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「聖女、英雄と来たら、勇者様もいるのかしら?」

『その英雄が、以前は勇者だった。邪竜を絶つために、この国が異界から召喚した』

「げっ! ノリで言った冗談(ジョーク)だったのに……。聖女だけじゃなく、勇者召喚までしてたの!」


 脳裏に浮かべた【地図】をときおり確認しながら、畑に戻って作業を再開する。

 横長の赤点集団が、一斉に進撃を開始した。

 何をしに来たんだがわからないけど、こちらに近づいて来るなら全力で叩く! こちらは魔女様だ。


「軍隊の行軍なら、四日から五日ってとこかな? 魔物狩りだって言うなら放っておくけど」

『……我を探している様子。英雄が、我が樹海へ逃げ込んだのを視ていた様だ』

「英雄様なら、軍隊引き連れないで単独で来いってんだ! 軟弱者め!」


 ――英雄は強いよ? アズ、油断は禁物だからね?


「お家君は、英雄を知ってるの?」


 ――(ここ)まで来なかったけど、何度か樹海内で暴れてるのを見かけたよ。


「何? その反抗期の中学生みたいな行動は……」


 きっと今、私の顔はチベットスナギツネと化しているだろう。

 神獣が、なんだか見てはいけないモノを見たような表情で、さっと視線を逸らした。


『あれは暇を持て余しているのだろう。魔獣程度の討伐に、わざわざ他国へ行くぐらいだ』

「神獣だからじゃないの? 邪竜殺しの勇者なんだし」

『いや。我を討伐に来た軍隊は、我を神獣などと呼んでいなかった。単なる高位魔獣だと思っておったよ』

「昔と比べて、色々ぶっ壊れてるようねー。まぁ、女神様(タガ)が外れてるんだから、仕方ないのか……」


 手早く必要な薬草を刈り取り、ウッドデッキの端に設置された水盆で丁寧に水洗いする。小さな笊に種類分けして天日干しする物はデッキの端に、生で使う物は魔法で水気を飛ばして瓶に入れる。そうしてできた瓶を抱えて地下の作業場に降り、材料棚にひとつひとつ瓶のラベルを確認しながらしまう。

 普段はずぼらな生活態度ながら、こういう作業は大好きなんだよね。自分の好奇心や興味を満たすための材料を、しっかりきちんと整理しておく。

 途中だった作業をすべて終わらせ、居間に戻ってマントを羽織ると外に出た。【地図】を見ながら結界の確認をし、神獣が巨大樹の枝に造った棲み処を含めて結界を大幅に拡大させた。

 これで私の許可がない限り、誰も巨大樹にすら近づけないだろう。


「さーて――うわ! 英雄様が単独先行しているわ。よほど自信があるのねぇ」

『今は英雄と呼ばれていはするが、勇者であった時と実力に衰えはないようだ。アズを除けば、この世で最強の戦士だぞ』

「ねえねえ、英雄様ってどんな奴?」

『性格は知らん。外見は紫紺の長い髪に、緑や紫や赤が入り混じった不思議な双眼を持ち、我と同じ程の大きな体躯をしておる』


 あれ?異界からの召喚転移者って話しよね?紫紺の髪の毛にアレクサンドライト(宝石)みたいな眼って……地球人じゃないのかしら?


「なんだか、私や聖女様と違う異世界からの転移者みたいね……」

『違うな。アズたちと同じ人族に含まれるだろうが、気がまるで違う』

「気? 魔力とは違うの?」

『ああ。気とはその者が育つ際に肉体が纏う気配のようなものだ。気が魔力を包み、体内を循環させる。育ち方や環境によって、気の質も変わる。異界の者は気を見ればわかる』

「便利ねー」


 私たちの世界には、魔力はなかった。でも《気》と呼ばれる生体エネルギーのようなものがあると言われていた。

 目で見たりはできないが、感覚の鋭い人たちはそれを感じとることができていたらしい。気配や勘などと言う言葉があるくらいだ。訓練を積んで五感を磨けば、それなりのモノを感じられるようになるんだろう。

 それだけに、神獣の説明はとてもすんなり理解できた。なんと言っても言ノ葉の国出身ですから。

 

 現在、樹海内に進軍しているのは、私が召喚されたフェルンベルト王国から小国を一つ挟んだ最北の国・グランバトロ王国の軍勢だ。

 国土で比べればフェルンベルトと対をなす面積だけれど、いかんせん国土の1/4が荒野と大樹海だ。《穢れの地》《絶望の大樹海》なんて忌避された魔の大樹海と不毛の荒野なだけに、開拓したくても手出しができない目の上のたんこぶだろう。

 同じくらいの国土を持っているのに、大国と冠につけて自分の国を紹介するような王族のいるフェルンベルト王国を前に、ずっと苦々しく思っていたんだろう。神獣が逃げ込んだことを良い機会に、英雄様もいることだし討伐に行ってみよー!! と王様は発令した。

 魔獣でも魔女でもなんでもいいから英雄様に一掃してもらい、安全を保障してもらってから開拓を始めようと考えたようだ。

 と、そんな情報が、樹海に住んでる小物たちによって次々と神獣に集まる。小さなスパイ達は有能だ。


「……その英雄様だけど、どんどん後続と離れて行ってるけど、大丈夫なのかしら?」


 神獣が通訳しながらスパイ達からの報告を聞かせてくれるが、それよりも英雄の異常な行動に目が釘付けだ。

 もうね、先行なんて離れっぷりじゃないのよ。これが斥候や探索なら分からないでもないけど、戦士が後続部隊からここまで離れるってのは……協力体制とってる訳じゃないとか?


