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別サイトで掲載中の作品を改正。

三話同時更新。


誤字脱字の指摘・感想 ありがたくお受けします。

まったりお読みください。よろしく。


 それは、突然だった。

 光や音の予兆もなく、いきなり足元に開いた真っ黒な穴へ吸い込まれるようにすとんと落下した。

 瞬間的に「しまった! マンホールに落ちた」なんて脳裏をかすめたが、すぐに考える余裕なんてないほどの頭痛と胴体をねじ切られるような激痛に襲われた。

 痛みと恐怖で絶叫しているはずなのに耳に届かず、溢れる涙もかまわず目を開いても真っ暗で何も見えない。つぎつぎと全身のあちこちに()()()が突き刺さってきて、じりじりと体内に潜り込んでくる微かな違和感だけが正気を現実に繋ぎとめてくれている。あとは、ただただ漆黒の空間を物凄いスピードで落下しているだけで、たまに穴から漏れる明かりのようなボンヤリした光が高速で流れていった。

 わずかに残った冷静な部分が、これは路上にあいた穴に落ちたんじゃないと叫んでいた。


 突如として私を襲った異変は、唐突に終了した。

 さっきまで宇宙空間に放り出されたような状況だったのに、激痛が去ったと同時にひんやりとした石の床のような感触が尻に伝わった。

 何が起こったのか大混乱中の頭では見当もつかず、息を切らしながらむくんだ瞼をどうにか開くと、今度は精神的苦渋の始まりだった。

 最初に視界に飛び込んできたのは、フードを目深にかぶった黒いローブ姿の集団と銀色の全身鎧を身に着けた騎士らしい大きな男たちが、薄暗い部屋のすみに佇んでいる光景。そして、その前に立つ煌びやかな白っぽい衣装に身を包んだ、金髪欧米顔の若い男だった。

 ――どこのアトラクションの王子様キャラよ……。

 全身を包む倦怠感と朦朧とする意識の中、眼前に広がる異様な光景に再び緊張がじわじわと戻ってくるのを感じた。

 泣き叫んだせいで痛む目を眇めて視線を動かし、ここが岩を削って造られた地下のような部屋だと知った。

 部屋を構築する四枚の壁には明かり窓ひとつなく、代わりに電球のような光を放つ不思議な照明器具が四隅に設置されていて、目に優しい程度の明るさで室内を照らしている。

 そんな部屋の中央に設けられた三メートル四方の石舞台の上に、私は座りこんでいる。

 見知らぬ人々と見知らぬ場所。そのどれもが怪しさ満載だ。


「……どちらが聖女様だ?」


 映画でしか見たことないような、豪華で派手な王子様衣装をまとった二十歳前後のイケメンが、こちらに視線を固定したまま微かに後ろへ顔を向けて控えている黒ローブの一人に尋ねた。

 どちらって? 聖女って? なんで日本語!? と耳に届いた不穏な単語に意識が引きずられかけた瞬間、私の横から細い手指がジャケットの腕に絡んできた。


「これ……なんですかっ。ここ、どこ!?」


 柔らかくあたたかな温もりが私にすがりつき、震える涙声が耳元近くで聞こえた。

 ああ、先ほどまで私の前方を歩いていた女の子だ。私の母校の制服もそのままで、一緒に連れて来られたようだった。

 わずかに目線を下ろすと、艶々した黒髪に縁取られた少し幼さの残る美貌があった。今は、涙の跡を薄っすらと残した白い頬をこわばらせて、謎の王子様を見ている。

 そこで、やっと気づいた。

 私たちがへたり込んでいる石舞台の表面に描かれた何重かの円と模様が、蛍光グリーンのぼんやりとした光を放ちながら脈動していたことに。

 ――これって、俗に言う魔法陣じゃないの?

