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私の催促に、リュースはワインで喉を潤わせるとカップを置いた。
「うん。僕らの一族はね、《赤目の民》と昔は呼ばれていたんだ。先祖は今のパレストあたりにあった小国の辺境に住んでいて、その集落の民たちは血が繋がっている訳じゃないのに、皆が赤い眼をしていて魔力を大量に持っていたんだ。聖人様は、その小国の教会にご降臨なさって、国中を慰問して回った。そして《赤目の民》の集落にいらした時、村一番の魔力持ちを旅の従者にと召し抱えたんだ。赤目の従者は聖人様を命をかけて護った。でも、そんな田舎者が聖人様の一番近くにいることを許せなかったとある魔術師が、従者を罠にかけて殺した。それを嘆いた聖人様は国を見捨てて天へ還った。これが、昔から言い伝えられてる話しだ。もう……純粋な一族は少なくなってて、この話を知ってる者はほとんどいなくなったけどね。僕らは《赤目の民》だ。魔族なんかじゃない……」
「ええ…そうね」
魔女と武神と聖人と《赤目の民》――なんだろう。この歪な繋がりは。
なぜ、南の国々にだけ魔女の最後が語り継がれてるの?天から召喚された武神なんて奴まで出来て。北では、今でもどこかに魔女はいると思われてるのに。
聖人の話しもそうだ。小国に召喚されて、わずかな間しかいなかったにしても、聖女たちと同じ召喚者なのに知る者がわずかなのもおかしな話だ。
リュースの話しは、一族だけに伝わる名誉ある言い伝えだから残されてきたんだろうけど、それにしても《魔族》と忌み嫌われるようになったのが解せない。魔女も《赤目の民》も、誰かの悪意のネタにされたような?
それに天に還ったって……帰還術があったんだろうか?
「ねぇ、南の方では聖人って割と有名なの? こっちの勇者や聖女みたいに」
「ん~、パレストあたりだけじゃないかな? 聖人様のことを知ってるのは。何しろ、さっきの話しに出て来た人だけだったみたいだしね」
「やっぱり現地へ行って調べてみるしかないかー」
リュースの話の中に出てきた『小国』って、パレスト王国のことだろう。聖人が見捨てたパレスト王国が消えて、パレスト神聖王国が立国した。
王族だけじゃなく神職者も協力して建国された宗教国家だ。それこそ聖人召喚を『なかった事』にはされていないだろう。むしろ、それを旗印にしていただろうし。
ただ、召喚についての詳しい内情は、秘匿されてるかもしれないけれど。
最初の衝撃が過ぎたせいか、リュースの顔に穏やかさが戻った。ワインの酔いもあるのか、頬が薄っすら赤みを差している。
「アズ、パレストへ行くなら、僕も同行したい」
「ええ!? どうしたの?」
「……アズの話しを聞いた後に自分で聖人様の話しをしながら、なんだか妙に納まりの悪さを感じたんだ。どこか腑に落ちないって言うか――アズの話しを聞いてなかったら、きっと感じなかったと思う」
「そっかぁ。でも、危ないんだよ? パレストは大陸中で一番の差別主義国だし。それにコーヒーの卸しはどーすんの?」
できれば連れて行きたい。住んだことはないんだろうが、もし他の《赤目の民》と出会った場合、リュースがいれば難しいことにならないだろう。
それに、彼が感じた『収まりの悪さ』を現地で探して、それが情報を得る道の一つになるかもしれない。
でもなー、もうリュースを差別による虐遇の中におきたくないのよねぇ。やっと、そんな生活から離れて健全な明るさが戻って来たのに。
宗教国がもっとも差別を助長してるって、ホント最悪だわよ。
「じゃあさ、私が先に行ってどこか安全な場所に【空間門】を設置する。それを使ってリューは行き来するってのは? その間に、仕事を進めておいてくれればありがたい」
「うん! それならいいよ」
良い笑顔で了解してくれたリュースと、ワインの残りで乾杯した。
調査遠征への旅たちの日が迫り、リュースとの細かい仕事の段取りも決まりがついてきた。
コーヒーの出荷のために、空になっていた倉庫の扉に多方面への双方向転移の陣を描き、その使い方や往復などの説明と練習をさせた。
今はまだ、グランバトロの王都にある廃屋とアルセリア共和国のリュースの家の二カ所だから簡単にすむけど、これからは私が行く先々でまた繋げることになる。拠点が増えた分だけ制御が大変になる。他にも薬草園や畑、コーヒー豆の製品作りだ。
もう五体投地の勢いで頼むしかなかったけれど、リュースは笑顔一つで頷いてくれた。
そんな多忙の中、おバカ英雄が拗ねて居間の真ん中で転がっていた。どうしてやろうか! この122(推定)才児が!
