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18ー閑話休題ー魅惑のアロマは、人を虜にする

 ココの木は、他の樹と一緒に畑を囲うように植え替えた。

 北の国だけれど、結界でアルセリアと同程度の気温に保たれている。それに肥沃な土地に植え替えたのが功を奏して、幹も太くなり葉も実も生い茂った。

 収穫したココの実を果肉と表皮を削り、ココの種改めコーヒーの生豆にした段階から彼に色々と伝授した。少しだけ彼が作っていた薬に使い、後は焙煎工程を経てコーヒーと呼ぶ飲み物にする豆に変える。

 錬金術で作ったドリッパーにネルの袋をかぶせて、ゆっくりお湯を注いで――辺りに漂い始めた香りにリュースの表情がうっとりしているのを見て、しめしめと内心でニヤけた。しかし、さすがにストレートで飲むのは無理で、砂糖とミルクたっぷりのカフェオレにしたら飛びついて来た。


 それをきっかけに、リュースのコーヒー焙煎とドリップの研究熱が高まった。

 薬師修行のはずが、いつの間にかコーヒー研究家に転身していた。

 焙煎具合挽き具合で味や香り、効能の幅が変わることや、ドリップの仕方ひとつとってもさまざまな変化をもたらす。そこにミルクや砂糖や蒸留酒を垂らすことによってまた味が変わることを知り、寝食を忘れそうになるほど夢中になっていった。

 お爺さんの形見みたいなココだけに、少しでも有用なものにしたかったんだろう。薬ではなく嗜好品になってしまったけれど、長く人々に愛される飲み物になるのは間違いないだろう。



 コーヒーを()に出すことになったきっかけは、リュースがアレクに挽いた粉を分けてあげたことがきっかけだった。

 体力バカにカフェインを投与したら目も当てられないだろ! と避けていた私の目を掻い潜って、アレクはコーヒーの味を覚えやがった。

 「旨い!」の声に誑かされたリュースはねだられるままに渡し、アレクを中心にしてグランバトロの貴族の間で密かに噂になりだした。


「コーヒーを売る場合、価格はいくらが妥当だと思う?」

「独占販売できている間は、希少価値をつけようね。焙煎コーヒー豆生産してるのは、うちだけなんだから」


 ココの木は、魔女の土地にある木だけじゃない。

 あちこち調べてみると、南の山林地帯に野生種がぽつぽつと点在しているし、わずかだけど薬としてココを扱っている薬師もいる。

 でも、コーヒーって品名のお茶の一種が、ココの種を焙煎して粉にした物だとは誰も気づくまい。コーヒーに辿り着ける技術者なんて、そうそうおるまーい。

 いたとしたら召喚者から知識や助言を貰った者だけだろうし、アンナちゃんじゃコーヒー好きでもコーヒー豆の育成知識があるとは思えない。『コーヒー豆』と呼ばれているだけに、大豆や小豆などの豆類だと誤解してる人が多いそうだ。

 地球世界の人でもそんななんだから、この世界の人が簡単に辿り着けるとは思えないんだよね。

 取り入れたココの実を、実と皮を削り取って種だけにして、それを焼いて焦がすんだよ? リュースやお爺さんが実際に使っていたから種が主役なのは知られているだろうが、その先はねぇ? 簡単に思いつくことじゃないよね。コーヒー豆を焙煎して挽いてドリップしてまで考えた人は偉大だよ。

 それに加えて、ココの種って商品がコーヒー豆って名の濃茶色の豆に変るなんて、誰が気づくって。その上、売るとしても挽いて粉にした物を商品として出すつもりでいる。

 コーヒーの粉イコールココの種って真実は、魔女の大樹海に隠されている。


「そして、商売相手はグランバトロじゃなく、ドミさんのフォルゲン商会一択」

「え? 商人に売るの?」

「うん。私たちがお店を出したりするのは凄くマズイ。他の商人や犯罪組織に狙われたり、貴族たちの横暴に晒される場合も考えられるわ。ドミさんなら信頼がおける商人だし、フォルゲン商会は各国に支店があって本店は南よ。産地が最北なのに、取引先が南なのは目くらましになるでしょ?」

『アズの用心深さは、骨の髄まで染みているな…』

「ええ、私は基本的に身内以外の人を信用しないの。ことに、この世界は」


 さあ、コーヒーはいかが? 



