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 私はリュースの案内で、だだっ広い荷台に幌をかけただけの古ぼけた乗合馬車を使って、首都スーミルから田舎の小さな集落へと向かった。車内ではルードが愛嬌を振りまいてリュースを慰め、リュースもすこしだけ笑顔を見せてくれた。

 馬車は主要街道を軽快に駆け、半刻ほどすぎた辺りで私たちは降りた。

 そこはスーミル周辺と比べると妙に鄙びていて、農産が主流の国とは思えない枯れっぷりだった。集落は街道から小道を入り、細々とした立木がまばらに立ち並ぶ林の中にあり、村人たちは細々と畑を耕し狩りをして暮らしているらしかった。

 リュースの家は、その集落のはずれにぽつんと建っていた。回りに赤い実の房を下げた灌木が囲み、ココを育てているのはリュースの家だけのようだった。


「僕を育ててくれた祖父が薬師で他の薬も作ってたんですが、ことにココを使った薬はこの村では必需品になっていたんです。場所が場所だけに村の周りの夜警や、夜にする狩りなどで……」

「リュースも薬師なんだよね?」


 古い外壁や室内の様子から、彼を育てた祖父はもうこの世の人じゃないのには気づいていた。一人残された彼の生活が、今は苦しいことも。僅かに残された生活のすべも、門の中ですっぱりと切り捨てられてしまった。

 未来の見えないリュースの心細さは、その薄い肩と力のない声に現れていた。


「やっと技術を教えてもらい始めた頃に、祖父は亡くなって……。だから薬師と呼ばれるほどのことは、まだ……」

「そっかぁ……う~ん」


 明かり取りのために扉を開け放った戸口の向こうには、身を寄せ合うように暮らす村人たちの粗末な家が並んでいる。でも、人の気配は細々としていて、活気どころか生活の匂いも薄い。


「ここは、どれくらいの人が残っているの?」


 ずばっと切り込んだ私の問いに、細い肩が震えた。伏せていた顔を上げ、迷子のような眼差しが私を見つめた。


「若い人たちは街へ移って行って、もう年寄しかいなくて……。僕は身寄りも伝手もないから、ココの木を守ってここに居るしかなくて。それに魔族だから……」


 弱々しい声で小さく呟きながら、視線がまた落ちた。

 私は大きく手を打ち鳴らして、ガタついた椅子から勢いよく立ち上がった。

 驚いて顔をあげたリュースに、思い切り悪い顔でニヤリと笑って見せた。


「それなら、この土地に少しの(しがらみ)もないね! リュース、引っ越ししよう。ココの木と一緒に私の所においで!」

「ええ!?」

「私はさ、このアルセリア共和国は差別のない国だって聞いていて、それなら選民意識に凝り固まった不愉快な連中に悩まされたりせず、国民の誰もが明るく楽しく暮らす国なんだろうと思って来たのよ。でも、初日から君と同じ民族の女の子が、なんの落ち度もないのに暴力を振るわれ罵倒を浴びせられているところに行き当たったの。そして、次の日には君よ。その女の子は雇い主がいい人だったから安心して見送れたけれど、君は見捨てられないわ! なんたってココの将来がかかっている!」

『おい!』

 

 リュースの膝の上で撫でられながら寝ていたルードが、私の傍若無人な物言いに思わず突っ込んで来た。けど、無視!

 拳を振り上げて宣言する私に、呆気にとられたリュースが口を開けて見上げていた。


「アズさん……」

「私の棲み処は北の果ての、魔物と魔獣しかいない樹海の中。君を悩ます人族はいないわ。のんびりココを育てながら薬師の修行をして」

「でも、ココの木を持って行くなんて……」

「――できるでしょ? その鞄の中は、いったいどれくらい入るのかな?」


 途方に暮れて瞳を揺らしていたリュースに顔を近づけ、他に誰もいないのに小声で囁いた。隠していたモノを見つけられて、リュースの表情が凍った。


「大丈夫。私は君以上のモノを持っている。魔力も魔法の鞄も! どうする?」

「……あなたは、なんなんですか?」

「私は大魔導士。そして、この世で最後の魔女。『森羅万象の魔女』アズ」

 

