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 問答無用で樹海の外まで強制転移させた英雄アレクは、その後も懲りずにトライしてきた。

 だから「お疲れ様~」と一言声をかけて転移させまくったんだけど、スタミナ馬鹿は止まらない。マジでアンデッド説を推すよ。

 五回目までは数えてたけれど後は惰性で送り返し……最後はとうとう私がキレた。

 だって、ゆっくり作業ができないんだもん! だから、お話にならない相手(話が通じない)には、やはり肉体言語での会話が必要だわね。暴力? いいえ、躾ですよー。

 若い子のヤンチャは、ある程度までいったらヤンチャで済まさないのが大人です。仏だって三度までだしね。仏どころか女神様すらいないけど。


「懲りないわねー! いい加減に諦めたら?」


 以前は木々の枝が重なり地面は苔むして鬱蒼とした場所だったのに、英雄という名の巨大戦車が何度も通ったせいで道ができてしまった。ここまでの道幅があると【幻惑】での防衛機能に支障がでるから困るんだよっ。

 腹立たしさに腕組みして睨みつけるけど、相手は私以上にデカくて強面だ。迫力負けは否めないが、引き下がりはしない!


「諦めるのはお前だ! 女! 何度飛ばされようが、必ず戻ってやるぞ!早く魔獣を出せ!」

「はぁ~、仕方ない。先手必勝!【いばらの冠ローゼ・オブ・クラウン】」


 鋭いトゲが連なったいばらの枝がアレクの頭上に現れ、間髪入れずにムチのように巨体に巻きついて拘束する。慌てて抵抗しだしたけど、暴れれば暴れるほどトゲ付きリングは容赦なく締めつける。当然のごとくぶっといトゲが深く刺さって大流血し、またたく間にいばらに巻かれた下部が鮮血まみれになっていく。

 見てるだけで痛そうだが、躾です! DVじゃありません!


「うがあぁぁっ!!」

 

 大絶叫が樹海に響きわたり、吹き出す威圧で一帯の魔物たちが一目散に逃げ去っていった。


火炎法衣フレイム・ヴィスタメント


 トゲに深々と刺されながらも全身をのけ反らせ、力任せに拘束から逃れようと苦闘しているアレクに、視覚的にも恐怖を与える攻撃をしかける。

 全面が燃え上がっている布のようなモノが巻きつき、さすがのアレクも顔色を変えた。


「ちょーっと火傷するだけだから安心しなさいね。ただね、全身の毛という毛が燃え尽きると思うわ」


 にっと悪い微笑みを浮かべて、丁寧に躾の概要を説明してみた。

 同時に、紫紺の長髪が毛先からチリチリと焦げて粉になってゆく。


「やめろ! このアマ! よくも俺様のーーーーっ!! あがあぁぁあああ!!」

『……えげつない』


 どこからともなくルードの呆れ声が脳内に入りこんで来る。けど、聞こえないふり~。


「大人の言うことを聞かないクソガキには、きちんとした躾が必要なの! これに懲りたら、もう許可なく来るんじゃないわよ? じゃーねぇ」


 ほい! 再度転移だ。


『……鬼畜』

「なんか言った? オジサン」

『……』



 憂さ晴らしも兼ねた暴挙(小)に気分も晴れ、爽快な気分で家へと戻った。心なしかお家君もなんだかキョドってるように感じるけど、どうしたのかな?


『あれで懲りたとは思えないが……』

「また来たら、今度は潰しにかかるよ? どこをとは言わないけどさ。それよりも、私を「女」とか「アマ」とか呼んでたけど、魔女だって自己紹介したのは無視された? 恐るるに足りずと思われた?」


 最初に自己紹介した時、確かに魔女と名乗った。驚くとか憎しみを向けるとかすると予測してたけれど、アレクはするっとまる無視してくださった。

 それが何とも不思議で納得いかない。魔女と名乗ったのはアレクの意識をルードから引きはがすためだったが、魔女の威力は魔獣に負けたようだ。

 くっ、悔しくはないやい!


『いや、今でも魔女は恐怖の対象だ。俺たち魔獣なぞ足元にもよらないハズだ』

「じゃあ、なんでアレクは……?」


 ――魔女を知らないのかも知れないよ? 魔女の不在期間に、異界から呼ばれたんだから。


「あー……なるほど。邪竜討伐のために召喚したんだから、回りの人たちはわざわざ魔女のことなんか話題に出さないでしょうね。魔女がいなくなって何百年もたつし、いるかいないか分からない敵のことなんかねぇ」

『ほとんど昔語りの中の魔獣と同様だろう……』


 ことによると、神獣様より希少種ですからね。

 世界にただ一人の魔女です。絶滅危惧種として保護してもらってもかまわんよ?

