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 お宝の流通とリュースの研究熱が落ち着いた頃、棚上げしていた《召喚された代々の聖女や勇者》と《魔女の噂についての変性》に関して、腰を据えて調べてみることにした。


 召喚については魔女不在の空白期に行われていたことだから、魔女たちの記憶や知識に情報はない。

 そう、ないはずなのだけれど、それは当時の魔女が知り得なかっただけで、すでにこの世界に存在していたかもしれない可能性が出てきた。

 実は魔女の知識や記憶を整理してみると、妙に偏りが生じてるんだよねぇ。

 どうも探索に関しては女神様頼りで、魔女の役目は情報と指示を受けて現場へ向かうってな実働だけだったんじゃないかと思える節がある。

 街や村へ買い物に出かけたり、野山へ散策に行ったりしている記憶はあるけれど、誰かと親しく情報交換したり、調査や探索をしている記憶が全くない。

 ある日、いきなり女神様に呼ばれて会いに行き、その後に現場に現れて問題解決している。

 あの『叡智の水晶』ってい記憶媒体をインプットした時、先代魔女の記憶の中に女神様と楽しそうにお茶をしていた光景があったけど、あれが指令を受ける時の呼び出しだったみたい。

 情報収集と戦略は女神様で、実行は魔女って感じの分業だったんだ。

 結局はそれが仇となって、自分で考えることもせず、女神様の命令に従って人々を助けに行って――追われて殺されている。女神様も何を考えてたんだか、自分の分身が救うはずの人たちに殺されてるってのに、取り換え可能な部品みたいに新たな魔女を投下してるんだよね。

 結果、私の中の魔女の知識や記憶に偏りができてしまったって訳だ。


 しかし、これが本当に土や金属を捏ねて作った人形だってんなら構わないんだよ。でもさ、女神様が自分自身を削って材料にしてるんだよ?

 私が女神様なら、地上に手出しできなくたって怒りはするよ? そして、魔女狩りなんて始めやがった首謀者を真っ先に探す! 探し出して、天誅下してやる。

 なのに、なぜ女神様は消滅してまで魔女を創り出したのか。


「森羅万象の魔女なのに……。叡智が穴だらけってなによ。これじゃ叡智とは言えない! まぁ、自分でつけた称号じゃないけどね! つけた奴! 責任取って完全にしろ!」

 

 ゆえに、召喚が魔女不在の空白期からと限定する訳にも行かないんで、どうせなら魔女が活動していた時代を含めて調査範囲にしようかと考えている。

 そのために時間が取れるまではと後回しにしてたんだけれど、そろそろ本腰を上げて取り掛かろうかと思う。


 まずは召喚だ。これも色々と疑問がある。

 元の世界へ帰還する術はないような素振りだった、フェルンベルト王国のフィール王子の態度。邪竜を倒したのに、いまだこの世界にとどまって、英雄をやって嫁までもらってるアレク。

 聖女と勇者ともに、召喚された国が違う理由。または他の国でも行っているのか……。

 召喚関連ひとつとっても、これだけの謎がある。

 商会のルドさんとの雑談の際、南の国は戦争が頻発したために多くの昔の資料や公文書などは失われたと聞いた。そうなると、長い歴史のある国を注目するしかない。幸いにも聖女や勇者を召喚している両国は、長く繁栄を保っている国だ。


 そうそう! 長い歴史といえばルードがいた。私より長生きしている。


『ルード、代々の聖女や勇者について、何か知ってる? あと、召喚の儀式についても』

『俺はほとんどグロシアン帝国の霊峰から動かなかったからな。帝国内のことなら聞き及んでいるが、他国はよく知らんぞ』

『帝国のことならって、帝国でも召喚の儀式をしているの?』

『少し待て。長い話になりそうだ。すぐにそちらへ戻る』

『ああ、狩り中だった?ごめんなさい。二人で話したいから、ツリーハウスに来て』

『承知』


 地下の作業場から出て、居間を通り過ぎながら思い切り伸びをする。

 ウッドデッキで薬草を洗っていたリュースに、ツリーハウスで昼寝をする旨を伝えて風魔法で昇る。窓を開けて空気の入れ替えをして、インベントリからコーヒー入りのポットとチーズクリームを挟んだお菓子を出して、大皿に山盛りにしてみた。

 下を見下ろすと、ルードがリュースにお裾分けしているのが見えて、夜は肉料理だなーとメニューを頭の中で思い浮かべて待った。


『待たせた』

「お肉ありがとねー。夜は期待していて」

『ああ。……ところで先ほどの続きだが、帝国は神子の召喚をする。いや、していたと言うべきか』

「神子? していたって、現在はしてないってこと?」

『神子とは《神の愛し子》と呼ばれる男児だ。聖女は《女神の愛し子》と呼ばれている。神子は予言と豊穣を、聖女は癒しと浄化を、とされ降臨する。帝国の召喚の儀は、百年ほど前に失術した。方陣が何者かに破壊されてな。だから、聖女に民の期待が集まる』


