第8話「モフりたいのに動けない……」
俺とリルは、ミーナに案内されて彼女の家にやってきた。
ギルドから近く、三分も歩いていない。
ミーナが住んでいたのは、レンガ造りの小さな一戸建てだった。
一戸建てといっても、同じ感じの建物がいくつか横並びになっていて、テラスハウス風といった感じだろうか。
一階がリビング、二階が寝室になっていて、合わせて二部屋だが一人で住むには十分な広さだ。
「ようこそ、リルちゃん。あ、今は仕事じゃないから、私も気楽にしていいかな?」
「はい、ミーナさん。泊めてもらえて、凄く助かりました!」
「ほらほら、そんなに固くならないで。いつもシュンに接するくらいフレンドリーでいいのよ」
ギルドで受付していた時は仕事のできるお姉さま風だった。
今は近所の気さくなお姉さん風だ。
何が違うかって? どっちもそれぞれの魅力があるってことだ。
ミーナが、水の入った桶を二つ持ってきてくれる。
家の裏が井戸になってるそうだ。
一つが俺を洗う用で、一つはリルとミーナの体を拭く用とのことだ。
「ほら、シュン! じたばたしないの!」
「ウニャー!(お腹はくすぐったいんだってば!)」
リルに体を拭かれてるのだが、背中は気持ちよかったんだけど、お腹はくすぐったい。
俺の方が力は強いはずなのに、リルの手から上手く逃れられない。
これが柔よく剛を制すってやつか!
剛よく柔を断つって続きもあるんだっけ?
全然断てないんですけどっ!?
「ちゃんとキレイにしないとだよ」
「クニャー!(死んじゃう死んじゃう!)」
くすぐったすぎて転げまわったせいで、フラフラになった俺。
くっそー……。後で絶対モフってやる。
そんなバタバタする俺たちを見て、ミーナがクスっと微笑んだ。
「ほんと仲良いわね。うらやましいわ」
「明日は、ミーナさんがシュンを洗ってみる? 楽しいよ!」
「いいの? ぜひやりたいわ」
どうやら俺の意思は関係ないようだ。
リルが楽しいなら、全然いいんだけどね。
ホントだよ。
俺がキレイにされた後で、今度はリルとミーナが体を拭いている。
二人は今、一糸まとわぬ姿だ。
もう日も暮れていて、灯りはランプだけ。
部屋の中は薄暗い。
しかし、俺には“暗視”のスキルがある。
少し目を凝らすと、もう昼間と同じに見える。
眼福でございます。
ミーナは、仕事中はパンツスタイルだったから、尻尾は服の中に隠れていた。
それが今は、放り出されてフリフリと揺れている。
ミーナの尻尾は、シットリフサフサだ。
ちなみにリルの尻尾は、フワフワモフモフだ。
どちらが優れているか? それは不毛な議論だ。
空気と水どちらかだけを選べるだろうか。
どちらが無くても生物は生きていけない。
モフモフ成分である“モフモフューム”が無ければ、俺は生きていけない。
と、言い訳しているのには理由がある。
目の前でミーナの尻尾が俺を誘惑するのだ。
俺の猫としての本能が、ミーナの尻尾に飛びつかせようとする。
猫じゃらしを目の前で振られている猫状態。
「ウー……(お、俺にはリルというものが……)」
俺が誘惑に抗っていることなんて露知らず。
リルとミーナは姉妹のように仲良く世間話をしている。
リルは街のこととか聞きたいことがいっぱいあったようだ。
体を拭いてキレイになったところで、軽い夕飯だ。
俺は疲弊していた。
体を拭かれ、尻尾を振られ、俺は鹿と戦った以上に体力を消耗していた。
今夜はよく寝れそうだよ……。
夕飯は途中で買ってきたパンと、持ち帰った鹿肉。
高級鹿肉にミーナが遠慮してたけど、リルが「いいの、いいの」と納得させていた。
サッと作れるものってことで、リルが鹿肉を薄切りにして茹でた。
まあ、冷シャブだね。
鹿肉の冷シャブ。
それをパンの中に挟む。
「「いただきます!」」
「ニャン!(いただきます!)」
パンと肉を同時にかぶりつく。
ん~、美味い!
あっさりしてるのに、肉の旨みがしっかり主張してくる。
調味料が準備できなかったから、物足りないかもと思っていたけど、全然そんなことはなかった。
あっさりした感じもいいね!
「クルニャン♪(ウマウマ♪)」
「すごく美味しいわ!?」
「でしょ~。焼いても、じゅ~し~で美味しいんだよ」
ミーナが鹿肉の美味しさに驚いている。
素材もいいけど、リルが作るものはどれも美味しいんだよ。
賑やかで楽しい食事の時間を過ごした。
◇
食事も終わって、寝るために二階に上がった。
「先に言っておくわ。寝るのは一緒にベッドの上よ。もちろんシュンもね」
ミーナが二階の部屋に入ったところで声をかけてきた。
「ん? リルたちは床でも大丈夫だよ」
「ギルドでのやり取りを聞いてて、そう言いそうだったから先に言ったのよ」
おお……、ミーナかっこいい!
「でも……、狭くなっちゃうよ」
「でもじゃないよ。私がリルとシュンと一緒に寝たいのよ」
なんてカッコいいんだ。リルが異性だったら、惚れてるところだ。
「ミーナ……。ありがとう!」
リルが微笑みながらお礼を言う。
「だから……、私がそうしたいだけよ」
ミーナがちょっと照れている。
いいもの見たわ。リルとミーナのやり取りで俺はほっこりしたのだった。
ベッドの上に川の字になる
俺を真ん中に挟むように、リルとミーナが両脇だ。
「シュン、モフモフで温かいよぉ」
抱きまくらにされる俺。
俺はこれを猫枕の第二形態と呼んでいる。
ちなみに第一形態は、そのまま頭を置く枕にされることだ。
まあ、いつものことだ。
「本当ね。温かいし落ち着く匂いがするわ」
だが、ミーナも加わるのは予想外だった。
リルが、ミーナに「こうすると気持ちよくて、グッスリ寝れるんだよ」とか言って、抱きまくらを勧めたんだ。
おかげで完全に身動きが取れない。
二人に挟まれて動けない。
二人とも柔らかくて、いい匂いがするから、これはこれで良いんだけどさ。
「クルルゥ……(それに二人ともヒンヤリしていて気持ちいい……)」
そう言えば、猫の体温って人より高めなんだっけ。
二人が自分より低い体温だから、少し冷たく感じるんだ。
逆にリルは、俺を温かく感じると。
いまさらだけど、ヒンヤリと感じる理由に気づいたよ。
そんなことを考えている間に、眠気がやってきた。
動けない中、俺は幸せな気持ちで眠りに落ちていったのだった。