 最初に頭に浮かんだのは、なんともファンタジックな憶測だ。

 その手の趣味はなくても、TVのCMの中や学生の頃に読んだ小説の中で見たり読んだりした記憶がある。ゲームのCMで使われている動画なんかに、たしかこんな感じの……。

 男が黒ローブと何ごとかを話しおえ、少女を見据えながら少しだけ近づいてきた。

 魔法陣らしきものの光に照らされ、作り笑顔をはりつけた男は舞台の少し前で立ち止まり、彼女に向けて口を開いた。


「聖女殿、女神フェルディナ様が加護する世界へようこそ。ここは、この世界に君臨する大国フェルンベルト王国の王城内だ。私は王太子のフィール・メア・フェルンベルトだ。そなたの名はなんと申す?」


 ハリウッド俳優真っ青の均整の取れた体躯の金髪碧眼のイケメンが、場違いなほど優しく柔らかな声で長々と自己紹介すると、最後にさらっと彼女に問いかけた。

 なぜ、言葉が通じてるんだろう。見かけは白人系の彼の話す言葉は、とても流暢な日本語に聞こえる。

 ぼんやりと埒もないことを考えていると、私の中の警戒警報がいきなり脳裏に響き渡った。

 反射的に上げた手で、彼女の腕を掴みかけたが遅かった。


「サエキ……アンナです」

「サエキアンナか」

「あ、名前はアンナで……」


 恐怖に震えていたはずのアンナと名のった彼女から急にこわばりが消え、私の腕にしがみついていた手からゆっくりと力が抜けてゆく。なんだか凄く不自然な弛緩の後に、アンナちゃんはフィール王子と甘やかな雰囲気で見つめあった。


「アンナ……アンナか。美しい名だ」


 美貌のフィール王子の微笑みに溶かされたように、アンナちゃんから警戒心と緊張感が解けてゆくのが見てとれた。

 けれど、その不自然さに私はとてつもない違和感を覚えていた。


「して、そこの者の名は?」


 微笑み中で冷めた刃のような碧の眼が、やっと私に向けられた。

 でも、その時の私はフィール王子など意識のすみに追いやっていた。


「……アズ」


 頭の中で鳴り響いている警戒警報にしたがって、私は本名ではない別の名を口にしていた。

 だって、フィール王子の顔より驚くものが目の前に展開していたんだもん。


***


 氏名:AZ(アズ) :女 [アズサ カンナヅキ] 

 年齢:31才 [556才]

 種族:人族 [転移転化者]

 称号:異世界転移者 [森羅万象の魔女]

 職業: ー [大魔導士] 


 LV:1 [∞]


 HP:200 [∞]

 MP:400 [∞]

 ST:156 [∞]


 スキル:水属性・風属性 [全属性魔法][全属性魔術][全属性錬金術]

 ギフト:全言語翻訳・全文字高速学習 [転移転化体による不老不死][魔女の遺産][自動危機回避]


――現在、【自動危機回避】展開中。ステータス情報の偽装・所持品を亜空間倉庫(インベントリ)に収納・精神攻撃無効化・物理攻撃反射――


***



 私の目の前に浮かんだ、透明なタブレットみたいな物に表示された理解できない文言の数々。日本語だから読めはするけれどこれ自体が何なのか、文言自体がどんな意味を持っているのか理解できず、唖然としながら目を走らせるしかなかった。

 じっとそのタブレットを凝視してると、ふと先日たまたま入手した知識が浮上した。

 これはたぶん、一部の人たちの間で流行っているファンタジー小説でよく使われる設定の、『異世界召喚』と言われているものじゃないだろうか? 現代日本から中世ヨーロッパ風の異世界へ、とかなんとかってやつ。そして、目の前に浮かんでいるのは、ステータスなんちゃらってモノ?

 会社の後輩が昼休みにスマホで小説を読んでたのを見て、昼食を食べながら興味本位に尋ねたらじっくりこってりご教授してくれた。それが今も頭の隅に残っていた。

 これは『聖女召喚』で、その聖女様は隣りの美少女アンナちゃんで、私はいわゆる『巻き込まれちゃった人間』って言う設定のはず。

 はず。

 はず――なんだが。


 どうなんだろう。

 ねぇ。女神様でも誰でもいいから教えてよ。


 

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