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 酒瓶を手にしたまま後ろに倒れて気絶したアレクを、いつもの場所へ転移させて会談は終了した。

 実があったのかなかったのかわからない会談だったけど、それでもこの世界でひとつの縁を手にできた。

 アレクは単純脳筋女好き野郎のようで、ご多分に漏れず英雄色を好んでいらっしゃる。でも、悪い奴じゃない。


「バカだけどね。というか、難しいことを考えられるほど頭は良くないわね」


 さーて、寝ようかな。ルードも何も言わずに変身を解いて、巨大樹の巣へと駆け上って行った。


 ――カワイイじゃないか。まだ子供だね。


「えー? 脳筋過ぎるし頭は残念だし、怖いよ。主に背後がね。それに、女癖が悪い」


 汚れ物を片付けテーブルを撤去して、入浴の準備をする。英雄が関わるだけで、通常の日より疲れが増す気がする。ガキの相手は本当に疲れるね。


 ――ああ……そこが難点だ。新たなお客さんが増えて楽しいと思ったのになぁ


「ええ!? お家君、どうしたの? そんなに気に入ったの?アレ……」


 ――子供には、心休める避難所も必要だからさ。もちろんオイタしたら追い出すよ。


「……好きにして」


 結局この甘さが、後に自分の首を絞めることになった。

 この日を境に、アレクはちょくちょくお土産を持って現れた。

 ワイバーンを使うことはなくなって、転移の魔道具をどこからか入手して飛んでくるようになった。見せてもったら遺物(レリック)らしく、他国の遺跡から出た物を大枚を叩いて買い取ったとか。

 でかい図体で胸を張って自慢げに話すアレクを前に、私は頭が痛くなった。

 加えて、アレクがなぜ頻繁に来るようになったか……それが一番、私を慄かせた。


「アズ、結婚してくれ!!」


 玄関へ飛び込んで来ると、毎度毎度の開口一番がこの台詞だ。

 もちろん「お断り!」と即答している。もう何度目かになった頃から、これは彼特有(女ったらし)の挨拶なんだと思うようにした。

 だって、聞けばすでに嫁が九人もいるって話しなんだよ? 言い寄られる先から娶ってるとかで、自分から口説いてるのは私だけだと、これも胸を張って――殴っておいた。


「……なんでルードばかり可愛がるんだ」

「あんたより可愛いから。大体、神獣に手を出すって罰あたりだよ!」

「知らなかったんだと言っている。強い魔獣がいると言われて行っただけだっ」

「単純バカ過ぎて呆れるわね。少しは自分の頭で考えるようにしなよ。いい様に使われて、情けないったらないわ」


 ルードが神獣だとバレた時は素直に間違いを認めて詫びたけど、今度は私が黒猫ルードを構いまくるのが気に入らないと喧嘩を売って来る始末だった。

 あまりの煩さに、結局ルードが死なない程度を条件に喧嘩を買って――アレクをさんざんボコって終わった。オジサン強い!



 グランバトロの王都の酒場には、ちょくちょく世情調査に行っていたけれど、遠出の旅はまだだった。だから第一回目の旅は、まだ行ったことのない南端の国へ遠征することにした。

 【大陸地図】の更新を目的に、各国の特色を知りたかったから。


 この世界には三つの大陸あり、私がいるア・コール大陸が最大の面積を有し、他の二つはずっと小さくて無人で魔物の楽園という話だった。

 小大陸は《大魔境大陸》と呼ばれて、うちの樹海並みに忌み嫌われている。某海軍国家が何度か占領部隊を出したけれど、一度として帰って来たためしがなかったそうだ。何隻もの大型船を送り出しても、一隻として戻らない。難破にしては破片一つ遺体一つ流れつかないことを重く見たその国は、遠征計画を断念した。そして、どこからともなく《大魔境大陸》の呼び名が流れ始めた。

 ここで謎なのが、魔女の知識には《大魔境大陸》を含めた二つの小大陸に関する情報がまったくないこと。

 『森羅万象の魔女』の称号の是非が危ぶまれる。


 さて、このア・コール大陸だけど、形は歪な楕円形で南北に長く、中央を縦に山脈が走り、それを境界に現在は七つの国に分かれている。王国が大小合わせて四つに、帝国・宗教国・部族や小国を集めて作られた共和国。