「俺を! 連れて行け! 元勇者だ。役に立つぞ!」
「あんたが行ったら、公式外交になっちゃうでしょ! 私は戦闘をしに行くわけじゃないの! 隠密調査に行くの! 勇者の称号持ちは必要ない!!」
「非公式外交で行って、英雄様がパレスト陣営の注目を集めてる内に、アズはそれをやりゃーいいだろう!」
う~~ん、それも一つの手かなー?
拒絶せずに黙考に入った私を見て、好機は逃さん! とばかりにアレクは起き上がって畳み込んで来た。
「俺だって頭使ってるんだ。召喚された勇者の俺が、同じ立場の聖人について調べたいと言っても可笑しな話じゃねぇだろう?」
「教えられないって言われたら?」
「俺はあっさり引くさ。で、アズは潜れ。教会施設へ簡単に入れるだけでも、手間が省けるだろうが」
おお! 頭を使ってるよ! ははは、こやつめっ!
それからアレクは計画を話し出した。すでにお膳立ては整っていて、明日にでも出発する予定だとか。なんで今まで黙ってたんだ! と怒ったが、相手方からの了承の返事が届いたばかりで、急な日程になったんだとか。なんだか上手く丸め込まれた感はあるけれど、今回はのってやろう。
私の立場は、グランバトロ側には歴史研究家の婚約者で、相手先には歴史研究の随行員の一人。身分は平民なので、余計な行事には顔は出さないってことになっていた。
マジで頭脳を駆使してる! どうしたのよ!? この子!
「あんたが歓迎行事に参加してる間に、私は隠密行動してればいいのね……」
「そうそう」
「あ、でも、行った先で女性問題、起こさないでね。起こしたら、私はさっさと消えるからね」
「うぐっ……分かった」
うまくいったと浮かれているアレクをよそに、私は「何かあったら、アレクを放って逃げりゃいいか」と気楽にOKした。
居間と食堂の境で腕組みして話しを聞いていたリュースが、なんだか恨めし気な視線を寄こしたが、パレストへ行った際の予定に変更はないよ! と念を押しておいた。
そして、旅立ちだ。
面倒だが【偽装】で髪や目や顔つきを変え、襟の高い紺のドレスにかっちりした上着を着て髪を結いあげ、どこの女家庭教師だって格好でアレクの側に寄り添った。インベントリもあのデカバッグは装いに合わないから、色々試行錯誤して結局は空中で出し入れをすることにした。着替えの入った荷物を漁る振りして出せば誤魔化せるしね。ダメならアレクを使おう。
グランバトロからの随行員は、外交担当一人書記一人従者一人、護衛騎士三人に侍女一人だ。護衛が少ないのは、アレクが百人力だから。
旅は馬車に馬。前者三人と私と女中が馬車で、護衛とアレクは騎乗。なんでアレクの婚約者が別の男の乗る馬車に乗車し、アレクは馬なのか! 答えは簡単だった。馬車の乗り心地が滅茶苦茶悪い!
貴族用の旅客用だと言う馬車はとても内装は豪華で広いが、振動と大きな揺れにずっと悩まされ、お尻は痛いは三半規管はやられそうだはで、苦行としか言いようがなかった。
それでも乗っていたのは、侍女さんが可愛かったからだ。久しぶりの女の子は癒しよ~。
外交官のグレンと書記官のチャイルスは向かいで、従者のショーンは御者席。侍女のリアンは私付きってことで横に座り、道中は四人で楽しく雑談していた。男性陣は皆アレクと年が近く、リアンに至ってはリュースより若い十六! 明るく朗らかで、お姉さんはそれだけでニコニコしてましたよ。
馬車以外は楽だった。国境越えも宿も食事も、全部人任せですんだ。
それこそ、アレクが身分証を出しただけでオールパスだ。元勇者の英雄凄い!
グランバトロの王都から旅立って、中央山脈を越えて七日。グロシアン帝国の帝都カザングーンに入った。
ルードの棲み処があった霊峰を背に、白亜の宮殿がドーンと正面の長い長い大通りの終わりに建っていた。第三門を入ると庶民街が広がり、そこを抜けて第二門を通ると貴族街。最後の門が宮殿への城門。そこでお出迎えを受けて案内をされた。
居丈高な態度で出迎えをけん制しつつもクドい笑顔を貼り付けたアレクと、外交用の微笑み仮面を付けたグレンの後ろに、リアンと二人で黙って控えて宮殿へ。案内されながら間諜蜘蛛を放って出会った人たちに忍ばせ、【地図】を脳裏に浮かべて通った進路を更新させておく。
全員がそれぞれの身分に合った部屋に通され、初めは外交の謁見なのでそれが終わるまで私たち従者と侍女(身分が無い私も同等な立場)はのんびりとお茶の時間を楽しんでいた。
「アズリー様、アレク様がお呼びですのでご案内いたします」
年配の女官が迎えに現れ、私は少し上等なドレスに着替えて、髪と化粧をリアンに直してもらうと部屋を出た。
平民と言えど学徒の端くれですから淑女然とした姿勢は装うよ。リアンの腕が半分以上ですが。
さあ、どんなお話が聞けるんだろう。




