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 出会えるとは思わなかった物に出会えて身も心も高揚したまま、鼻歌を歌いながらルードをとっ摑まえると従魔もOKの宿に向かった。

 大路に戻って、目的の宿に向かって歩いていた時だった。すぐ先の店頭から、甲高い悲鳴と共に十代半ばほどの女の子が飛び出して――いや、弾き飛ばされて転げ出てきた。

 地面は石畳だから転んだ弾みに背中を強く打ったらしく、起き上がることもできずに呻きながら蹲っている。

 私は慌てて駆け寄り、そっと抱いて起こしてやった。


「大丈夫!? 痛いとこは――」


「全く穢らわしい!! 魔族なんぞ雇うような店では、我が高貴なる主人には触れさせられん! 契約はなかったことにする!」

「馬鹿を言わないでください! ここにきっちり契約書もあります! 従業員に関してなど契約条件にはありませんからね!」

「条件にまで記載せんと分からんとは……だから下賤な輩は!」

「どうしても契約破棄すると仰るなら、条件通りに賠償を求めます。ロゴン様にはのちほどこちらからご連絡いたしますので、とっととお帰りを!」


 店主と商売相手らしい男の怒鳴り合いを前に、私は少女の傷を確かめこっそり【治療】を使って痛みを消していた。

 選民意識の高そうな男が足早に店を出て、少女を憎々し気に睨むと舌打ちをして去って行った。


「ファミリ、大丈夫だったか!?」


 やっと店先を塞いでいた男が居なくなって、店主が青い顔で駆け出して来た。


「旦那様……大丈夫です。こちら様が介抱して下さって……」


 私の胸に背を預けていた少女ことファミリが、店主と私を交互に見た。

 あ、この子は紅い眼。魔族と呼ばれている種族ね。

 それは、とても美しいルビーのような瞳だった。


 ファミリが勤めるお店は、香辛料や香草薬草・乾燥果実など様々な乾物を扱っている商店だった。

 人好きのしそうな小太りで福々しい笑顔の店長さんは、実は大陸中に支店をもつ大商会の二代目さんだった。

 彼は心の底から先ほどの商売相手の男の行いに怒り、ファミリの怪我を心配し、店長ながら店員を守れなかったことを悔やんでいる様子がありありと感じ取れた。


「大の男が、こんなに小さな女の子に手を上げるなんて……」


 私も一緒に憤りながら傷の手当てを続けていると、申し訳なさそうに涙目のファミリが頭を下げた。


「謝らないで。こんな時は『ありがとう』って言ってもらえる方が嬉しいわ」

「はい、ありがとうございます。……傷も打ったところもなんだか痛みが消えて来て……薬師様ですか?」

「いいえ。旅の魔導士よ。旅をしているから、薬も自分で作れるようにしてるの。役立ってよかった」


 腰袋から取り出した傷薬をあちこち塗ってあげながら、気づかれないように小刻みに痛みを消す。


「申し訳ないです。店長の私が、やらなくてはならないことですのに……」

「ちょうど通りかかったので、構いませんよ。店長さんも大変そうでしたしね?」

「全く、とんでもない客ですよっ。この国でよくも堂々と言えたもんです! 衛兵に訊かれたら罰金ですよ。――ファミリ、今日はもう上がっていいよ。帰ってゆっくり休んで、明日もまた頑張っておくれ」

「はい……では」


 打ち身に効く塗り薬を小さな合わせ貝に入れて渡し、何度もお礼を言いつつ足を引きずって奥に戻って行くファミリを見送った。年端も行かない少女の哀れな後ろ姿は、見送る私たちの心を陰鬱にした。


「……旅のお嬢さん、ありがとうございました。お時間があるようでしたら、お茶でも?」


 店長さんのにっこり笑顔に、断るのは不調法かとありがたく誘いに応じることにした。そこでようやく忘れていたルードが、ひょっこりとデカバッグから顔を出して可愛らしく鳴いた。


「おや? 愛らしいお連れさんもいらしたようで。どうぞ、ミルクでもご用意させましょう」

「ルードよかったね! では、遠慮なくご馳走に」


 手招きされて、店の奥の応接室にお邪魔した。華美ではないけれど、それなりの調度が並んだ品の良い部屋で、モダンな猫脚のソファを勧められて腰を下ろした。


「改めまして、このスーミルでフォルゲン商会を営んでおりますドミと申します。従業員が大変お世話になりました」

「いえいえ、通りかかったのも縁かと。私はグランバトロの北部に住む魔導士のアズ。アルセリアは初めてなので、何か珍しい物はないかと足を向けてみました」

「それは遠い所から……」


 思いもよらない国からの女旅人に、ドミさんの細い目が見開かれた。

 そうよねぇ。いくら魔導士とはいえ、女の一人旅は珍しいものよね。

 短いノックの後に、年配の女性従業員さんがお茶とお菓子のワゴンを押して入って来た。

 思わず私とルードの視線が、ワゴンの上に釘付けになる。爽やかなお茶の香りと、焼き菓子のイイ匂いが部屋に広がって、まだ昼食を取っていなかった私たちをたちまち魅了した。


