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19ー閑話休題ー魅惑のアロマは、人を虜にする2

「これが……噂のコーヒーですか。はぁ~」


 各国に支店を持つフォルゲン商会の二代目大商人ドミさんの、初めての一杯はあちらの世界でアメリカンと呼ばれる薄めの一杯だった。

 そのままで味わい、無理ならミルクと砂糖をどーぞと飲み方を勧め、彼が漏らした満足の溜息と満足げな表情に、内心でガッツポーズを決めた。

 ポットに残ったコーヒーを私たちの空のカップに注ぎ、さらに濃いめのコーヒーを淹れる。

 その香りと味に目を見張り、ミルクをたっぷり入れてまたニンマリ笑い、砂糖を入れて――と段階ごとに味を堪能したドミさんはカップを皿に戻し、姿勢を改めると私達に真剣な声で告げた。


「お取引を、こちらからお願いします」

「ありがとうございます。これは弟子のリュースが作っております。契約後はこのリュースが担当になりますので」

「契約後、コーヒーのお届けは私がいたします。何かあればお応えしますので、何でもお聞きください。ただし、製法と場所へのご招待はお受けできません。契約の【秘密(アルカナ)】に関わりますから」


 リュースはドミさんに認められたことで自信が湧いたのか、しっかりした口調で担当の挨拶をした。

 そこからは、商談の始まりだった。契約は一旦保留にして各種のコーヒーをドミさんに三日ほど味わってもらい、こちらからの注意点を確認してもらう試飲期間を設けた。

 曰く、もとは薬の材料にも使われていた。その効能が――とかね。件のの門兵みたいな難癖を付ける輩がいないとは限らないから。


 そして、契約条件の内容は、ぎっちりぎゅぎゅっと詰めさせて貰った。

 製造元を明かさない。お茶と違って加工が難しく生産量が少ないので、たとえお客の注文でも催促しないこと。こちらも身元が割れないように警戒するが、そちらも従業員などからリュースのことが漏れないようにすること。などなどだ。

 その代りにこちらの譲歩案としては、独占契約を前提にして北に近い店舗へはこちらから出荷する旨を告げた。それはドミさんを大いに喜ばせた。


「大商人には大商人たる矜持があり、横に繋がる身内には《鉄の掟》がございます」

「わかりました。では、契約は三日後に。また」


 テーブル上の器具とコーヒーの粉を渡し、店を後にした。


 その後は、またリュースの案内で魔道具を扱う大きな店へ行って魔石を売って換金し、フォマージを含めて色々買い足してお家へ帰った。

 三日なら宿で待てばって? いやだよ。誰に目を付けられるか分かんないし、リュースを見て気づく奴(色は変えても顔形はそのままだ)がいないとも限らないしね。

 家に入ると、デッキでルードが尻尾をファッサファサと揺らして、フォマージを待って来た。


「《鉄の掟》には、びっくりした……」


 丸々一個のフォマージをルードに差し出し、家に帰って緊張が解けたのか、リュースが呟きながらルードの背中に抱き着いてモフリ堪能し始めた。

 ……私にはさせたことないのに…。


「それが大商人の矜持なんでしょ。人を見る目ってのは、商人に一番必要な才能だろうし、それは人を雇う時にも発揮しないとならないだろうからね」

「分からなくはないけど、僕はどう視られるんだろうかと……」


 思わず苦笑しちゃったよ。そっちかい! と。


「誠実な営業と筋の通った生産者をしてれば、何も怖くないよ。リューに必要なのは、後は自信だけ」

「うん。ココは……コーヒーは僕と祖父の大事な夢だから」


 ココの木を植え替えた時、リュースが私に話してくれた事を思い出した。

 どうしてココの木を植えていたのか。リュースのお祖父ちゃんが、なぜ他の薬草よりも大事に育てていたのか。

 考えてみると、薬師としては可笑しな話よね。ココなんて、薬草から作る薬と比べたら、体力や魔力が回復する訳でも怪我が治る訳でもない。ただ眠気が覚めやすいだけ、少し興奮気味になるだけだ。利尿作用が活発になって、体温を下げる効果がある。これなんて、人によってはありがたくない作用だろう。

 でも、お祖父ちゃんは夢見ていたらしい。新しい効能がある材料だ。いつかきっと重要な薬の素になると。だから、リュースはお祖父ちゃんが亡くなってもココを大切に扱っていたんだろう。

