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「アズー、荷造り終わったよー」
リュースの呼び声に居間に戻り、部屋の中央に積まれた荷物をインベントリに叩き込む。
コーヒーが入った袋に各種書類。
「まず店員にこの証明書を見せて、商品と代金を交換。受け取ったお金は、その場で即確認。で、この領収書にサイン貰ってきてね」
「ほーい」
悩みがひとつ解消したせいで、リュースから頼まれた面倒なお仕事も気持ちよく引き受けられた。
「では、再度いってきまーす」
さあ、配送のお仕事とスパイの二足わらじ、がんばりましょ!
滞在二日目の夜も、書庫へ忍び込ませていただいた。
今度は【看破】と【捜索】を展開してみた。術の二重展開をして【捜索】に検索ワードを書き込む。それを使ったせいか【捜索】のツリーに【範囲指定検索】が生えた。
うわーい。ここからここまでって視線で範囲を設定すると、勝手に検索してくれる、頼もしい奴が仲間に増えたよ。
それに気を良くして、書庫の後に重要書類が収められている公文書庫へも入ってみた。
「見つけた……」
なんと、召喚術に関する取説みたいな古い書があった。それを複写して、今夜は終了。
翌日は出立の日で、宮殿に別れを告げたその足で城下の高級宿に一泊する。
先が長いし、さすがに皆のストレス解消しないと。ってことで、宿泊にして、各々が自由行動にした。
私はアレクと共に教会へ赴き、宮殿から連絡を受けていた司教の説明を聞いて墓参りだ。
日本人神子の名は、サトル。サティと呼ばれ、二十三まで神子を務めあげて教会に身を寄せた。他の神子は全員が貴族の養子になったが、彼は髪と眼と肌の色が異質だとかで、引き取り手がいなかったと言うようなことを、司祭は回りくどい言葉で教えてくれた。
力を失った神子なんて、ただの人だからね。
でも、教会ではそれはそれは献身的に勤めを果たし、平民の信者に最後まで慕われた人格者だったそうだ。
召喚者は長生きなはずなのに、なぜ神子は普通の人たちと変わらない寿命なのかと司教に尋ねると、神に愛される者は幼く清らかな精神の持ち主でなければならず、小さな身体で召喚されるゆえに、長く保つ加護までは与えられなかったのではないか、と推測混じりに返された。
もしかして、聖女もそれほど長生きじゃないのかも? そう思い至って、アンナちゃんが心配になる。
立派な墓に花束を捧げ、心の中で安らかな眠りをと黙祷した。私の後ろに立っていたアレクも、珍しくしかめっ面で黙っていた。
宿へ帰る途中で商会へ寄って、コーヒーを届けてサインと代金を受け取り、近くに貸家はないかと相談を持ち掛けた。
配達人がゆっくり一泊し、他の荷物も置いておける一軒家がいいと伝えると、番頭さんがすぐに知り合いから町外れにある物件を借りてくれ、案内と鍵を預けてくれた。
その後は宿で待ってたリアンと一緒にお土産を買いに街へ繰り出し楽しんだ。遠慮する彼女に小型の魔道具袋を渡して、思い切り買い物三昧させました。
やはり女同士の買い物は楽しいねー。護衛に一人だけ付いて来たロン君にも、お姉さんは豪華な昼食を奢ってやった。
そして、翌日からまたきっつい馬車の旅だ。それでも山越えがない分、道も割と整備されてて助かりはしたよ。
途中で休憩を取り、インベントリ内の食べ物を並べて勧める。コーヒーとチーズは、誰もが手放しで貪り食うのには高笑いだ。リアンがミルクと砂糖たっぷりのカフェオレを口にして固まり、チーズを乗せたラスクを食べて美味さにジタバタしてたのに萌えましたが、なにか?
