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「うわー!」


 ベッドに身を起こして早々、【地図】を表示して索敵を開始した私の第一声。

 そこに映し出された予想外な展開に、寝ぐせ爆破している頭とアホ面を晒して叫んだ。だって、予想してたより英雄様の移動が早いんだもん。


 ――おはよう。もう僕の監視範囲に入っているよ。


「このままだと、あと半日でこの付近まで到達しそうね」


 よっこらしょ! と掛け声をあげてベッドから降りると、着替えをすませて階下に向かった。

 さすがに何があるかわからないから、本日は完全武装した。手作りスウェット下にヘルリザードの皮で作った前垂れ付きベストと膝あて。戦闘時はこれにアイアンスパイダー製の籠手を装備する。

 ルードに『なんだ、その不格好な装備は?』と酷評されたけど、見せる相手なんて魔獣しかいないんだからと無視を決め込んだ。どうも、ルードとしては魔法による戦闘が主な私が、まるで近接戦闘員のような装備をつけていることを疑問に思っただけらしい。それも、ちぐはぐな組み合わせだけに資金難なのかと憐れにさえ思ったと。

 余計なお世話というものだ。

 顔を洗って居間に入ると、昨夜放置したままだったルードが本体に戻って暖炉前に悠々と身体を伸ばして横たわっていた。

 ラグからはみ出した毛皮の山が、私を見てゆらりと動いた。


「おはよー、ルード。こんな所で眠れた?」

『夜通しで監視していた。面白かったぞ。あいつの動き』

「なに?」

『迷いも休みもせず、真っすぐこちらへ向かって来ている。途中で何度か魔物と戦っていた様子だが』

「やっぱりアンデッドよ……英雄様、キモチワルイ」


 冗談を飛ばしながら朝食の用意をし、ルードのためにデッキ側の両開きのドアを開け放してやる。巨体をのそりと起こしてデッキへ移動したルードは、四つ足特有のポーズで伸びをしながらの準備運動の後に森の中へと飛びだして行った。英雄の侵攻ルートとは反対へ向かったルードを見送り、私は朝食の用意をはじめる。

 時々【地図】に目をやりながら、たっぷりの野菜と鳥を使った汁物と薄焼きのパンを食べた。


「チーズとバターが欲しいなぁ……」


 ミルクは存在する。牛ではないけれど似た動物が飼育されているのは知っているし、城からの逃亡の時に屋台で買った飲み物にミルクが使われていたのも確かめた。でも、チーズやバターらしい乳製品は見なかったし、はたしてこの世界で作られているのかも記憶になかった。


「やっぱり社会見学しないとなぁ」


 ――外出してくるのかい?


「うん……。欲しい物もあるし、魔女の知識がめちゃくちゃ古くて修正が必要なのよ」


 ――そのようだね。先代が亡くなったのは五百年ほど前だからね。


「魔女がいない間に、大陸も色々変わったしね」


 五百年の間に消えた国家も現れた国家もあるし、続いている国も領土が変化している。その間にも、天災や人災によって起こった地殻変動やら森林消失やら山脈大崩落やらと、この大陸はアクティブ・イベントに満ち満ちた歴史を刻んでいる。


 ――樹海の手前にある荒野も、元は樹海の一部だったんだよ。


『あそこは、邪竜と勇者の戦いで無の平原と化した。魔女がいれば即座に浄化を行って、今頃は森程度には蘇っていただろうが……』


 姿は見えなくても、ルードの【念話】が会話に割り込んで来た。

 なるほど。邪竜討伐後は邪気を払わず放置で、自然浄化頼みだったのか。

 邪や魔をおびた魔物を退治しても、浄化をしない限りはその場に忌まわしいモノは残りつづける。

 邪や魔は自然浄化しないし、自然浄化したと思われている状態はそれらが広範囲に散って薄められたから。散ったそれらは空中を漂って風に流され、空気の流れが滞った淀みに溜まって凝縮する。

 そして、凝縮したそれらは近くにいた獣を飲み込んで、魔獣や魔物に転化させる。その最たるモノが邪獣だ。

 それを勇者が討伐したり、聖女に払ってもらっている。

 アンナちゃん、がんばれ!