『この分じゃ、三日かからん内にこの辺に辿り着くだろう。我が出て、反対方向へ誘導してみるのも手だが?』

「いいよ。そこまでしなくとも。【幻惑】で彷徨ってくれるかもしれないし、こちらに気づいたなら英雄の出方によっちゃ迎撃もやぶさかでない!」

『すまんな、アズ。色々と世話になってしまもうて。はぁーこの際もう一つ頼まれて欲しいのだが』


 オジサン臭い深く重い溜息が、へちゃと下がったデカいマグスの間から洩れ落ちた。心なしかお髭すらへなっとしてるぞ。


「なに?」

『我と契約してくれんか? 隷属でも従魔でもかまわんから……』

「えー隷属は嫌だな。従魔もなー」


 その内にこちらから話しを出そうと思っていた契約を、神獣から出してくれたことに内心ほっとした。

 でも、その契約の種類が難しい。

 この手の契約術は、高いスキルレベルの側が術を行使できる。なんだかんだ言っても、結局は相手を縛る契約だからだ。

 頭をポリポリ掻きながら代々の魔女の契約履歴を記憶から漁ってみたが、ほとんどが従魔だ。仕方なくスキルツリーを確認する。


「あ! これならOKだわ。《協定》契約を結びましょう?」

『協定か……よいな。では、頼む。ついでに我に名を』


 この契約術は、本当なら魔獣と交わすものじゃない。人族同士が交渉事で使う術だ。

 だが私にはそんなこと、知ったこっちゃない。隷属や従属なんて、私の信念に反することはしたくない!


【宣誓。大魔導士アズサ=カンナヅキは、以下の条件の元ルードヴィッヒに《協定》を申し込む。裏切らぬこと。騙さぬこと。偽らぬこと。破約は重き罪なり】

【宣誓。我ルードヴィッヒは、新たな真名の元に《協定》を受け入れよう】


 私の宣誓で二人の間に幻の誓約書が出現し、宣誓文と私のサインが浮き上がる。神獣がそれを交わすと、私のサインの下に神獣に名付けたサインが浮かんだ。

 終了と同時に宣誓書は光輝いて燃え上がり、空中に消えた。


「おお! ステータスの最後に協定者が書き込まれてる」

『ルードヴィッヒか……。これで神獣の称号も封印された。気にせず暮らせる』

「んん? 神獣の称号って封印できるの?」

『ああ、隷属や従魔契約の場合、名をつけられた段階で神獣の称号は消滅する。が、今回は《協定》だから、名を付けられたが契約が失効するまでは封印されるんだ』

「へー。そういう違いがあるのかぁ。……ところで、なんで声も口調も若返ってるの?」


 神獣(仮)こと魔獣のルードヴィッヒは、なぜか少し若返っていた。でも年齢は同じ。アンチエージング?

 例えると、五十くらいのオジサン声から三十後半? って感じに変わっている。でも声はともかく、口調まで変わってるのは神獣が封印されたから?


『契約したことで、アズの魔力が俺に流れ込んで来た。そのせいだろう。それに、こんなこともできるぞ』


 目の前で黒い巨体がみるみる縮小して行き、最後は小柄な黒猫になった。翠色の丸い眼で私を見上げ「ミャウー」とあざとい声で一鳴きすると、ひょいっと肩に飛び乗って来た。


「あざとい! でも可愛い! でも声がオジサン!」

『……』


 可愛い黒猫はあっという間にオジサン大猫に戻って、私に非難の眼差しを投げてよこした。

 楽しく親交を暖めている最中も、英雄様の謎の進撃は続いていた。

 辺りが暗くなって来たため、【地図】を横目に私たちは家に戻った。ちゃっかり再び黒猫へ変身したルードは、私の肩に乗ったまま素知らぬ顔で私の家までついて来て、我がもの顔で暖炉の前に陣取った。

 くそぅ。さっきのオジサン発言が原因か。

 機嫌を直してもらうために、一角大牛の一番美味しい部位を、生でサイコロに切って献上した。私は、端っこをステーキにワイン一杯。


「隊は野営に入ったみたいだけど、英雄様は足を止めないみたい。アンデッド?」

『さぁな。英雄だけに、気力が十全なんだろう。初日なのだし回復薬も大量持ち込みしてるだろうしな』


 ――ルードヴィッヒ、可愛いね。これからもよろしく。


『こちらこそ、よろしく頼む』


 なんで私より和やかな雰囲気なのかしら……。


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