 あれ……? 神や女神の愛し子ってなに? 女神が消滅して、それを知った神はこの世界を見捨てたはず。

 召喚は、神と女神が消えた後に始まったはずなのに。

 それに、各国一人ずつ呼べる召喚陣を備えてたって……。


「勇者、聖女、神子。他に召喚される人は?」

『大昔……俺が生まれる少し前に《神の代弁者》なる聖人と呼ばれた者が、南の小国パレスト王国で召喚されたと聞いた。何をなした者かは知らんが。聖人召喚はその一度だけだったな』


 ええ!? ルードが生まれる前って800年以上前ってことになる。

 それはつまり、魔女と女神が存在していた頃にも召喚が行われたってことで――。

 でも、いくら魔女の知識に偏りがあるっていっても、異世界から人攫いするような事象を女神様すら知らないって、どう考えても変だ。

 調査の初めに入手した情報すら、すでに辻褄が合わない状況に混乱する。本当に歴代魔女の記憶と知識が穴だらけだって、証明されたようなもんだわ。


「ルード、魔女のことで知ってることは?」

『魔女とは出会ったことはないが、国を跨いであちこちで災いを払っていたと聞いたな』

「でも、今じゃ災厄を招く者扱いだわよ?」

『ああ、いつからか魔女が災いを起こしたり殺戮を行ってるとも聞いた……』


 なんだろう。この相反する噂の流れは。


「ねぇ、お家君。君は、召喚された聖人って知っている?」


 窓の外に見える、片流れの茶色い屋根を見つめながら尋ねてみた。

 叡智の水晶を握りしめて眠ったアノ時から、ずっとこびりついてる最大の疑問がある。

 それは発端と原因は分かっているけれど、それを成した者と成すための理由が判らなかった。その真相は、あのインプットの時に真っ黒に塗り潰された部分にあるんじゃないかと予想はしてるけれど、自力で消せないのが難点。

 そんな所に、魔女や女神様が存在していた頃に召喚された、謎の人物だ。


 ――聞いたことも、見たこともないよ。代々の魔女も知らなかったよ。


「では……歴代の魔女たちは、誰に殺されたの?」


 女神の欠片(ちから)を使って作られた魔女。そんなチートな強者を、一体だれが? 勇者も聖女も御子も、まだ召喚されていないはずなのに……。


 ――僕は分からない。彼女たちは、僕に何も言わずに消えて行って、新たな魔女が現れるだけだったから。


 いつもと違う固い声と戸惑う口調。お家君の柔らかで優しい声音を消してしまった自分に嫌悪した。

 あああああああ、あっ! これは確かめないと! 絶対に見つけ出さないと!


「……アレクを使おう。こういう時にこそ役立ってもらわないとね」


 そうと決めたら私の行動は早かった。

 【地図】に緑の点滅をしているアレクを目指して、魔力で作った小さな小さな鳥を飛ばした。


「アズ、とうとう俺に嫁ぐ気に――うがっ!」


 奴が現れたのは、コーヒーを二口飲んだ直後。今日はおフザケにノッてられない。お約束の挨拶は勘に触るんで、ここは躾の一発を不意打ちで。あの魔道具…用済みになったらぶっ壊す!


「なにs」

「アレクさ、召喚された後、元の世界へ還れないって言われた?」


 私の雰囲気がいつもと違うことに気づいたんだろう。言いかけた台詞を途中で呑み込み、いきなり表情から感情を消した。


「あ?……ああ、邪竜を倒した後にな。まぁ、何としてでも帰りたいと思っていた訳じゃないから、仕方ないかと思っただけだったが」

「じゃあ、召喚された者達は誰も還れず、この世界で生を全うして命を終えた訳ね。皆、あんたのように英雄やら叙爵やらされて暮らしてたの?」

「俺たち召喚者は長生きな上に、子供はできないと言われている。俺はくれるもんは全て貰ったが……俺の前の奴は、俺が召喚されてすぐに旅にでたきりで、初代は病で死んだって話しだ。いったいどうしたんだ?」

「フェルンベルの聖女もそうなの?」

「聖女は――王族に嫁ぐのがしきたりだって話だが、よく知らん。なぁ、本当になんなんだよ!」


 うわーーっ! 魔を払ってもらって、ついでに嫁にかい! どこかの北の小国みたいだわ。逃げてよかった! 

 それにしても、子供はできないみたいだし旦那より長生きだってのになんで嫁に!? 王や跡継ぎじゃないのがミソかしら?


「私も召喚されて、この世界に来たの。今代の聖女と一緒に」

「え……でも、アズは魔女なんだろう?」

「うん。魔女として召喚されて来たの。召喚の最中に、死んだ魔女たちの命の欠片を突っ込まれて魔女に作り変えられたの。だからバレる前にお城から逃げ出した」


 アレクの眉間に深い皺が寄った。彼の周りに、重い魔力の圧が薄くあふれ出し、宝石眼(アレキサンドライト)が暗く光って私を見つめた。



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