「自分たちで自分の(救世の魔女狩り)首を絞めておきながら、その尻拭いすら異世界人に強制かぁ。救いようのない世界だよ」

『邪竜も、元は神獣エンシェント・ドラゴンだった。それを私利私欲のために狩りたてた。逃れた先で弱っていたところを、邪気に喰われ邪竜になった』


 ――どうする? 最後の魔女アズ。


「どうしようかなー……って言うか、その前にアンデッド疑惑の英雄だ。エンシェント・ドラゴンの仇打ち!」

『……邪竜になったら倒す以外は救えないから、勇者に討伐されても仕方ない』 

「それでもだよ。ルードだって危なかったんでしょう?」

『ああ、逃げこむ場所を違えていれば、俺も同じ運命だった……』


 ルードを指し示す青い点が、家をぐるっと回って正面に移動した。私もゆっくり立ち上がり、マントとダガーを手にして家を出た。


「留守番よろしくね」


 ――【強固な砦(ソリッド・ロック)


 家が要塞並みの強固な防衛機能を展開するのを確認し、サムズアップしてから結界の外に向かった。

 ルードも確かな足取りで結界外へ踏み出して行く。その後ろを追いながら各々に【迷彩】をかけて、こちらから英雄に接近して行った。

 【擬態】は他の物体に変化する術で、背景や静物に擬態してしまうと動きによっては視覚的におかしな状況を招いてしまうおそれがある。それに比べて【迷彩】は術をかけられた本体が移動しても、その背景を本体に映しているため、簡単に見つからない。自身がスクリーンになったような状態だ。【偽装】は容姿や情報を変化させる。これらと一緒に【認識阻害】を掛けておけば、そうそうバレはしない。

 ただし、相手が術者よりレベルが高いと【鑑定】や【看破】で見破られたり、しっかり目標として認識されていると【認識阻害】などは効力がない。

 が、私は英雄より高いレベルだ。負けはしない。


「あんたさ、なにしに来たの? 後続の兵隊さんが道に迷って困ってるわよ?」

「!!」


 とても軽装の英雄が、大剣を片手で無造作に振り回しながら藪を漕いで歩いている。その頭上から、声をかけてみた。

 ルードの話してくれたとおり、2メートル強の長身細マッチョで、腰の辺りまである紫紺のざんぎり髪を振り乱して頭上を仰いだ。

 枝に座った私と、例の宝石眼(アレクサンドライト)が出会った。


「何者だ!?」

 

 若い声だ。見た目も若いけど、声の質からはもっと若く感じた。

 でもね、顔がイケメンなのに仁王様なんだよー。こういう欧米系のクドい顔は苦手なんだよねぇ。怒り顔がとにかく邪悪! アンタが邪神なんじゃないの? と突っ込みたくなる。

 まぁ……アゴが割れてないだけ、まだマシか。


「それは、こちらの台詞です。私の領域に無断で侵入しておきながら、なに? 傲岸不遜なその態度!」

「俺はアレク・ジジャール。この国の英雄だ!!」

「ようこそ英雄アレク。私は太古の昔からこの神域に住まう『森羅万象の魔女』。用はないから、ご同僚たちとお帰り下さい。さようなら」

「待て! 用はある。この樹海に弱ったディグ・シーが逃げ込んで来たはずだ。そいつを探している! 匿っているならよこせ!」


 ぽかーん! だわよ。言葉が通じてないの? 人の土地に無断侵入して好き勝手してんじゃないわよ! 何様よ! こちらに用はないから、さっさと帰れ! と言ったんだけど、何を上から目線で言ってるの? こいつ。


『ディグ・シーってなに?』

『俺の同族の下位種だ。もういないがな』


「ディグ・シーなぞ知らないわ。さっさと去ね!!【強制排除】」

「なら、力づくで――なっ!!」


 力づくが好きそうだから、こちらも力づく(魔力)で放り投げてみた。

 樹海の外へ。軍隊? 知らない。


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