 ところで、リュースの魔力は普通の人族の五倍はある。

 召喚勇者だったアレクと比べても遜色ないほどで(まぁ、アレクは剣士特化ですし)、その魔力の多さゆえに瞳が濃い紅色をしているらしい。

 なるほど。こんな部分が魔族呼びされる由縁かな。

 薬師(主にコーヒー)と剣の修行が一段落した今、生活魔法と薬草栽培や薬作りにしか使わなかった魔力を、今度は私の指導の元で魔法使いとして修行させることにした。


 私が魔法を使う場合の基本は、ほとんどがイマジネーションだ。

 無詠唱で行使できるのは過去の魔女の叡智の賜物だけれど、その威力を生み出しているのは私が持つ想像力だ。

 他の魔法使いや魔術師は、呪文や方陣に込められた文言だけで発動展開している。文言が『マッチ一本分の火』と書いてあるなら、それだけしか威力を発揮しない。でも、私の場合は同じスキルで『たき火の火』をイメージして放てば、そのイメージ通りの威力を持った炎が出現する。

 ただし、スキルひとつひとつには込められる魔力の上限が決まっているので、それ以上の威力にするには上位魔法を覚えなくっちゃならない。

 この世界の魔法使いたちは、スキルに魔力上限があることや、その上限内なら文言を変えて威力マシマシできるって知識がないんだ。同じ呪文や方陣を、ずっと伝えているだけだから。


 なので、私はリュースにそこを重点的に教え込んだ。

 マッチやライターなんて皆無な世界だから、イメージにはこの世界にある物を代用させる。火で例えるなら、竈の火・たき火・山火事・火山……。それが上手く行ったら今度は属性確認をして、得意な属性の下位魔法を徹底的に訓練させた。生まれつき持っていた水と火の他に、その方法で練習させたら風と土が属性として生えた。

 ところで、リュースが持ってる収納庫(ストレージ)はなんとギフトだった。これが時空属性加護のギフトだったりスキルの時空属性だったりしたなら、上位スキルを覚えさせてリュース自身で転移したり、亜空間倉庫(インベントリ)を作ったりできたのに。

 それでだ。せっかくたくさん覚えた魔法を、リュース君たら主に植物栽培とコーヒー焙煎に使ってばかりいまして。一緒に狩りに行こうと誘っても、つめ―たい目でチラ見して「狩りはアズがやってくれるって約束だよね?」と背を向ける。

 ……ルードが誘えば行く癖にっ!

 そんな日々の中で出た、コーヒー豆販売の話し。


「そんじゃ、ドミさんの店に売り込みに行きましょ」

「行こうって、僕も行くの?」

「もちろん! コーヒーはリューの担当だしね。で、営業にはこれを」


 アルセリアのスーミルへ行くことに、リュースは難色を示した。

 分からなくはないけど、この先は引きこもってばかりじゃいられないんだよ。外に向けて商売をしよーと考えたのは君なんだから。

 なので、魔晶石のイヤーカフを渡した。


「これは…」

「【偽装】の魔道具よ。目も髪も好きな色に変えられるわよ。私以上のレベルの人にしか見破れない」


 偽装や擬態は精神防御魔法の一種(結界は全防御魔法)で、属性は光だ。この光と闇と時空属性は修行しても取得は無理。ギフトか生まれつきスキル持ちの人にしかない。そして、下位スキル持ちなら市井で暮らしているけれど、上位スキル持ちは宗教関係者か最高権力者お抱えになっている。そんな人たちに出会わない限りは、そうは簡単にバレないのさ。

 リュースは受け取ったカフを戸惑いながら耳につけ、洗面所へ飛んで行った。少しして戻って来たリュースは、小麦色の髪に琥珀色の目をした、極ありふれた兄ちゃんになっていた。


