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 剣呑な色に煌く不思議な瞳(アレキサンドライト)に促されて、私は静かに語って聞かせた。


 聖女の召喚に巻き込まれて、この世界へ召喚されたこと。

 巻き込まれたはずの召喚の最中に、闇の空間で消滅しかけていた魔女たちの欠片を体に埋め込まれ、激痛の走る中で魔女へ転化されたこと。

 そして、歴代の魔女の記憶や知識を授けられたこと。その魔女の遺産で知り得たのは――。


 この世界には、すでに女神様(フェルディナ)は存在していない。

 魔女とは、女神様が(ちから)を削って作った現身で、魔を払い災難を除け人々を護るために地上に遣わしていた。

 なのに、魔女は殺され続けた。何代も何代も。削る(ちから)も失った女神様は消滅した。そして、そんな世界を神は見捨てて去ったこと。

 その後に、召喚が始まったらしい。

 魔を払い浄化をして癒す聖女。世界の行く末を未来視し、地上に豊かさをもたらす神子。魔に穢され邪獣となってしまったモノを倒す勇者。

 誰がその召喚術を教えたのか分からないけれど、人がそれらを召喚した。

 その間に、魔女は《災厄》と噂される様になり、あんなに頭をさげて感謝してくれていた民たちは、口を揃えて忌まわしいモノと疎むようになった。

 そして、ここに来て『聖人』なんて言う、魔女がまだ存在していた時期に召喚されたらしい人物が出てきた。

 魔女の記憶や知識の中には、全く存在しないのに。


 そこまで話し終え、混乱気味の頭の中を整理しながら、難しい顔をしているアレクに問いかけた。


「不思議に思わない? ルードやアレクより強い魔女(わたし)たちが、勇者なんかいなかった時代に殺され続けたのよ? 一体、誰に? と思って当然よね? それに、誰が召喚陣を各国に渡したの? 各国で開発されたってなら召喚が始まった時期はバラバラなはずなのに、最後の魔女が死んだ後、ほとんど同じ時期から始まってるの。独自開発なら、壊されたって話の帝国の陣は復旧されててもいいはず」


 ごくり、とアレクの喉が鳴った。


「……誰に()られたのか、魔女の記憶にはないのか?」

「……あるにはあるんだけど、なぜかそこだけ真っ黒に塗り潰されているの。魔女を狩るために、たくさんの人たちが協力したのは覚えてるのに、実行犯だけが見えない……。魔女を殺したのは、この世界の人々みんなが誤解して、それで魔女を追い詰め殺したんだと思ってた。黒く塗りつぶされている記憶部分は、あまりに残酷だからそのシーンを私に見せたくないんだと、つい先ほどまで私は思い込んでたの」


 あの苦痛の中で見た、真っ黒に塗りつぶされ欠けた記憶。

 あの時は、私があれ以上苦しまないように配慮されたのだと思っていた。

 けれど、もしかしたら外部からの干渉かもしれない。魔女の最後を見せないようにするためじゃなく、敵の正体を隠すためだとしたら……。


「ねぇ、アレク。大昔、パレスト王国に召喚された聖人について聞いたことない?」

「聖人……? ないな。帝国の神子については聞いた覚えはあるが……」

「そっか。やっぱりパレスト神聖王国へ調べに行かないと」

「その聖人ってやつは何者だ?」

「そいつ一人だけ、魔女がいる時代に召喚されたらしいの。パレスト神聖王国の前身だったパレスト王国で」


 私の一言で、アレクの眉間の皺が一層深くなった。

 珍しく頭を使っているようだ。真剣な顔で空中を睨み、何かを思いついたのか膝を叩いて立ち上がった。


「……王宮の書庫で、少し調べて来る。それと、王宮魔術師の知り合いにもな。何か分かったら即伝えるから」

「うん。頼むわ。こっちも情報が集まったら整理して教えるから。……ところで、この話をリューに伝えておいた方がいいかしら?」


 現時点の話がまとまった所で、最後に残った案件が私を悩ませていた。

 珍しくすんなり帰ったアレクを見送り、密談場所を片付けながら思案に暮れた。

 アレクもルードも、『魔女の過去』に関してはまったくの部外者だ。

 ただ、広義的には『召喚者』も関わってくるからアレクも無関係とは言えず、現在の魔女(わたし)と協定関係にあるルードも部外者扱いするわけにはいかないんで引っ張り込んだ。

 じゃ、リュースをどうするか?

