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「ただ今、お家君!弟子を連れて帰ったわよー」


 ――お帰り、アズ。そして、いらっしゃい。新しい住人。


「は、初めまして! リュースです! よ、よろしく!」


 ――凄いね。人並み外れた魔力量だ……素敵だね。


「凄いでしょう?薬師見習いなのに、収納庫(ストレージ)が使えるんだよ」


 姿の見えない声だけのお家君に、リュースがおっかなびっくり挨拶を返してる。目だけが声の主を捜して彷徨っていて――見つからないよと、教えたほうがいいのかな?

 驚きと緊張にギクシャクしているリュースの背を押して家に入り、玄関で靴を脱ぐお約束を教え、とりあえずお茶と昼食の準備を始めた。

 暖かい日差しが注ぐウッドデッキに案内して落ち着かせ、テーブルセットを出してインベントリからすぐに食べられるお土産を並べた。

 コチコチに固くなったリュースは椅子に座ったまま、鳥みたいにあちこち頭を振って現状把握と確認に忙しい。


「ルード! こっちで食べる?」

『フォマージが食いたい』

「出会えて良かったねー。ルード」

『うむ。アズが探し求める気持ちがわかった』


 そうだろう、そうだろう。理解者がいてくれて嬉しい。

 お茶の用意をしていたキッチンに、本体に戻ったルードが顔を出してリクエストする。準備完了のトレイを持った私の後ろについて、ウッドデッキにのっそりと降りていった。


「わわわあぁぁっ!」


 あ、忘れていたわ。巨大ルードを紹介しておくのを。


「大丈夫よ。彼はさっきまで君が膝に乗せて撫でていた魔獣だよ」


 悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたリュースが、私の説明にまた固まる。

あの黒猫が、この巨体を持つ大虎魔獣だとは想像できないよねぇ。


『リュース、先ほどの撫で具合は気持ちよかったぞ。また頼む』


 ルードは悦に入った表情で目を細め、ふんっと鼻を鳴らしてチーズの入った容器の横に寝そべった。

 さて、オジサンのお世話係も決まったことだし、お昼ご飯にしますか。

 角切りしたチーズを野菜サラダに混ぜ、香辛料とハーブを漬けこんだオイルを回しかける。他には、お土産の串焼きと肉詰めパンにドミさんのお店で購入したお茶。いただきまーす。

 遠慮がちに手を伸ばしたリュースも、サラダを一口食べたら止まらなくなった。うん! 食べっぷりのいい子は大好きだ。


「お家君、変わったことはなかった?」


 ――アレクが訪ねて来たけれど、アズは旅行中だって伝えたら帰って行った。家には入れないよ~とも伝えておいたよ。


「あのクソガキ……嫁が九人もいても暇なんかい!」

「奥さんが……九人」

「あ、さっき言った魔族みたいな英雄が頻繁に訪ねて来るの。会っても自己紹介したら、それ以降は無視してかまわないから」

「無視……お客様を無視して?」

「あれはいいの。デカい図体と派手な顔だから凄い英雄に見えるだろうけど、中身は脳筋でリューよりずっと子供だから。威嚇されたら家に避難して。それに、ここには大事なお客様なんて来ないから」


 食事をとったことで、真っ白だったリュースの頬に血の気が戻った。満腹の幸福感に目を閉じてお茶を飲み干し、ふーっと細い吐息を漏らした。

 ここが安全で安心な場所だと理解してくれただろうか。目まぐるしく変わった生活環境に、見た目より心は疲れているだろう。


「今日から私たちは家族同然だからね。遠慮なく手伝わせるから、リューも遠慮なく暮らしてね」

「はい……」

「よし! じゃ、リューの使う部屋へ案内するわ。整理整頓は明日以降でいいから、とりあえず必要な物を出したら、お風呂に行って一休みして」


 気持ちがまだ付いてこなくて実感がないんだろう。よろよろした足取りのリュースを連れて、二階の一室へ案内する。窓からツリーハウスとルードの寝床が見える。指で示して教えると、見上げながら好奇心に満ちた紅瞳が煌きだした。