 さて、作業に戻りますか。そろそろ本格的に社会復帰しないとだし、さっさと準備にかかりますか。

 なんて思っていたのは私だけで、十日くらい経った頃、驚くなかれワイバーンが私宛の書状を届けに来た。


『あれは竜騎士のワイバーンだな。乗っているのは英雄だ』


 巨大樹を中心にくるくる円を描いて飛行しているワイバーンが、木々の狭間から見える。離れて行かないところをみると、返事待ちかと急いで書状を開いた。


「躾は成功したみたいよ? ご訪問したいけれど、ご都合は? ってとこかしら?」

『返事はどうするつもりだ?』

「ルードを諦めてくれるなら、別に敵対したい訳じゃないし応じてもいいけど、どうしても肉体言語で話し合い希望ってことなら、躾第二弾をすればいいだけだしー」


 面倒なんで手にした書簡用紙に【消去】を掛けて白紙に戻し、そこに返事の文面を焼きつけた。


「んーっと、お話しするだけなら会うけど、それ以外ならお断り! っと」


【飛翔】


 巻き戻して小花の咲いた蔓で結ぶと、お空に放り投げた。ワイバーンめがけてすーっと飛んで行った書簡を長い腕が掴み取るのが見え、少ししてからアレクが落ちて来た。

 どうして馬鹿ガキって無謀なことをするんだ! 見ていて、お姉さんは肝を冷やしたよっ。


「酒を飲みながら話したい!」


 手に緑色の酒瓶を掴んだ、凶悪な笑顔のアレクが結界の前に降り立った。

 どう見ても殺し屋です。毒か? 毒殺に来たのか?

 しかし、完治が早いなぁ。髪は短めだけどさ。万能薬(エリクシル)を使ったのかな? あ、回復薬(ポーション)は、傷は治しても育毛まではいたしませんのでご注意を。


「なぜ部屋へ入れてくれないんだっ。俺は客だぞ!?」

「話しをするだけなら『会う』と書いてあったでしょう? 家に招待したつもりはないし、結界内に入れてあげただけでも喜びなさいよ」


 世界最強マッチは、ウッドデッキにテーブルセットを用意して行われることになった。

 お酒を手土産にたって、どーせこの世界のお酒だからたかが知れてる。酒や料理に煩い日本人なめんな!

 ルードは黒猫を装って、私の肩でアレクをジィっと観察中。ニヤつきながら指を近づけてきた途端、毛を逆立ててフーッと唸って威嚇。筋肉質の肩を落として凹んでるのを見て、思い切り大笑いしてやった。

 あんたが仕留めようと躍起になってた相手だよって、言ってやりたい! 子猫の威嚇にしょげてるなんて、腹から笑ってやったわ!


「それにしたって外とは……」

「室内は土足厳禁にしてるの。その面倒臭そうなブーツは脱ぎにくいでしょ?」

「裸足……なのか?」

「そうよ。だから入室禁止」


 デッキのドアは開放してあるけれど、アレクはお家君に拒否されている。私が台所へ戻った時に、そっと侵入を試みて跳ね返されてた。うひひ。

 テーブルに所せましと手料理を並べ、ルード用の生肉も皿に入れて用意して、少し早い晩餐会を始めた。


「ところで、何を話したくて来たの?」


 目新しい料理の数々に目を輝かせたアレクは、私の質問にちらっと不本意そうな視線を投げながらフォークを掴んで肉料理に挑み始めた。


「……あんたは、何なんだ?」

「はぁ!? 初めて会った時に自己紹介したでしょ? 私は魔女、名はアズよ」

「俺より強いなんて解せない」

「解せないったって、魔女だからねぇ。世界最強の名は私のもの~」


 手にしたフォークでどっさり皿に盛りつけた料理を、勢いよく頬張る。まるで欠食児童だ。厚めのステーキ二枚重ねに食らいつく人、初めて見たよ。塊りで出してやればよかったかな。


「魔女って……なんだ?」

「誰からも聞いてないの? 異界から来た元勇者さん」

「俺のことはどうでもいい。俺より強いアンタは何者だ?」

「だから魔女。人々は《災厄》や《凶禍(きょうか)》を招く者と呼んでいるらしいわ。そんなこと、やったこともないけどね」


 アレクの持ち込んだワインで喉を潤し、色とりどりの野菜をハーブ塩で炒めた料理を口にする。ウマーだよ。マジで野菜が美味しくなる土地だ。その間にも「旨い! 旨い!」と叫びながら、アレクの大きな口があれこれ吸い込んでいく。ワインなんて、途中からラッパ飲み……。


「俺を燃やしたじゃねぇか……」

「あんたが警告に従わず侵入してきたからでしょ? 躾だって言ったハズよ。殺されなかっただけでも感謝しなさい」

「やはり()る気だったんじゃねぇかっ」

「でも、あんたは死んでないでしょ?」


 テーブル上に空瓶が増えて行く。収納鞄(ストレージ)から次々出しては、自分で消費して行く。お土産じゃなかったんかい!


「あんたなんて呼ばずに、アレクと呼んでくれよー」

「キモチワルイ……アンデッドは好みじゃないの!」

「アンデッドじゃねぇ! モテモテの英雄様だ!」

「お姉さんと対等におつき合いしたかったら、もっと大人になってから来てね?」


 剣呑な微笑みを向けてやろう。喜べ! クソガキ!


「まさか年上……なのか? その姿で嘘だろ! でも年上の妻も……なぁ、俺の妻にならねぇか?」

「はぁ!?」


 なんだかマジでキモチワルイことを口走り出したんで、渾身のデコピンをお見舞いしてやった。

 その衝撃をもろに受けて、そのままアレクは白目を向いて後ろへ倒れた。


「弱いわねぇ……」


 お酒も戦いも。


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