凝り固まった身体をほぐしてまた馬車に乗り込み、お尻の痛さに涙を堪えながら宿に到着するのを待った。
この世界の平民は、近くの町や村に行くことはあっても、ほとんど生まれた土地から出ることはない。その近距離移動の手段は、日に一回から三日に一回来るらしい乗合馬車を使うか、己の脚を使うしかない。
それに対して、長距離移動をするのは商人や傭兵、後は流浪民と呼ばれる吟遊詩人や修行中の修道士くらいで、彼らは商売に使う荷馬車か馬か徒歩だ。
私が乗っているような洒落た箱馬車は王侯貴族の移動に使われる物で、ここまで長距離になる旅は公式外交の旅くらいなんだとか。
それに、こんなに護衛が少ないのも珍しい。護衛が少なく女が乗っている貴族用の馬車となると、必然的に悪い奴らの的になる。領地から領地へのちょっとした空白地帯や森林地域に入ると、こそこそぞろぞろ出て来る。
でもご安心。馬車を止めることなく、英雄様のキツイ一発で問題解決です。
長く生きて来たアレクには、情け容赦なんて言葉は彼の辞書にはない。まったく躊躇することなく人族相手に剣を振る。私は、それを黙って見送るだけ。顔色を悪くするリアンの口に、ミントあめを放り込んで。
グロシアンの帝都カザングーンを旅立って十日余り。
ようやくパレスト神聖王国に入国を果たし、がらりと変わった光景に我々は驚きを隠せないでいた。
とにかく村でも町でも必ず教会がある。どんなに小さい集落にでもだ。
教会は決まって真っ白な建物で、屋根の上に妙な十字架が立っている。
それを見た私の感想は、TVアンテナみたい……だった。
だって、私の知ってる十字架の横棒の下に、少し短い横棒が二本追加されてるんだもん。漢字の三を逆さにして中央から縦線を描いたみたいな絵面、と言えば分かり易いか。
で、それから三日後に到着した王都には、城とは言いがたい荘厳な建物が聳え立っていた。
「あれ、大聖堂じゃないの?」
王城だと何度もグレンとチャイルスに念を押されたが、そう言われても信じられない光景だった。
どう見ても私の目には、ケルン大聖堂やサグラダ・ファミリアなどのゴシック・モダニズム建築的聖堂教会にしか映らない。あのトウモロコシみたいな尖塔が大小何本もそそり立ち、ずらずらーっと無数に並んでいる。そして、その建物全体が真っ白な上に、中央の尖塔に巨大な例の十字架がどかっと刺さっている。
馬車の窓から身を乗り出して、ほえ~っと眺めっぱなしだったのは仕方ないよ。樹海なんて田舎に住んでるんだしさ。
「王城ではありますが、教会自体もあの建物の一部としておりますから……まさに宗教国家です」
「対外的には国王になりますが、統べる方は教皇であり法王様です。正式には神聖パレスト法王国になりますから」
「教名は、パレスト教なの?」
「いいえ、祀るは女神フェルディナ様です。フェルディナ教と」
変なの! なんで、女神様を奉ってんならパレスト法王国なの? と思っていたら、それが顔に出てたのかチャイルスがすまし顔で付け加えた。
「国名に女神様の御名をつけるなど! という訳で、表向きは旧パレスト王国からパレスト神聖王国と。法王様はパレスト王家の直系血族ですし、信者ではない国民も住んでおりますからね」
「へー、一人のお方が王と法王を兼任してるみたいな形なのねー」
「ええ、政治と宗教は別になっていると争いの種になると」
それは凄く理にかなった理由だ。政教分離と向こうの世界では良いことのように言われてるが、あれはどちらにも頭が存在しているから揉める材料になっていたんだ。分離しても、教会側が王族側の弱みを握ったりしたら、元の木阿弥だ。
建国から頭が一つなら上手く行くだろうさ。
こうして、私たちは、真っ白な宮殿みたいなお城へと向かった。
パレスト神聖王国は、旧パレスト王国が周辺の小国による属国連合に攻め込まれ、王城陥落直前に逆転勝ちした後、生き残った第二王子が戴冠し、新たにパレスト神聖王国を建国した。
なぜ、今まで続いた絶対君主制の王国が、いきなり宗教国家に鞍替えしたのか。
「第二王子のリガルド様が熱心な女神様の信者で、王を頭に頂くのではなく女神様を頂点とした国を創ろうと。さすれば人同士の争いもなくなり、女神様の教えの下で国民は心豊かに過ごせるだろうと申しまして」
私は、うんうんと大げさに頷きながら、向かいに座る白いローマンカラーのシャツにアルバのような裾の長いガウンを纏った大司祭が、滔々と語る建国の歴史に耳を傾けていた。
「思い切ったものですねぇ。でも素晴らしい……」
「女神様のお力が、リガルド様をお助け下さったのです」
「具体的には、なにかあったのですか? 大逆転の勝利の要因は、天からの奇跡とか?」
私が真剣な顔で突っ込むと、大司教はすごーく胡散臭い微笑を浮かべた。
「はい。王国の危機に瀕し、リガルド様の命を懸けた祈りに女神様がお応えくださり、聖人様がご降臨くださいました。そして、天の御力を示して敵を退けお救い下さったのです」
はい、出ました。聖人様が。
滅んだ別の国が召喚したのかと思っていたが、旧パレスト王国の第二王子が行ったんだね。
陥落寸前の王国のために、イチかバチかで聖人を召喚してみたのねー。
「聖人様は、その時だけご降臨なさったのですか?」
「いえいえ。勝利の後、新たな国を樹立なさった際の戴冠の儀で、リガルド様の頭上に戴冠なさりもしましたし、国作りの助言もなさいました。聖人様は《神の代弁者》でしたから」
「神の……? 女神様では?」
「女神様が神様に願い、聖人様を遣わせて下さったのですよ。本来、女神様が遣わすのは聖女様ですから、戦いに勝ち、国を復興するためには聖人様でなければと思って下さったのかも知れません」
「なるほどー」
手強い。この大司祭は、ずっと『降臨』とか『遣わす』としか口にせず、『召喚』というキーワードは絶対に言わない。
聖職者だからかな?
大陸中に、聖女も勇者も召喚されて来るってことは公になっているのに、だ。だから、試してみたわよ。
「聖人様も、聖女様や勇者様と同じく召喚の儀でいらっしゃったのですよね?」
「……ご降臨なさったのです」
うう~む。鉄壁だ。顔色一つ変わらないよ。