 じっと紅い瞳を凝視する。私の視線から、彼も目が逸らせないでいるようだ。ごくりと喉が鳴り、「魔女」の二文字に緊張の度合いが増して見えた。


「まっ、まじょ……?」

「ええ。災厄の元凶の様な言い伝えをされているけど、私はそんなことを一度もしたことないわ。無礼な行いをされたら、多少の躾で返すけどね」

『躾とは……』

「どうする?魔族のリュース君」

「僕は、魔族じゃない!」

「あら、いいじゃない? 魔女の師匠に魔族の弟子なんて――君よりよほど魔族みたいな瞳をした英雄だっている世界。いっそ大手を振って魔族を自称したらいいのよ」


 自分の中の嫌悪感で否定してみたものの、私の言いざまを最後まで聞いて、ふっとリュースの唇に笑みが零れた。

 何事も逆手に取って、大手をふって楽しみましょう!


「本当に、行っていいんですか? 僕は魔物と戦えるような力は持ってません……」

「戦うのは私とルードが引き受けるわ。お家の周りは完璧な結界に護られているから、抜け出さない限りは安全よ」


 青年の紅い眼が、くたびれ果てた部屋の中をじっと見渡す。

 何度も打ち直した棚や扉。開いてしまった穴を板切れで塞いだだけの壁。それも朽ちて隙間が見える。

 でも、そこを綺麗に丁寧に使っていたのだろう。掃除されて余計な物は置かれていない。

 改めて眺めたリュースはぐっと一度だけ目を閉じ、それから覚悟を決めたように目を見開いた。


「それなら……お願いします。僕を連れて行ってください」

「了解。リュー」


 期待を込めた微笑みと握手を交わす。野良仕事で固くなった指が、私の手を力強く握り返してくれた。

 

 それから私たちは、黙々と引っ越しの準備をした。

 私は隠しもせずにリュースの目前で魔法を使い、ココの木を回りの土ごと抜いてデカバッグに吸い込ませた。目を丸くして突っ立っているリュースを追い立て、彼に収納庫(ストレージ)を使わせて家を空にさせた。建物の軒下に作られた狭い薬草畑も一緒に。

 村の人へ挨拶はよいのかと尋ねた時、彼は曖昧な苦笑いで首を横に振った。

 祖父が生きていた頃はそれなりの付き合いだったのだろうが、彼が一人になったあとは遠巻きにされるだけになったんだろう。彼も幼い子供ではないし、若者たちが去って自分たちの生活で精一杯だろうしね。


「アズさんは、一人で暮らしているんですか?」

「いいえ、ルードもいるしお家君もいるわ。私の住まいは意思を持っていて話すのよ。楽しみにしていて。それと、わたしのことはアズと呼んで。さあ、帰るわよー!!」


 リュースの家のドアに指を立て、くるりと円を描く。


【空間門】


 ドア一杯に転移方陣が光と共に浮かび上がった。十分な魔力を流しこみ、方陣が完成したところでドアを開いた。

 その向こうは寂れた村落じゃなく、深い森林の中の見慣れた家の門前だ。


「ようこそ、リュー。今日からここが君の家よ。さあ、どーぞ!」


 恐る恐るって態で扉をくぐり門前に立ったリュースは、ココの木を根こそぎにした時よりも驚いて、ぽかんと口を開けたまま立ちすくんでいた。

 その後ろ姿にニヤニヤしながら、リュースの家に【状態維持】と【鍵】を掛けて扉を閉めた。

 突然、行方知れずになったリュースに気づいても、村人は不審にまでは思わないだろう。若者が減って行く村だから、若いリュースも何処かへ移ったと考えるくらいで。

 きっとこのまま村人は減って行き、住人不在の廃屋が点在するだけの荒れ地になって行って――。となれば、これでアルセリアに拠点ができた。人目につかない拠点が手に入って万歳!

 ただし、ココの木が一本残らず消えたのはどう思われるか……。

 まぁ、そんなことはどうでもいいことだけどね!



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