「どうぞ、ごゆっくり」

「さあ、召しあがってください」


 ドミさんの笑顔もだが、このお店の従業員さんたちの笑顔はとても心和ませてくれる。

 わざわざルードに用意したミルクの皿をソファに下に置いてくれて、お菓子まで添えてくれるなんて! 待ちきれないとばかりに、ルードは私のお腹を蹴って飛び降りた。そして、従業員さんに向けて「にゃあ」と一鳴き。


「まあ、賢い子ですねぇ」


 目を細めてルードを見ると、またにっこり笑んで一礼して部屋を下がって行った。

 私は、あらためて腰を落ち着け、お茶とお菓子を堪能した。美味しくて自然に微笑んでしまう。しっとり柔らかい感触とたっぷりのバター風味に満足の吐息が零れた。


「美味しい……。こんなにたくさんのバターを使ったお菓子があるなんて……」

「ああ、北の国ではバターは滅多にお目にかかれないでしょう。貴族様限定の材料になりますからね」

「はい。庶民の使う市場では、まったくお目にかかりませんね」

「ここは農業もですが牧畜も盛んでして、ミルク生産も多い。そのためミルク加工も進んでおりましてね。バターも入手しやすい食品なのですよ。持ちは短いが、船便なら帝国辺りまでなら輸出できますし」

「やっぱり来て良かったぁ」


 チーズは難しいが、バターは生クリームまで進めれば割とたやすく生産できる。ここで作られているバターは無塩がポピュラーで、焼き菓子やスープに使う材料として使われている。炒め料理や焼き料理、パンに練り込んだりはまだ出会っていない。


「珍しい物をとおっしゃいましたが、何かお探しで?」


 さすがは商人! 私の表情を読んだのか、すぐに意味ありげな笑顔を向けて来た。


「はい! チーズと言うもので……やはりミルクの発酵食品なんですが」

「チーズーーもしかしたらフォマージかも……」


 私の説明に、ドミさんは笑顔を消して思案顔で呟いた。

フォマージ――フロマージュのことかい? 仏語でチーズを指すんだけど。どうなってんだ、異世界言語。バターは英語だし、パンは――パンも仏語だった!

 私の持つギフトの【全言語翻訳】ってやつが原因かな? それにしても、統一性のなさが気になる。

 と、直後にその問題に対する回答が、ドミさんの口から語られることになった。


「知っていらっしゃるかもしれませんが、フォマージやバターなどの色々な物が、昔この世界へ降臨なさった聖女様や勇者様から頂いた知識を元に作られたのですよ。各国で専門家が集まって、たくさんの物を開発しようと試行錯誤したようです。この辺りの部族や周辺の小国などは気候や材料の豊富さなどから、おもに食品関連が多かったとか。多種多様な香辛料や香草なども、その知識の賜物なんです。それが今では、この国の特産になっております」


 なるほどーと納得の答えに、私は何度も頷いた。

 召喚された聖女も勇者も、全員が日本人だった訳じゃないだろう。アレクみたいに他の異世界だったり、私たちと同じ世界でも違う国からだったりしたら――こりゃ、一度調べてみる価値ありだね。


「その、フォマージが欲しいんですが!」


 身を乗り出さんばかりの勢いで、ドミさんに迫った。

 若干引き気味だったが、ドミさんは快く取り扱い店への紹介状を書いてくれると約束してくれた。その前に、ドミさんの店でも大量買いを敢行した。

 クミン・カルダモン・アニス・ターメリックなどなど。まだ見つからなかった香辛料を片っ端から購入。それと茶葉。従業員さんから試飲と丁寧な説明を受け、気に入った三種類を。支店がグランバトロ王国にもあるとのことで、以後はそちらでと紹介してもらった。

 いっぱいの買い物と、お菓子のおすそ分けを手に(インベントリに入れたけど)、ドミさん達の見送りに手を振ってお店を後にした。時間を考慮して、その日は宿へと直行した。


 チーズらしきものは、明日の楽しみに。

 

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