 重要な薬にはならなかったけれど、人を幸せにする香りの素にはなったよ。


「じゃ、売値を決めないとねー。フォマージですらあの値段なんだからー。さっさと決めて、アレクには倍で売りつけよう」

「ええ!? ドミさんには、独占販売するって約束したんだよ?」

「アレクは身内価格じゃん。商人じゃないし~」

「身内価格が、倍って……」

「倍でも安いもんよ? 末端価格なんて、きっとトンデモない値段になるわよ」


 そんなことを笑いながら打ち合わせをした三日後、私たちの前にドミさんが提示した売価は、私ですら一瞬息が止まるような金額だった。

 私たちの唖然とした様子に、ドミさんは細い眼をさらに細めて自信満々に言った。


「この三日、店に訪れたお客様がたにも新たなお茶としてお出ししたんですよ。ええ、きちんと効能はお話ししておきましたよ? しかし、どなたもあの香りには逆らえませんでしたね。おほっほっ」


 フォルゲン商会の大商人ドミさんが、本店の奥に通してお茶を出す相手となると、それなりの立場の取引相手になる。商売仇の商人仲間に自慢のためだけに出す訳はないんだから、相手は高い位のお客様だ。そうなると貴族の関係者……うふふ、大商人の営業コワイ。


「この専用茶器(ドリッパー)ですか? これは、私どもでも作ってコーヒーと共に一式として売りましょう。開発料も今回の契約に含めました。販売価格の一割五分をお支払いいたします」

「そんなに……? 大丈夫なんですか?」


 私よりもリュースが先に突っ込んだ。

 開発料ってのは、いわゆる特許権に発生する使用及び買い取り料金だ。

 この世界には特許権やその申請なんて法令も手続きもない。ただ、発明開発品を商人に売る場合、それまでに掛かった経費を開発料として、売り上げの何割かを払ってもらう契約ができる。……真っ当な商人に当たればだけどね。

 だから、私たちはドリッパーもコーヒーの開発料に含まれることにして、別途請求はしないと決めていたんだけれど。

 なのに、ドミさん側から提示してくれている。ならば、黙って頷くのが最良だ。


「ご心配には及びません。コーヒーを飲みたければ、買わないわけにはまいりませんから」


 こうして、私たちの大事なコーヒーは、フォルゲン商会から世界へお披露目された。

 うはは! 大商人は本当にコワイ!


 ところで、販売する商品はやはり焙煎後に挽いた『コーヒー粉』になった。

 それは、まず私以外にコーヒーミルを作ることができない。

 この世界で硬い物質を粉末にするには、石臼か薬研、あるいは魔法を使って粉砕するしか手はない。

 石臼は石の粉が混じるし、薬研では大量に作れないし私たちが死ぬ。

 では、魔法! と言うことで、リュースは頑張った!

 え? 私? 家で消費する分は、私がやってるわよ? でも、商品はリュースの担当だからね?

 試行錯誤中のリュースは、マジで風魔法の修行みたいだったわよ。

 粉塵と化して消え去ったり、半分も残らなかったり、少し大きめにとイメージしたとかで、胡麻つぶみたいな欠片が高速で大量に飛んで来て痛かったのを覚えてる。

 悩んだ末に薬研を使って挽いてみて、それを手本に魔法で挽いて今がある。長い苦労は人を成長させるね!


 そして今、リュース君は次なる試練に挑戦中だ。

 『密閉容器』開発のために、材料を探してルードと共に樹海内を走り回り、デッキで何度も実験を繰り返している。

 

 お茶は確かに密閉容器が必要な商品だけれど、この世界のお茶は薬草や香草や花の花弁を乾燥させて金属の器に入れられて売られ、お湯を注いだ後の色や香りが重視されるだけの物だったりする。

 密閉よりも、きっちり乾燥されているか、色は綺麗に出るかしか求められていない。薬草茶なんて、当たり前だが効能重視だ。

 だから、どーせアチラの世界の人間ほどに口が肥えてる訳じゃないだろうと、私は他人事のように、


「時間停止付与された魔法袋に入れて降ろしたら?」


 と、投げやりに提案してみた。

 だが几帳面な彼は、まるで愛娘を手荒に扱ったがごとく眦を吊り上げた。


「お店からお客さんの手に渡すための入れ物を考えてるんだよ!」

「だから、客にも魔法袋を持ってこさ――」

「一体コーヒーにいくら掛けさせるの!売れなくなるよ!」


 おお、コワッ!