 一人だけ蚊帳の外にされたリュースが、後で知ったらどう感じるか。弟子だ家族だと言って連れて来たのに、君は一般民だし危険だから絡まない方がいい、なんて言い訳が通じるか。協力できなくても話は通して欲しいってもんじゃない?仲間なら……。


『話すだけはしておけ。アズが調べ物をしている間は、奴にここや仕事を任せることになる。相方が何をしているのか分からんのは、不安の素になる。どうせ魔女とまでバラしてあるんだ。今更だろう』


 ――僕もそう思うよ。何も知らずに留守を任されるのは……辛い。


 ああ、そうだった。お家君がそうだったね。


 夜になって、ルードの差し入れを大盤振る舞いして二人と一頭で満足の夕食を終え、私はリュースをわざわざ居間へと呼んだ。

 ゆっくりと時間をかけて淹れたコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れて、向かいに座ったリュースに勧めた。

 私の様子がいつもと様子が違うのに気づいてか、カップに口をつけながら上目遣いにちらちらとこちらを伺って来る。かわええ……ふふ。


「リューに話しておきたいことがあるの。私はこれからとある件で忙しくなって、ほとんど家を留守にすると思う。その間の家の管理や仕事をリューに任せることになるから」

「ちょっと待って。 ほとんど留守って……」

「うん。私の……と言うか、魔女に関して重要な情報集めをしなくちゃならなくなったの。その為に諸外国を回っての調査になるから、リュースに留守番をお願いしたいの。それで――」

「魔女の、重要なことって?」

「……それをリューに話しても、君は簡単に受け入れられないと思う。かなり衝撃的な内容だから。だから、聞きたいか聞きたくないかをリューに選んで欲しいの」


 そんな選択肢を与えられるとは思わなかったらしく、リュースはカップを手にして途方に暮れた子供のような表情で、しばらく考え込みながらコーヒーを見つめていた。

 しばらくして、ゆっくりと顔を上げると私を見つめ返した。


「……聞きたい。アズのことなら。だって家族だ……」


 その答えは、私の心の奥底の凍り付いていたナニカをわずかに溶かした。

 黙って頷き、ワインと二つの木製カップを持ってくると注いだ。

 一つをリュースに渡し、仕切り直しのつもりでもう一つを一気に呷った。たんっと甲高い音を立ててカップを置くと、じっとリュースと見つめた。


「まず、先にリューの知ってる魔女の話しを教えて?」


 何を話し出すのかと構えていたリュースは、私の質問に一瞬呆気にとられ、それから話し辛そうに目を伏せ重い口を開いた。

 本人を相手に誣言(ふげん)じみた話しをするのは、誰でも腰のすわりが悪いもの。相手が話して欲しいと願ったとしても、だ。

 それでなくともリュースは自分で『魔女との生活』を体験している最中で、子供のお伽噺であってもそれを口にすることに罪悪感を覚えているようだった。

 ごめんね、リュー。


「昔……魔女がこの世界に現れて、大陸中に数々の災いを振りまいて行った。魔女は、国を滅ぼし、村から村へと渡り歩いて人々を殺し、山を崩して魔物たちをけしかけて街を襲い、空から死の病を撒いた……それを天から見ていた女神様(フェルディナ)は嘆き悲しみ、魔女を討伐するために……」

「え?」


 思わず声が漏れた。リュースの話しの腰を折るつもりじゃなかったけれど。


「あ、ごめん。続けて」

「――魔女を討伐するために、神様からお借りしたとても強い武神を遣わせた。そして、魔女はいなくなった。こんな話しだよ? 小さい頃に母がよく話して聞かせてくれたんだ。南の方では、ほとんどの人が知ってる魔女の話しだ。……どうしたの?」


 漏らした声を境に、私が考え込みながら顔を歪めていたのが気になったらしい。心配顔で身を乗り出して来た。


「リュー……聖人様って知ってる? 大昔、パレスト辺りに降臨したって言う」

「うん、知ってる」


 その時の私の顔は、きっと物凄く強張っていたと思う。自分の答えに私があまりにも顕著な反応を示したことに、逆にリュースの方が慄いたらしい。

 こんな所にヒントが落ちていたなんて。


 そこで私はリュースに、この世界へ召喚されて来てからのことを始め、魔女や召喚についての不可解な歴史や真実を語って聞かせた。

 まだピースの足りない仮定話しだ。ただ流れを整理しただけの情報を、リュースは黙って聞いてくれた。


「そうかぁ。もう女神様(フェルディナ)はこの世界から――」

「うん。それだけは断言できる。ただね……聖女や神子の別名から考えると、本当に、力を使い果たして消滅なさったのかも疑問なのよ。私の記憶は、歴代の魔女の目線でしかないし、消滅してゆく女神様(フェルディナ)を見ていたわけじゃないみたいなの。欠片となって闇の中を漂っていた時に、欠片たちが垣間見た天の間に女神様(フェルディナ)の姿も気配も無くなっていたって……その記憶があるだけなの」

「神様……も?」

「そう。欠片たちが漂っていた光あふれる宙が、いきなり闇になった。さっきまで感じていた神の心が消えた。それだけ」


 そうなのだ。

 よくよく思い出してみると、魔女の記憶映像の中には、女神様や神様が消えてゆくシーンはない。どちらも在るべき所に居らず気配もないと言うだけの、とても不確かで曖昧な記憶。それがいつのことなのかも、はっきりしてない。ただ、魔女がすべて殺され、欠片になって宙を漂っていた頃だと。

 だから私や魔女たちは、最後の魔女を殺されて力を失った女神様は消滅したんだ、神は女神を失わせた世界を見捨てたのだ、と思い込んでいた。

 お家君の記憶のようなものだ。情報の届かない場所では、憶測はできても、誰かが教えてくれない限り真実は解らない。


「さあ、聖人について話して」


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