 今回訪れる予定なのが、この共和国だ。

 この大陸には、ファンタジー小説に出てくるような獣耳の獣人やエルフなんて種族は存在せず、民族的違いはあっても人族しかいない。

 白肌系人族が大半を占め、肌が浅黒い南の固有民族の他に《魔族》と呼ばれて差別される歴史を持つ民族がいる。

  元は同じ人族だったが、大昔に魔に喰われかけて半転化した生き残りたちが祖先って話しだ。外見的には、全く違いはない。差別される点は二つのみ。

 瞳の色と魔力の多さ。ことに、瞳の色は他の人族には決して現れない色――紅――。この二つが合わせて出た時点で、本人や親がいくら否定しても周りは《魔族》と決めつける。

 しかしステータスの[人種]の項目には、《魔族》なんて種族はない。《魔族》と言われる人々を【鑑定】しても種族は人族と表示されてるはずだ。つまり、生粋の人族が魔に侵された祖先を持つ民族を、無意識の差別から《魔族》呼びを始めたらしい。

 人族ですらカラフルな髪色と眼の色を持っているのに、滅多にない紅の眸だけで排除するって、あまりにも不遜だ。

 私だって、見た目は人族ですが魔力は無限ですしー。まぁ、魔女だけどね。

 そんな《魔族》呼びされる人々や他の少数民族・崩れかけた小国家が集まって作ったのが、アルセリア共和国。国議長を頭に集落や街の代表で作られた国議会を中心に、民主主義の先駆けみたいな法の下で国民は暮らしている。


「ふーん、農業と漁業と商業と海運業の国かぁ」

『南の端だが、大規模な港と豊かな平野部と中央山脈から出る鉱石とで、おのずと商業も盛んになった』

「人として住むなら、この国が一番だねぇ」


 肩に乗ったルードと小声で話しながら、外壁門の案内所で貰ったガイドブックみたいな薄い本を開いて散策している。ここは、国議会場がある首都スーミルの商業街。

 道は石畳で広く、道沿いの商店は多種で大賑わい。所々にある荷馬車の停留所はたくさんの屋台に囲まれて、まるで広場のようだ。


「チーズがないかな?」


 ここへ来た一番の目的が、まだ見ぬ食材探しだ。

 バターはクリームを作ることができたんで、割と簡単に手作りできた。

 チーズに関しては、ミルクと菌と酵素があれば錬金の【発酵】でフレッシュチーズは作れたけれど、熟成は魔法じゃ美味しくできなかった。やはり自分の手で手間暇かけないとだめみたいだ。


「後は調味料なんだけど…」


 塩は土から家で使う程度の量が錬金できたし、砂糖や香辛料は畑で栽培。巨大な蜂に似た魔物ポイズン・ビーの巣から蜜が採れたし、後は味噌・醤油……ある訳ないかぁ。

 と思っていたら、魚醤と牡蠣醤をみつけた! 屋台のお兄さんが焼いていた串肉の香りが決めてだった。販売店を紹介してもらって、即飛んで行った。

 店の前では、荷馬車が停まって中樽がたくさん積み込まれている。少し離れた所からでも、醤の香りが漂って来て、慣れた発酵臭にニンマリ笑んだ。


「ああ……オイスターソースの匂い……」


 気づけばルードが離れた場所へ逃げて行ってる。だめか、慣れていない匂いは。

 店の中をあちこち覗きながら、近くに寄って来た店員に両方を小樽一つづつ注文した。


「お姉さん、どこの人? あまり見ない族種の人だねぇ」

「グランバトロの北部から来たの。うちの族種はほとんどいなくなったわ。大昔はこの辺りにいたみたいで、醤の香りが懐かしくって……」


 ええ、異世界人ですから。モンゴロイド系の顔はいないだろうね。この世界の人族は、基本がコーカソイド系ですし。

 店員さんの口調には含みはない。多民族国家だけに、ちょっと珍しい外見を見ると挨拶代わりに気軽に尋ねたりするらしい。


「グランバトロの北かい!? 遠い所から……と言うか、北の端から南の端にだな! ようこそ、アルセリアのスーミルへ。ゆっくり楽しんで行ってな?  古の隣人(いにしえ)

「ありがとう。たっぷり食べて楽しむわ」

「食い物かい! はははっ」


 陽気な会話は心が弾む。古の隣人かぁ……素敵な挨拶だね。旅の始まりに、これは嬉しい。

 小樽を受け取りデカバッグに入れ、腰袋からお金を出して払った。これくらいの量なら、商人が持っている魔道具鞄と同じで珍しい物じゃない。

 北からの旅人が持っていても不審に思われたりしない。なんたって、大陸中の色々な品物が集まる国ですから。



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