第73話「竜の驕り」
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幻獣の里から数時間ほど離れた場所に、一際大きな大樹が存在する。
周囲の樹々と比べても段違いに巨大な様子は、まるでその大樹の下に、何かを護っているかのようにも見える。
現在、その大樹の周辺は、戦場となっている。
歴戦の将のような貫録を感じさせる一人の男が、数千はいるだろう樹木人の兵を率いて侵入者を迎え撃つ陣形をとっている。
侵入者はただの一人。
数だけ見るなら、多勢に無勢もいいところだ。
しかし今、迎え撃つ側が一人の男に押されている。
「アルベルト! お前らは、何も理解しようとしない愚か者だ!」
樹木人の兵を率いている男が、怒りを叩きつけるように声を発する。
アルベルトと呼ばれた男は、樹木人の兵を片っ端から殲滅していく。
腕力をもって叩き割り、魔法をもって炭に変えていく。
アルベルトの赤い髪は、彼の得意とする炎のように、ゆらゆらと揺れている。
アルベルトが強力な炎を何度も攻撃に使っているが、周囲の木々自体は、不思議な力が働いているのか燃えても延焼はしない。もし延焼していたら、周囲はあっという間に火の海になっているだろう。
「愚かなのは、力を持ちながらもコソコソと隠れひそむことだ。力あるものは、その力を使うことこそ正義。愚かな里の風習……、悪は俺が燃やし尽くしてくれる!」
アルベルトの攻撃が苛烈さを増していく。
それは大樹ごと、この地を燃やし尽くそうとしているかのようだった。
アルベルトは、幻獣の里の中では若い方であった。
ただ、その生まれ持った力と才能は、里の中でも随一。
こと戦闘に関しては、幻獣の歴史においても上位に数えられるほどのセンスを見せた。
幻獣としての種は、『ニーズヘッグ』という竜だ。
黒色に近い紅の竜。
人の歴史に顔を出せば、伝説や神話の類いになるような圧倒的暴力。
アルベルトは、力を持っていたからこそ、世界の影に隠れることをよしとしなかった。
自分より力無き者たちが、世界を我が物顔でいることが許せなかった。
戦闘において、およそ凹まされることのなかったアルベルトが、そのような思考になっていったのは、ある意味しょうがなかったのかもしれない。
“負ける”ということは、勝つこと以上に多くのことを学ぶチャンスだ。
負けるイコール死ぬという状況でない限りにおいては。
それは幻獣だからに限ったことではなく、人族であろうと、そしてシュンだって負けがあったからこそ現在がある。
今までの人生で負けることの無かったアルベルトの辞書には謙虚という言葉は無く、その驕りをたしなめることができる者は周囲にはいなかった。
アルベルトの日頃の態度は、まるで「慢心せずして何が王か!!」とでも言わんばかりだった。
まるで何処かの英雄王のようである。アルベルトは王では無いわけだが……。
大樹の地を制するために、アルベルトは竜化した。
巨大化した体をゆするだけで、木々がなぎ倒される。
その咆哮が大気を震わせる。
迎え撃つ樹木人の兵を率いている男は、幻獣の里の中でも戦闘に特化した者だ。
特に守りの戦いにおいては、比類なき力を持っている。
人族の兵士1万人が攻めてきたとしても、この地を守れると信頼されるような者だ。
戦闘に特化した幻獣同士の全力での戦闘。
その戦いはまるで神話の一幕だった。
そしてその日……、大樹は灰となった――。
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