 願わくば、彼が自分の意思でここを巣立つまで、幸せにくらせますように。




「アーズ! 頼むからこっちの袋に入ったココは使わないでっ」

「ごっめーん!」


 ひょろっとして貧弱で気弱で遠慮しいだったリュース君ですが、半年もかからずこの環境に馴染んだ。

 まぁ、私とルードと、時々アレクしかいないのが良かったらしい。

 長い間差別に晒されて人間不信になった彼には、これくらいの人数が気兼ねなく過ごせる環境バランスなんだろう。

 でも、私とリュース……。いい年した大人二人が人間不信の引き篭もりって、とっても不健全な気がして来た。

 ところで、初めてのアレクとの遭遇は、リュースが裏の畑で農作業中だった時にいきなり起こったイベントだったんですが、見慣れない青年を見つけたアレクが先手必勝とばかりに肩をいからせ威嚇し――かけたら。


「カッコいい……英雄様だぁ」


 と、男子特有の憧れの眼差しと興奮の褒め殺しを返され、アレクあえなく撃沈。まんざらでもない表情をしつつも横柄な態度で、心広い兄貴を装い親交を深めていた。

 そんな二人をニヤニヤと眺めてたけど、アレクが剣の師匠になってやると言い放ったのを聞いて、私は自分の失敗を悟った。

 このままじゃ、今以上に奴が来る! 師匠は私なのに! あ、でも剣はあまり……うーん、どうしよう。

 なんて勝手な悩みに浸っていたら、食べて手伝って修行して研究して、剣を振って魔法をぶっ放して、気づいたらオールマイティな薬師兼魔法剣士が爆誕していた。

 唖然。オネーサンと若者の時間の流れって、異世界であっても違うものなの?

 それに、リュースはとにかく几帳面な性格だった。

 年老いた祖父との生活が長かったせいか、なんでも率先して片付けてしまう。初めは気遣いかと思って助言したんだけど、我慢しきれなくなってキレ気味に掃除をはじめたのを見て性分なんだ……と。

 『俺の世話は他人の仕事』なアレクと『……明日でもいっか。時間はたっぷりあるし☆』な私の二人をじろりと横目で見やり、盛大な溜息をもらして掃除をする。

 無理しなくてもいいのにーと言いながらリュースを見ると、私が作ったモップを手にキラキラした笑顔で生き生きと作業をしていた。


「あれは……なんだろう。潔癖症の一種?」

「アズたちがだらしないんだよっ。二人とも大人なんだからさ」


 ――汚されたり放置されたりしてるのは、僕の体の中だからね! 僕はリューの味方をするよ!


「なら、ルードは!? 魔獣さまは汚れまくって――」

「ルードは綺麗好きだよ! 家の中ではなるだけ黒猫になってくれるし、毛づくろいは率先してデッキに出てくれるし、飯は綺麗に食べるし、空き皿も自分で運んでくれるし、ね!」

「いいじゃねぇか……俺は客だし」

「お家君! アレクは訪問禁止に」


 ――了解。


「おい!! なんでだ!」


 ――分かんなかったら、分かるまで来ないで!


 ドンと音がして、アレクが玄関の靴と一緒に消えた。

 それを確かめもせず、リュースが昨夜の宴会の残骸を片付けている。

 私は今、床に正座中である。久しぶりにやると、効くわ。これ。


「アズはさ、なんでアレクが来るとガサツになっちゃうんだよっ。酒が入るとすぐに喧嘩を始めるし、魔法で復元できるからって家の中で暴れるのはもってのほか!」

「はい……カッと来たら「表に出ろ」ですね。以後気をつけます」

「……その前に、喧嘩しないでよ! 女性なんだから!」


 んー。それは無理だな。喧嘩を売るのは、いつも奴だ。気持ちの悪い言動か最強自慢をふっかけてくる。

 買う私も年甲斐ないけれどさ。でも、紳士なリュースの女性扱いが嬉しくて、説教されてるのに顔がにやけた。

 こうしてリュースはここに馴染み、溶け込んでくれた。嬉しかった。

 師匠だと言って強引に誘って連れて来たけれど、やはり人間不信と薄情な私の根っこの部分は変えようがなく、始めに生活環境を整えであげて以降は、あまり構いつけなかった。

 小さな子供なら大人の義務意識で世話をしただろうが、彼はすでにこの世界じゃ成人をしている十九の青年だ。というより、世話されてたのは私のほうだけどね。

 これまでの食生活の悪さが原因で細身で貧弱な体格だったのが、健全な生活を送り出したら見違えるほどの成長をしていった。

 朝起きると朝食が用意され、気づけば家の中が綺麗に掃除され、畑や薬草園の水やりも終わっている。あー素敵でらくちんな生活~。と堕落してられたのは、彼の支配化が完了するまでの、淡い夢だった。



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