透明ガラスだ。庶民が目にするガラスなんて、ポーション瓶くらいだ。それも、兵士や騎士あたりが持ってる物を見せてもらえればの場合。色ガラスなんて、まだ先の開発商品だろう。一瞬混乱しかけて【看破】を使いそうになり、クリス君の存在を思い出して慌てて留まった。
その挙動が可笑しかったのか、クリス君がニンマリと笑んだ。
「初めてご覧になった全ての方々が驚かれます。あれも聖人様がお作りになった、女神の光と呼ばれる窓です。聖堂が完成する前にお作り下さり、窓をあれに合わせよとのご指示でした」
「何で出来ているのですか?」
「分かりません。どなたが視ても、何の材料でお作りになったのか判らなかった様です」
「凄い……とても美しい色ですね」
謎の聖人様が設計した大聖堂とステンドグラスの窓。これはどう見ても、あちらの人間だ。
「聖人様は、どんなお姿をしていらしたのですか?」
「あそこを――あの窓が聖人様のお姿です。天に還っても、いつまでもこの世を見守れるようにとのお言葉でした」
クリス君の指先を辿って、一番端のアーチ窓を見た。