 そんな訳で、安価で作れる密閉式の容器ができないかと奮闘中。

 そんなのはさー、ドミさんちの商会が考えることであって、生産者としては物の品質だけ考えていれば―? と私は思うのだが、ココと熱愛している担当者君は、客の口に入るまでが僕の責任範囲です! と、嫁入り直前の愛娘持ちの父親のごとく言ってのけた。

 まぁ、ドミさんからの依頼でもあるし、フォルゲン商会でも考案中とのことだから放っておくけれどねー。


 この世界の容器の種類は、思いのほか多種だ。

 ガラス製・木製・金属製・粘土の素焼き・陶器・魔物や獣の革製・魔道具……。もしかしたら、魔女すら知らない容器があるかも。

 食品を入れて販売する場合、庶民向けは安価で大量に作れる木製か粘土の素焼きか革製が主流で、お金持ちや貴族王族相手には、高価な各種金属製かガラス製か魔道具になる。

 ガラスはポーション瓶なんかに使われてるけれど、あれはリサイクル品として回収されているし、初回は瓶込みの値段になるから下級ポーションでもそれなりに高価だ。それに耐久性が低く、三回くらい使い回したらど、どこかが欠けてダメになる。

 コーヒーを売りつける相手は、ほぼ金持ちや王侯貴族となるのは分かっているんだけれど、ここで容器の耐久度と密閉度と湿気が問題になってくる。シリ〇ゲルなんてない世界だよ。

 これだけ条件が厳しくなると、魔道具一択になるのは必然で。


「……なにやってんの?」


 見ればリュースと黒猫が浅い桶の中に手を突っ込んで、何かを混ぜながら話し込んでいた。


「ん~? あのさ、スライムの粘液にさ、魔物の骨の粉を混ぜてさ」

「えー!? なにそれ!」


 居間のソファに転がっていた私は、ダッシュでウッドデッキに飛び出しました。

 元研究者の血が騒ぐってもんだ。あ、私は薬と食品関連でしたが。でも、何かを混ぜて新たな反応を発見するのは大好きだ。

 桶を挟んでリュースとルードが向かいあい、リュースが乳白色の粘性液体に手を入れて混ぜていた。一緒に覗き込みながら、(さが)って言うか職業病って言うか、無意識に匂いと感触と温度を観察していた。


【看破】


***


 名称:-


 材料:ボーンツリースライム(白)の体液・コカトリスの骨


 割合:8 : 2


 効能:伸縮自在・半永久耐性・脱湿


 加工:可 [薄く伸ばして陰干しすることで若干の硬化あり・無臭]


***


 ええええええ!! ナニコレ!!


「リュー……もんのすっごいモノになってるよっ」

『案を授けた俺も驚がくしている』


「え? なに?」

「鑑定で見ても分からない?」

「うん……僕が見ると、材料がスライムと魔獣の骨だけで効能が伸縮ありと耐性ありだけしか……」


 仕方ないか。薬師と言ってもまだ見習いで【鑑定】も低レベルだ。


「ほら。【結果開示(オープン・レポート)】」


 私は結果を透明タブレット上に映し、それに指を添えてドラッグ&ドロップの要領でリュースの前に開示してあげた。

 見終わった途端に自分の手を沈めている液体を、息を飲んで呆然と見下ろしていた。

 ふははは!


 三日後、リュースの手には、魔物の皮袋の中に樹脂の様な柔らかさを持つ不透明な袋が入った、コーヒー専用袋『ボーンツリーの器』があった。

 革袋の中に納められた袋状のボーンツリーの器は、口を寄せて圧を掛けるとぴったりくっついて自然に離れることはない。まるで吸着シートだ。コーヒー粉の山ぎりぎりで閉じれば空気劣化も割と防げそうだわね。


 後日、袋はこちらで生産し、コーヒーと共に注文分だけ卸す契約になった。

 理由は、材料となる魔物共がこの大樹海にしかいないから。

 フォルゲン商会でも、それなりの物を作り上げたが、コレには勝てなかったようだ。


 コーヒー熱、恐るべし!


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