「なーんか、普通すぎぃ」

「普通がいいの!」

「ええっ! 私なんか、最近じゃ地色の黒い髪で通してるよ? 目は榛色だけど」

「なら……これ」


 髪がコーヒー色に……。さらに地味じゃないかっ。


「コーヒーの商談の時はそれにして、遊びに行く時はもっと派手にしよーよ」

「遊びには行きません!」

「マジメかーーーーっ!!若者なら、もっと弾けろ!!」

「弾け過ぎて、アレクやアズみたいな大人になりたくない!!」


 ――ぷっ。


 ……負けました。


 そんなマジメ君のリュースだけれど、その夜は自室でこっそり色々変身を試していたのには、気づいていた。

 年頃の男の子だね~。魔族と貶されるその眼を嫌っている訳じゃないだろうけどイヤな目にあった時には恨んだろうし、色が変えられればと何度も思っただろう。

 それが実現したんだ。自分の魔力が尽きない限り、魔道具は術を継続してくれるから安心だろう。


 翌朝、私たちは売り込みに行く用意をし、【空間門】を潜った。

 ルードはアレクと樹海の反対側へ探索する約束をしていたとかで、朝からおでかけ。いつの間にそこまで仲良くなったんだ。命のやり取りをして固まった、男同士の友情とか言うなよ! キモチワルイから。あそこまでやられたら、私なら七代祟る自信がある!


 おっと、話が逸れた。そんな訳で、今回はリュースと二人でお出かけです。

 リュースの手には、庭で咲かせた花束。お祖父さんのお墓参りも兼ねての、スーミル行きだ。

 以前のままの小屋をそっと出て、人目に付かないよう小屋の裏にあるお墓に花を添え手を組むリュースの、祈る姿を後ろで黙って眺めていた。お祖父さんとの長い語らいを終えて、満足げに微笑んだ彼の肩を叩いて、村から外れた小道を通って街道へと出た。

 スーミルへ向かって歩きながら、簡単な打ち合わせと買い物の計画を立てる。もうね、牡蠣醤とフォマージ無しでは生きていられない人達ばかりなり。ルードに至っては、自分用のフォマージを買って来いと、餞別の大型魔石をいくつか持たされた。


 楽しく徒歩でスーミルの門を通り過ぎると、私の先導でドミさんのお店へ向かった。ところが、ドミさんはフォルゲン商会本店に居るとかで、リュースの案内でそちらへお邪魔した。


「こんにちは!お久ぶりです」

「おおっ、あなたは!魔導士のアズさん!」

「覚えていて下さって、ありがとうございます」

「いえいえ、印象深いお人でしたから。おほっほっ」


 太鼓腹のドミさんは、あの明るい笑顔で私たちを出迎えてくれた。応接の間に通され、お茶をご馳走になる。


「今回も観光に?」

「いえ、今回は私の弟子のリュースと共に、フォルゲン商会へ売り込みに伺った次第です」

 

 私の紹介で、緊張しきったリュースが胸に片手を置いてぎこちなく頭を下げた。


「ほう――北の魔導士様が。で、一体何を?」


 先ほどまでの人の好さそうなオジサンの形は消えて、唇は微笑んでいるが細い眼に鋭さが加わった。


「まずは、お茶のカップと沸かしたての湯をポットごとと空の茶用ポットを持って来てくださいますか?」

「……飲み物ですか……。新しいお茶でしょうかな?」


 呟きながら立ち上ってドアを開け、廊下の奥へと声をかける。すぐに飛んで来た従業員にお湯とカップを頼んで、また元の席へと戻って来た。


「各国に支店を持つ大商人のドミさんのことですから、噂話くらいはお耳にしているかと」


 私はリュースに合図を出して、広いテーブルの上に挽いたコーヒー粉とドリッパー一式を出してもらった。その時点で、すでに良い香りがする。

 強い商売人の顔が、興味津々に変わった。香ばしい良い香りと珍しい器機。どれをとっても商人なら無下にはできないだろう。それは、リュースが受け取ったポットからドリッパーにお湯を回し入れ始めた瞬間に、全てが決定した。

 

 部屋中に漂うアロマが、ドミさんを魅了した瞬間だった。 


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